66話 中央大陸へ
宿屋の1階にある食堂、アルクとルーナとテーブルを囲んでいるが、どうにも食欲が出ない。
自室で、ルーナに回復魔法をかけてもらい、いくらかは良くなったが、どうにも気分が優れない。
テーブルに置かれた料理を眺めている俺を、心配そうに眺めるアルクとルーナ。
「ねえ、リアム。少し休んだほうがいいんじゃない?体調良くなさそうだよ、今日は休んで、明日また情報を集めればいいんじゃないかな」
「リアムさん、何かあったなら相談してください。僕たちでも少しは力になれると思いますよ?」
「……」
俺は今でも悩んでいる。あの冊子に書かれていたことを、この2人に相談するべきかどうかを。
まだ、あの冊子に書かれている内容が事実だという確証はない。
ただ、もし本当だとしたら、マルーン氏が危ない。冊子の内容からすると、まず不幸の始まりはマルーン氏の死がきっかけとなっている。
どうしたものかと考えていると、どこからともなく噂話が聞こえてくる。
どうやら、中央大陸のオルレンフィアが壊滅状態にあるらしい。
俺は一瞬ドキッとした。これは冊子に書かれていたことと一致する。
どうする、どうする。
落ち着け、まずは考えろ。
不幸の始まりはマルーン氏の死がきっかけとなっていた。
その前兆として周囲から聞こえてくる噂話についても冊子に書かれていた。
そして、ソフィリアが死んだとされるのはエルジェイドと別れて5年後、まだ3年ある。
それなら、まずはオルレンフィアもしくはキーウッドに向かい、現状を確認するべきだろうか。
それにより、マルーン氏が死ななければ冊子の内容とは異なる未来が発生するはずだ。
その先はどうなるかはわからない、いや待て、冊子の内容を鵜呑みにしていいのか。
考えても答えは出ないか…そもそも未来は誰にもわからないんだ。
ただひとつ確かなのは、オルレンフィアが襲撃されたという事実のみ。
それなら、その周囲の町が襲撃される危険だってある。
どのみち、中央大陸は捜索に向かわなければならないわけだし…よし。
「アルク、ルーナ。急ぎ中央大陸に向かおうと思う。いいか?」
突然の提案に、2人は顔を見合わせた。
俺は2人の意見を聞かずに続ける。
「どうやら、オルレンフィアが襲撃されたらしいことは噂として聞いているだろう。となると周辺の町にも危険が及ぶかもしれない。ちょうど、中央大陸は捜索していないし、キーウッドの町も心配だ。それでいいな?」
やや力のこもった俺の言葉に2人はうなずいた。
そうと決まれば、急がなくては。
俺はアルクに中央大陸までの船の手配を指示した。
ルーナには、俺と一緒に旅に必要な備品の調達をしてもらう。
「ねえ、リアム。昨日から変だよ?なにがあったの?何を隠しているの?」
その道中、ルーナがややいぶかしげに俺に問いかける。
俺は努めて冷静に、いつもと変わらない笑顔を作りつつ答える。
「大丈夫だ、ルーナ。なんでもない。ただ、今後の進路について悩んでいただけだ」
ルーナはいぶかしげな表情を崩さない。
俺の返答に納得してくれてはいないようだ。
「リアムがキーウッドの…ううん、お父様のことを心配してくれているのは嬉しい。でも、本当にそれだけ?まだほかにも何かあるんじゃないの?」
ルーナの目はまっすぐに俺を見ていた。
力強い視線だ、どんなに取り繕っても納得してはくれなさそうだ…どうする、正直に話すか…しかし…。
「リアムさん、中央大陸への船の手配ができました」
俺が口をつぐんでいると、アルクが遠くから駆け寄ってくる。
助かった、と思った。
俺は、アルクに向き直り、ルーナの追及を回避した。
そして宿に戻り、荷物をまとめ、船に乗り込むのだった。
《リリアside》
あたしはオルレンフィアを出て、1人王都を目指している。
うまくジルガたちに気づかれることなく、逃げ出すことができたと思う。
ここまでは予定通り、あとは王都に行ってハティに相談する。
そしてあわよくば、王宮付きの魔導士として雇ってもらうのだ。
中央大陸、シャリール大国の王都アステラといえば、誰もが聞いたことのある大都市だ。
そこで雇ってもらえたならば、ジルガだってそう簡単には手を出せないだろう。
あたしはそう考えていた。
そしてそれは、もうすