67話 それぞれの向かう先
中央大陸の東部、ライラック王国に到着した。
前回、アールステラトーン大陸のエランドポートからカルテリオを目指したときは、海上では危険な目にもあったが、今回は整備された航海ルート…いわば正規ルートだ。
特に何の問題もなく、航海を終えることができた。
問題はここからだ。
ここからシャリール大国を目指すと、大森林を抜け、最初に見えてくるのはオルレンフィア。
その先は、王都アステラとキーウッドへと続く道への分岐点。
キーウッドのほうが、ややアステラよりも遠方にあるか。
俺たちは港に降り立ち、すぐに馬を買った。目的地まで最速で進むためだ。
最悪、馬は乗り捨てる覚悟でもいた。しかし、購入した馬たちは思いのほか頑張ってくれた。
大森林を抜け、もう目の前にはオルレンフィアが見えている。
走る馬上で、俺は悩んでいた。
オルレンフィアに立ち寄るか、それともオルレンフィアを通り過ぎ、先を急ぐかだ。
冊子の内容を思い出すと、オルレンフィアに立ち寄る意味はほとんどない。
それならば、まずはキーウッドを目指すか。
しかし、襲撃犯がアステラを目指していたら、国王が危険だ…どうする。
そのとき、ふと、エルジェイドの言葉が頭をよぎる。
仲間を信じろと言っていたエルジェイドの言葉。
そして考える、今この場にいる仲間のことを。
俺はやや後方を走るアルクに向けて言った。
「アルク!オルレンフィアは通過する。その先の分岐点、お前はアステラに向かえ!」
俺の言葉に反応するようにアルクの馬が俺の横に並ぶ。
「どういうことですか、リアムさん?」
「オルレンフィアは壊滅状態だ、今すぐに立ち寄ってもどうにもならない。
それならば、まずは周辺の町の安全を確保する。
俺はキーウッドを目指す。ルーナの父君がいる、だからルーナも俺が連れていく。
アルク、お前は先に王都へ行き、国王に危険を知らせろ。
俺の名前を出せば王宮には入れるはずだ、そこで警備を強化するように国王に伝えるんだ」
俺の話にアルクは大仰にうなずきつつ、問いかける。
「その後は?」
「その後は、アステラで待機だ。俺たちもすぐに向かう。
いいか、もし、アステラが襲撃されたとしても、そいつらと戦おうとはするな!
道中でも同じだ、怪しい者には近づくな。
今回の襲撃犯、きっとお前では勝てない。
身の危険を感じたら、キーウッドまで逃げてもいい」
アルクはやや眉をひそめながらに言う。
「それで、王都が壊滅したら?」
俺は即答した。
「王都には襲撃への備えも、きっとある。俺たちが向かうまでは持ちこたえられるはずだ」
そうこうしているうちに、オルレンフィアを通り過ぎ、分岐点まで来ていた。
俺とアルクは互いに視線を交わし、左右に分かれた。
大丈夫、きっとアルクならやってくれるはずだ。
そう信じながら、少しだけ馬の速度を上げた。
《アルクside》
僕の目の前にはアステラの王宮が見えている。
思えば、リアムさんに何かを託されたのは、これが初めてかもしれない。
そう思うと、自然と手綱を握る手にも力が入る。
アステラの町に到着すると衛兵に声をかけられた。
どうやら、身元不明の者や、ランクの低い冒険者は立ち入ることができないらしい。
一応、僕も冒険者ランクはBランクだけど、ここはリアムさんの名前を出すことにした。
「リアム・ロックハートより伝令を預かっています。至急、国王陛下への謁見の手配を」
それだけ伝えると衛兵は慌ただしく、動き始めた。
しばらく待機したのち、町の中よりひとりの女騎士が姿を現した。
「お前が、王国指定冒険者リアム・ロックハートの使いの者だな?私が王宮まで案内する、ついてこい」
やや不愛想ともとれる態度の女騎士、しかし、その立ち振る舞いには隙がなく、相当な腕があると容易に想像できた。
確かにこれなら、僕の出る幕はないかもしれない。
リアムさんの言う通り、宿屋にでも行って、大人しくしているのがよさそうだ。
しばらくすると王宮の中の広間にたどり着いた。
そこで待つこと数分、国王らしき人物が歩いてくる。
そして目の前の玉座に腰かけると、大音声で言い放つ。
「お前がリアムの使いの者か。やつめ、使いの者など寄こしおって。
まあいい、わしがアストラーテ・ルイゼンバークだ。要件を言え」
僕は片膝をつき、片手を胸に当てた。
たしか、王族への礼儀作法は、こんな感じだったよな?
