8話 無邪気で清楚な女の子 ルーナ・アルシノエ
「これからよろしくお願いしますね、ご主人様」
彼女はそう言うと、深々と頭を下げた。
「その呼び方はやめてくれ。俺はリアム・ロックハートだ、リアムでいい」
「そういうわけにはいきません、奴隷がご主人様を呼び捨てにするなど」
意外にもこの女性は、かたちというものを重んじるのかもしれない。
奴隷として助けられたから、自分は奴隷、そして助けた人が主人だとでも思っているのか。
俺にそんな考えはない。
「俺はきみを奴隷として助けたわけじゃないんだ。その呼び方は気恥ずかしい。できれば、別の呼び方でお願いできないか」
俺の申し出に彼女は、やや眉をひそめ、あごに手をやり、頬を膨らませながら考え始めた。
彼女は真剣に考えているのだろうが、その姿はなんとも可愛らしかった。
「仕方ありません、では、リアム様とお呼びしますね。私の名前はルーナ・アルシノエといいます、ルーナと呼んでください」
「ルーナは、この先にある町から来たのか?」
「はい、このまま進むとサンレイクという町があります。大きくきれいな町でしたよ」
サンレイクか、聞いたことがないな。だが、大きな町というなら好都合だ。
ルーナの旅の準備もしてやりたいしな。
「そうか、ひとまずそこでルーナの身支度を整えるとしよう。商人の置いていった馬車を借りて行けば、すぐに町につくはずだ」
馬車にゆられてしばらくすると、目の前にサンレイクの町が見えてきた。
「あそこがサンレイクか、確かにきれいな街並みだな。今日はもう日が暮れる、このまま宿に泊まるとしよう」
時刻は夕暮れ時、サンレイクの商業エリアの服屋でルーナの服、ワンピースと商人が言っていたドレス風の服を買い、宿で部屋を借りた。
「ありがとうございます、リアム様。こんな素敵な服を買っていただいて」
そう言うと、彼女は買ったばかりの服を大事そうに抱きしめていた。
こういう仕草は、年相応の女の子という感じか。
歳は俺と同じかひとつ下か。
「いいんだ、あのボロボロの服では出歩くのも難しいからな」
「あの、リアム様、これは返しておきます」
そう言うと、ルーナは金貨の入った巾着を差し出してきた。
「私はリアム様の奴隷です、なので私のお金もリアム様のものということです。私はこのドレスをいただけるだけで十分です」
俺はルーナから巾着を受け取り、中身を見ながら考える。
たしかに一緒に行動している以上、ルーナが金を持ち歩く必要はないが、何があるかもわからないし。
かと言って、大金を持ち歩いて盗人に狙われでもしたら、それも困るか。
そこまで考え、巾着から金貨を3枚取り出した。
「そうか、では、3万ギールだけ渡しておく。俺がいなくても、これだけあれば、しばらくは食べ物に困ることはないだろう。何かあったときはこれを使うといい」
「ありがとうございます、奴隷である私にここまでしてくれるなんて」
ルーナは俺の手から金貨3枚を受け取ると、大事に握りしめた。
奴隷のつもりで一緒にいるわけではないのだが。
まあいいか。
「リアム様、昼間の魔法はどうやったのですか?空間魔法とかなんとか…」
「ああ、俺は生物を直接の対象にした魔法が使えないんだ。例えば、体内に魔力を流し込み回復させたり、身体強化したり、直接体内を魔法で攻撃することができないんだ」
ルーナは首をかしげ、難しい顔で俺の話を聞いていた。
「以前の俺は、自分は道具にしか魔法を使うことができないと思い込んでいた。だから、仲間の武器や防具に魔法をかけ補助していたんだ。しかし、道具に魔法をかけれるなら、他のものにでも魔法が使えると気づかせてくれた人がいるんだ」
もちろんソフィリアのことだ。
こうして、ルーナを助け出すことができたのもソフィリアのおかげだ。
感謝してもしきれない恩人なのだ。
「その人は、さぞ素敵な人なのでしょうね、ずいぶん楽しそうに聞こえます」
そう言うとルーナは、少しムスッとした様子。
しかし、俺はルーナの様子を気にせず続けた。
「ああ、素敵な女性だった。人間ではなくエルフだったが、俺は彼女を救いたい。彼女がいてくれたから、俺は今も旅を続けられている」
ルーナの表情は険しく、とてもつまらなそうに俺の話を聞いていた。
しかし、俺はなぜルーナがそんな表情をしているのかがわからなかった。
なにか変なことを言ったかな?わからない。やはり、昔話はつまらなかっただろうか。
そんなことを考えながら困惑する俺を無視し、ルーナは質問を続けた。
「でも、ゴブリンやシルバーウルフに魔法で攻撃してましたよ?」
ルーナの質問に俺もあごに手をやり考え込む。
俺自身も魔法の原理をあまり理解していない。
本来であれば、魔法に適正があるとわかった時点で、魔法学校へ行くか、魔法に詳しい者に教えてもらうのが一般的だ。
俺は、適正を調べる前にジルガに拾われ、道具に魔力を流し込むことだけを教わっただけだったから、理解も深くないのだ。
「そうだな、俺は生物の体内に魔力を流し込むことはできない。しかし、魔力を別のものに変化させ、その効果で間接的に魔物を倒したということだ。本来、魔法とはそういうものだろう?ただ俺は、攻撃魔法の対象を限定することが苦手らしくてな。攻撃対象がいる空間へ魔法を使用している、俺はこれを空間魔法と勝手に呼んでいる」
ルーナは首をかしげたまま、なかなか難しいようだ。
俺としてもちゃんと学んだわけではないから、説明するというのは難しいな。
「シルバーウルフのスピードが落ちたのは?」
「あれは、俺とウルフの間の空間に速度が落ちる魔法をかけた。簡単に言えば重力操作のようなものだ。ウルフが、その間合いに入ったときに魔法の効果が得られるようにな」
ルーナは混乱しているようだ、無理もない。
俺だってソフィリアに気づかせてもらうまで、自分の可能性に気づいていなかったんだからな。
だが、俺に魔法について、はじめに解説してくれたのはジルガだ。
ジルガはこのことに気づいていなかったということか?
