72話 ジルガの魂
俺さまが負けた。…あのリアムに。
道具に魔法を流し込み、剣をたいまつの代わりにして周囲を照らすことしかできなかった男に…。
俺さまは勇者、やつは落ちこぼれだったはずだ。
それなのに、今や俺は元勇者、やつは大賢者…納得できねえ。
しかし、自分の体を見てみろ…傷だらけじゃねえか。
この傷は、全部リアムにつけられたものだ。
剣術だけなら俺さまが勝っていた、魔法だって使えるようになったじゃねえか。
なら、なんで負けた?
慢心、油断、違う!あいつが単純に強くなったんだ、俺さまよりもはるかに早く実力をつけていったんだ。
クソ、クソッ、クソが!!!
俺さまは魔道具を手にして強くなったはずだ、それなのに、やつには勝てないというのか!
ふと、身体から痛みが消えていくのを感じた。
見ると、ザイドリッツが回復魔法をかけていた。
そして、イゴールからある物が手渡される。
それは1つのペンダント、剣と腕輪と酷似した邪悪な魔力を感じる。
俺はペンダントを身に着けた。
まただ…魔道具を1つ身に着けるたびに、自分が強くなった感覚がある。
ただ、逆に人間としてのなにかをなくしていくような感覚もあるんだ。
初めて魔剣を手にした時、殺戮衝動に駆られ理性を失うことが増えた。
しかし、腕輪を手にしてからは理性を失うことは減った。
が、逆に命の重みを感じなくなり、人を殺すことが増えた。
これが魔道具によって力を得る副作用のようなものか。
でも、いくら魔道具を手にして強くなったところでリアムには勝てない。
俺さまではリアムに勝つことはできないんだ……。
『そんなにあの男…リアム・ロックハートを倒したいか?』
急に聞こえた声に俺は辺りを見回した。
イゴール、ダスティン、ザイドリッツ……どいつも違う、この声はこいつらではない。
いったい誰だ、どこにいる?
『われはここにはおらん、きさまに直接語りかけている。
そんなことはいい、リアム・ロックハートを殺したいかと聞いている』
俺の頭の中に流れ込んできた声、それはここにはいない何者かの声だという。
何者かはわからない、しかし、聞き覚えはある。
俺さまが殺戮衝動に駆られ、正気を失う時に聞こえる声だ。
「殺したいかだと?当たり前じゃねえか!
リアムだけは…リアム・ロックハートだけは俺が、この手で殺してやらねえと気が済まねえ!」
『ならば、そこにいるザイドリッツとともに魔道具を探せ!
さすれば、きさまにわが力のすべてをやろう』
「てめえは、まさか…魔道具の残留思念というやつか?
俺さまのこの力もてめえの力だとでも言うつもりか?」
『残留思念か…さよう、魔道具を手にしてから、きさまが得た力は、われの力によるもの。
もし、きさまが心の底からリアム・ロックハートを殺したいと願うなら…やつを殺すために自分の魂をわれに差し出す覚悟があるならば、われの力の全てをきさまにくれてやろう』
「俺さまの魂だと……どういうことだ?」
『どうもこうもない、その覚悟があるかと問うている。
きさまは口ではリアム・ロックハートを殺したいと言ってはいるが、そこまでの覚悟はないようだな。
なるほど…ただの負け犬だな』
「俺さまが負け犬だと!?てめえ、ぶっ殺されてえか!
俺さまは負け犬なんかじゃねえ、いいだろう、魂でもなんでもくれてやるよ!」
その瞬間、見えない声の主が、ニヤリと笑みを浮かべたような気がした。
邪悪な気配が身体にまとわりつく。
『いいだろう、ならば探せ!魔道具は全部で7つだ。
残りの3つは世界のどこかにある。
6つ集めた時点で、7つ目…最後の魔道具の在りかをきさまに教えてやろう』
「…ガ……い、…ルガ……おい……おい、ジルガ」
イゴールの声に俺さまは、われに返った。
流れ込んできた声の言っていた魔道具を探せという言葉だけが、頭の中に強く残っている。
いいだろう、リアムを殺すためなら、俺さまは魂を売ってでも強くなってやる!
見てろよ、リアム、必ずこの手で殺してやるからな。
…………………
ここは中央大陸とルイバリンガ大陸の間にあるトレッド海峡。
ほぼ世界の中心であるこの場所に、限られた者しか知らない場所がある。
人と魔族、獣人…多種族が入り乱れての大戦乱ののち、この地にて、世界の均衡を保つために、世界の頂点に立つ7名は集った。
この地には、強固な結界に守られた宮殿が存在し、濃霧や竜巻、渦潮が周囲を取り囲んでいる。
しかし、それらを抜けた先に到達したとしても、強力な結界により、そこに宮殿があることは認識できず、地図には空白として記されている。
人々はこの地を、忘れ去らせた地と呼んでいる。
現在、この地に集いし者は5人。
黒髪に金色の瞳、威風堂々たる姿で、他を圧倒する存在感、竜王。
濃紺色の吸い込まれるようなキレイな毛並み、一切の隙を見せない立ち姿、狼王。
深緑色の長髪に、気怠そうな風貌、鋭い眼光を放つ蛇眼と呼ばれる上三白眼を持つ、蛇王。
自身の左右に5本の剣を携え、顔には多くの切り傷、全ての剣士の頂点、剣王。
この世に最も多く存在する種族、人族の頂点として諸国王をまとめる妖艶な女性、人王。
中央の机を囲むように集う5人。
しかし、空席が2つ、魔王と拳王の姿は、そこにはなかった。
「人王よ、魔王不在は良いとして、拳王の姿が見えんようだが?」
狼王は静かに口を開いた。
「はい、招集はかけましたが、彼には新しい嫁…いや弟子ができたからと断られました」
人王はため息交じりに答える。
その言葉に蛇王が反応する。
「あの変態野郎は、もう追放でいいんじゃねえの?あいつがまともに参加してんのなんて見たことねえぜ?なんなら、俺が殺してきてやろうか?」
「やつへの伝令は俺が責任を持つ。まあ、そうカリカリすんなって、なあ?」
イラ立ちを見せる蛇王に剣王はニヤニヤとした笑みを浮かべながらに言った。
「やめろ、話を始めるぞ。
まずは魔王の討伐、大儀だった。やつはわれら7人の取り決めを破棄し、世界の均衡を破ろうとした。当然の報いだろう。
だが、問題は何者かが魔道具を収集しているということだ」
竜王の言葉に一同は口をつぐんだ。
「その者はすでに確認されているだけで、魔道具を3つ所持しているということだ。
あと1つを手に入れ、魔王復活の儀を行えば、前魔王ザウスガートと同等の力を持った魔王が復活するだろう。
だが、問題は全ての魔道具を手に入れた状態で復活の儀を行うことだ」
「………」
「やつは…魔王は、己の力を自分の持つ7つの道具に分配した。
自分が死んでも、その7つの道具をもって復活の儀を行えば、いつでも復活できるように。
それゆえ、やつは不死身といわれている。
ザウスガートは、その道具のうちの4つを所持していた」
「………」
「つまり、完全な状態で復活した魔王の力を俺たちは知らない。
もしかすると、この場にいる誰よりも実力が上である可能性すらある。
やつは排他的だ、最強の存在として復活すれば、必ず世界を手中に収めようとするはずだ。
それだけは阻止せねばならん」
「………」
「すでにここにいる狼王、蛇王は魔道具の在りかについて探っている。
剣王、人王、きさまらも魔道具を探し、魔王復活を阻止するために動け」
剣王と人王は静かにうなずいた。




