68話 元勇者ジルガ・トランジェッタ、王都へ入る
《イゴールside》
オルレンフィアを出て数日、俺たちはアステラを目指していた。
ナイルトンと名乗った男、どんなに痛めつけられても口を割ることはなかったが、受付の女にダスティンが手を出したところで、ようやく口を割ったのだ。
王都アステラに魔道具がひとつ保管されていると。
その後、やつはジルガに切られ、女は2人ともジルガに命令されたダスティンに蹂躙された後、命を落とした。
しかし、あれからジルガは発作を起こすことなく落ち着いている。
俺としては発作に怯えなくて済むのだが…しかし、不気味だ。
時折、目の前から冒険者や騎士団が向かってくるが、ことごとくジルガは切り捨てた。
そのおかげで発作が起きていないのか、それはわからない。
途中、森に寄り道し、魔物を狩っていたことも影響しているのだろうか。
ただ、オルレンフィアで腕輪を手にしてから、少し雰囲気が変わったのは間違いない。
このまま、落ち着きを保ってくれれば…。
そうして進むうちに分岐地点にたどり着いた。
左に行けばサンレイクとキーウッド、右に行けば王都アステラだ。
「イゴール、どっちに進む?」
突然のジルガの問いに俺は驚き、言葉に詰まる。
そんな俺にジルガは続けた。
「魔道具はアステラにあると言っていたが、周辺の町を確認するついでに潰しておくのもいいかもしれねえ。
せっかくザイドリッツに言われて、お前の自我は残してやってんだ…お前の意見を言ってみろよ」
それなら、答えは決まっている。周辺の町からだ。
オルレンフィア、キーウッド、サンレイク、シーティアと周辺の町が襲撃されれば、アステラも戦力を集中させるはずだ。
戦力が集中した王都アステラの力であれば、もしかしたら、ジルガを止めることができるかもしれない。
俺が意を決したとき、左の道から大勢の冒険者が向かってきた。
「おう、お前たちもアステラに向かうのか?
俺たちはサンレイクの冒険者ギルドから派遣されたんだ。
なんでも、アステラの警備を強化したいらしいな。
あの魔王殺しのリアム・ロックハートもいるらしいし、今回は大仕事になりそうだな」
冒険者の1人がそんなことを言いながら、ガハハと笑った瞬間、男の首は落ちていた。
周囲の冒険者たちは、一斉に身構える。
「リアム…リアムだと!?リアムがアステラにいるんだな…」
ジルガの顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。
「て、てめえ…何しやがる!?俺たちを敵に回すつもりか!?」
「ま…まさか、お前が依頼にあったオルレンフィア襲撃事件の犯人…?」
冒険者の何人かが口々に言う。同時に武器を構える冒険者たち。
ジルガはゆっくりと顔を上げ、不気味な笑みを浮かべながらに言った。
「俺がその犯人だったら?」
「その首もらったー!」
「いや、俺のもんだ!」
「手柄は俺がいただくぜ!」
「おおーー!」
冒険者たちは、それぞれ気合の入った言葉を口にしながら、ジルガに向かっていった。
戦闘が開始してから1人…また1人と、ジルガの手によって切り捨てられていく。
ゆうに30人はいたであろう冒険者も残すところ5人ほどまで減っている。
しかし、そこで冒険者たちの行動に変化が見られた。
今までは、ジルガを取り囲みつつも、個々で攻めていた冒険者たちに連携が見られるようになったのだ。
前衛の3人が近接戦、後衛2人は魔導士のようで杖に魔力を集中させている。
ジルガもそれには気づいたようだが、あえて対策することなく立ち会っている。
まるで、戦闘自体を楽しんでいるかのように。
ふと、前衛3人がジルガから距離をとった。
次の瞬間、大爆発がジルガを襲う。同時に上空からは無数の雷が降り注いでいる。
威力、範囲とも強大で、通常の魔物であれば即死レベルであろう。
しかし、相手はあのジルガだ…この程度では……。
そう思った時、ジルガの周囲の魔法が一瞬でかき消された。
その光景を冒険者たちは呆然と眺めることしかできなかった。
動きを止める冒険者たちに、ジルガは手を向けた。
剣を構える者、杖を構える者、呆然としている者、冒険者の反応は様々だったが、結果はみんな同じ…爆発に飲み込まれ、跡形もなく消し飛んだ。
そしてジルガは何事もなかったかのように振り返りながら、不気味な笑みを浮かべたまま言う。
「イゴール、アステラに行くぞ。リアムを、この手で殺してやる」
このとき俺たちの目的地は決定した。
《リアムside》
キーウッドに到着した。
そこは昔と変わらず、多種族が生活する平和な町だった。
俺は、違和感を感じつつも、ルーナとともにマルーン氏のもとを訪ねた。
マルーン氏は無事だった。丸々とした身体に穏やかな物腰、やや白髪が目立つようになったが、昔と変わらず元気そうだった。
そんなマルーン氏とルーナは再会を喜び合っている。
たしか、昔マルーン氏の依頼を受けたときはルーナは素性を隠し、ルルーシュと名乗っていたからな。
……ルルーシュ…なるほど、そういうことか。ルルーシュは、俺がルーナに付けた偽名だったな。それを覚えていれば、オーペルの治癒術師ルルーシュがルーナだということにも、すぐに気づけたというわけか。
俺はうつむき加減に苦笑しながら、その場をあとにし、町の中を探索し始めた。
やはり、おかしい。
未来の俺が書いたであろう冊子には、オルレンフィアの後は、キーウッドとサンレイクが襲撃されたと書いてあったはずだ。
しかし、オルレンフィアからキーウッドまでの道中では、誰ともすれ違わなかった。
途中、横目に見たサンレイクにも異常はないように見えた。
おかしい、冊子の内容と現実が違っている。
俺は懐にしまっている冊子を取り出した。
やはりそうだ、オルレンフィアに立ち寄った俺たちが、次に向かうのはアステラ。
そこから、キーウッドに向かった時には、キーウッドもサンレイクも廃墟になっていたと書いてある。
しかし、今現在キーウッドの町は廃墟にはなっていない。
ということは、やはりこの冊子は偽物か。
そう考え、冊子を手放そうとして、でも違和感を感じた俺は、もう一度冊子を開いた。
やはりそうだ、オーペルを出て、俺たちはオルレンフィアに立ち寄っているのだ。
だが、実際にはオルレンフィアには立ち寄っていない。
そこで、未来が変わったのかもしれない。
もしそうだとしたら、アステラが先に襲撃される可能性もある。
アステラにはアルクがいる、マズイ!