「よくわかりませんが、広範囲に魔法が使えるということですよね?とにかくリアム様がスゴイということがわかりました」
まあ、今はそれでいいか。実際、俺の空間魔法は広範囲であることに変わりはないしな。
「そういうことだ、ところでルーナ、水浴びでもしてきたらどうだ?奴隷として扱われていたから、その…」
においがキツイとは、とてもではないが女性には言えないことだ。
薄汚れてはいるが、見た目が可愛い子だ。
特にこういう子は、自分の容姿が気になるはずだしな。
リリアはジルガと仲良くしていたから、いろいろとオープンなところも多かったが、いきなり嫌われたくもないから、少し女性の扱い方も学んでいかなければいけないな。
「え、あっ、ありがとうございます。ですが、リアム様より先に入るわけには…」
本当は今すぐにでも水浴びをしたいのだろう、ソワソワしながら、それでも俺に気を使っているのが分かる。
胸の前で両手の人差し指をトントンと合わせている。
正直に言おう、可愛い。
「気にするな、先にいっていいぞ」
「はい!ありがとうございます!」
ルーナは満面の笑みを浮かべ、浴場へと走っていく。…と、急に振り返り
「覗かないでくださいね」
「ばッ、そんなことするわけないだろう、早くいけ」
変な声が出た。
「はーい!」
ルーナといると調子が狂うな。
ソフィリアは落ち着いた雰囲気だったが、ルーナは落ち着いているようで無邪気なところがある。
「お先にすみません、ありがとうございました」
浴場から戻ったルーナを見て、俺は言葉を失った。
ほこりで灰色に染まりボサボサだった髪の毛は、さらさらでツヤのある背中まで伸びた金髪に、薄汚れていた肌は、本来の白さを取り戻していた。
ドレス風の服を身にまとったその姿は、外見上は控えめで清潔感があるのに、健康的ではっきりと主張してくる女性らしい肉づきのいい体、謙虚なふるまいと慎ましく美しい身のこなしは、まさに清楚という言葉がぴったりだ。
「リアム様、どうしました、ぼーっとして。それよりどうですか、このドレス似合いますか?」
ルーナは目の前で一回転する。スカートは舞い上がり、純白の下着がチラッと見えた。
こういうところだ、清楚な見た目のわりに無邪気なところが俺の調子を狂わせる。
まあ、そういうところが守ってやりたいと思わせるのかもしれないが。
「ああ、すごく似合っているぞ」
ルーナは顔を赤く染め、満面の笑みで頭を下げた。
「俺も水浴びをしてくる、先に寝ててもいいぞ」
ふう…、浴場に入ると俺はゆっくりと息を吐いた。
ルーナによって狂わされた調子を整えようとしたのだ。
すると突然扉が開いた。
「リアム様、お背中流しますね」
「なっ、大丈夫だ、自分で洗える」
また変な声が出た。
タオル一枚でルーナが追いかけてきたのだ。
俺は慌てて、ルーナに背を向け、肩をすぼめて丸くなった。
先ほど目を奪われた美女が、タオル一枚で後ろに立っている。
無理だ、面と向き合って話をするなど、俺にはできなかった。
「そんな…私はリアム様に助けてもらったのに、まだ何もお礼ができていません。奴隷である私にできることといえばこれくらいしか。それとも私ではイヤ…ですか?」
「そんなことはない、ルーナはとても魅力的な女性だと思う」
自分で言ってから、顔が熱くなっていくのを感じた。
「では、失礼します」
そう言うとルーナは俺の背中を洗い始める。
細く華奢な手だ、女性の手というのはこんなにも柔らかいものなのか。
ただ、手以外のものも当たっている。柔らかくて弾力がある、ほどよい大きさの胸。
背中に伝わる感触を意識するほど、下半身が熱くなる。
「では、前のほうも失礼します」
「だっ、大丈夫だ!前は自分で洗える。さっ、さあ、出てってくれ」
俺は片手で自分のアイアンソードを押さえながら、もう片方の手で、ルーナを浴場から追い出した。
やはり調子が狂う、初日からこれでは、この先の旅が思いやられる。
そんなことを考えながら、俺は水浴びを済ませ、それぞれ眠りについた。