王族なんて初めて会うから、作法なんて知らないんだけど…。
「はっ、リアム・ロックハートよりの伝令であります。
王都より東、オルレンフィアは襲撃により壊滅状態。
周辺地域にも危険が及ぶ可能性があります。
アステラも例外ではありません、直ちに警備を強化するように…とのことです」
アストラーテ王は、腕を組みながら難しい顔で聞いていた。
そして、ため息交じりに言う。
「警備を強化したいのはやまやまだが、今、騎士団の多くはオルレンフィアにいる。
今いる戦力で警備を強化したところで、たかが知れている」
「リアムさんは、一度キーウッドを目指し、町の周辺の安全を確かめたのち、こちらに向かってくるとのことです。
それまで、なんとしても耐えられるように警備の強化を」
国王は、大仰にうなずきながらに言った。
「うむ、リアムが来るというなら心強い。それまでは何としてでも耐えると約束しよう」
リアムさんは、やっぱりすごい人なんだな。
国王にここまで信頼されているなんて。
これで、僕の役目は終わった…あとは、リアムさんが来るのを待つだけだ。
僕は王宮をあとにした。
《リリアside》
王宮の一室にあたしはいる。
オルレンフィアでジルガから逃げてきてから、数日が経過していた。
ここでの生活は快適そのものだった。
しかし、その快適な生活は突然雲行きが怪しくなる。
王宮内の兵士が慌ただしく、動き回っている。
装備を整え、今にも戦いに赴くかといった気配を感じる。
あたしは、ハティを探した。
保護されているとはいえ、王宮内にあたしが頼れる人間はいない。
ハティがいなければ、そもそも保護すらしてもらえてないかもしれない。
ハティは自室にいた。
魔法や薬学、医術といった書物が大量に置かれている部屋。
あたしとは違い、ハティは勤勉だった。そう、あたしとは正反対に。
ハティに王宮内の兵士の様子を話し理由を聞く。
どうやら、オルレンフィアの周辺地域に危険が迫っているとのことで、警備を強化しているという。
あたしの心臓はドキドキと早鐘を打った。
もし…もしもだが、ジルガがアステラを襲撃したら。
警備が突破され、王宮にたどり着いてしまったら。
あたしはどうなる。
きっと、ジルガはあたしを許しはしない。
裏切ったことを後悔するほど…ひどい仕打ちを受けるだろう、それこそ死にたいと思うほどの。
怖い、どうしよう、怖い…逃げなきゃ、捕まるわけにはいかない、死にたくない。
全身が震え、膝が笑う。
自分の力では立ってられずに、その場にへたり込んだ。
そんなあたしの肩に、ハティは優しく手を置いた。
「大丈夫、王都にいる騎士団、兵士の人たちは強いから。誰が来たって、負けるはずがないよ」
そう言って励ますハティの手を振り払う。
「あんたは何もわかってない。あいつに…ジルガには勝てない、ここにあいつが来るなら、逃げないとあたしの命はない」
思わず大声を上げたあたしを、ハティは優しく抱きしめた。
「大丈夫だよ、私もあなたを全力で守る。昔、あなたが私を助けてくれたように、今度は私があなたを全力で守るから」
ハティの胸に顔を埋め、彼女の心音を聞いていると不思議と安心できた。
ハティの匂い、ハティの身体、ハティの声…全てが優しくあたしを満たした。
「ねえ、ハティ…。今日は一緒に寝てもいい?」
あたしはその日、ハティと同じ寝室で眠りについた。