慌てて振り向いた先にはルーナがいた。
ルーナの視線は、俺の手に向けられている。俺の手には…冊子だ。
ルーナはいぶかしげな表情を作りつつ、小首をかしげた。
「ねえ、リアム、それって…」
「ルーナ、事情は後で説明する!今はアステラにいるアルクが危ないかもしれない。俺は急ぎアステラに向かう。ルーナはここでマルーン氏と待っていてくれないか?
もし、危険なことがあれば、すぐに避難するんだ。いいな?」
「え、えっ!?どういうこと?どうしたの急に…最近リアム、少し変だよ?何を隠しているの?それは私には言えないことなの?」
ルーナの表情が険しい、不審に思われているのは明らかだ。
無理もない、何の説明もなく、慌ただしく意見を述べられては、俺だって疑問のひとつやふたつは抱くだろう。
それを、後回しにして俺に従えと言われて、素直に聞けるものではない。
しかし、全てを説明するには不確定要素が多すぎる。
いまだに、この冊子が偽物かもしれないという可能性もあるのだ。
どうするべきか、どう説明すべきか、そんなことを考え、口をつぐんでいるとルーナが口を開いた。
「わかった、私はお父様と一緒にいる。その代わり、戻ったらちゃんと説明してほしい。
リアムが私を信頼していないとしても、私はあなたを信頼している。
どんなに信じられないようなことでも、あなたの言葉なら、全部受け止める。
だから、約束して…必ず戻ってきて…」
ルーナは力強い口調で言った。まっすぐに俺を見ている、その目には光るものがあった。
「ああ、約束する、必ずここに戻ってくる」
そう言うと、ルーナは笑顔で応えてくれた。
いつもよりも少し無理をした笑顔、ルーナも今回の一件には、何か思うところがあるのだろう。
…必ず帰らなければ。そう心に決め、俺はアステラを目指し馬を走らせた。
《リリアside》
周囲が騒がしい気がして、あたしは目を開けた。
部屋の中はまだ薄暗い、夜中なのだろうか。
すぐ隣にはハティが、なにも身にまとっていない無防備な状態で寝ている。
しかし、それはあたしも同じだ。あの日、初めてハティと一緒に寝た日から、毎日ハティと寝ている。
はじめは恐怖や不安を取り除きたくて、安心感を得たくて、ハティに迫り、彼女の身体を求めた。
ハティも、最初は嫌がりつつも、すぐにあたしを受け入れてくれた。
おかげであたしは、毎日安心して眠りにつくことができた。
ハティは言葉通り、全力であたしを守り、支えようとしてくれているんだ、嬉しいな。
ふと、窓の外に光るものが見えた。
ハティを起こさないようにゆっくりとベッドから出て、窓の外を見る。
ゾッとした。
王宮から見える、王都の入り口。そこに火の手が上がり、兵士が集まっている。
ジルガだ、直感的に思った。
急に全身を恐怖が支配する。もうあたしの中には、ハティの言葉は残っていなかった。
脱ぎ捨ててあった衣服を身にまとい、自室に戻り、杖と荷物を手にし、足早に部屋を出た。
王宮を出ようとしたところで、門兵と話をしている男の姿が目に入った。
暗闇に目を凝らすと、そこにいる大男には見覚えがあった…イゴールだ。
イゴールはジルガと一緒にいたはず。そのイゴールがなんでここに?
いや、それよりも、それよりもだ…イゴールがいるということはジルガも来ている。
逃げなきゃ、でもどうやって…。
たしか王都の入り口には火の手が上がっていた。ということは、ジルガは正面から来ている。
それなら、王宮の裏口を出て、正面から反対方向に出よう。
この夜の闇に紛れれば、逃げ切れるかもしれない…ううん、絶対逃げ切ってやる。
その瞬間、イゴールと目が合った。
あたしはすぐに踵を返し、入り口と反対方向へ走り出す。
「リリア、そっちには行くな!正面は囮だ、戻ってこい!」
背中越しにイゴールが何かを言っているのが聞こえたけど、騙されるもんか。
イゴールがここにいる理由、それはあたしを捕まえに来たからだ。
捕まってたまるか、絶対に逃げ切ってやる!
あたしは王宮の裏口を使い、細い路地を抜けていく。
もう少し、もう少しでアステラの出口だ。
正面の騒ぎのおかげで裏口に兵はいない…このまま抜けられる!
ドン!
あたしは横の路地から出てきた人とぶつかり、尻もちをついた。
「ご、ごめ…」
「リリア~、まさかこんなところで会うとはな。ああ、会いたかったぜリリア、俺はお前を愛しているからなぁ」
顔を上げたあたしは絶句した。
目の前には、邪悪な笑みを浮かべた絶望が立ちはだかっていた。




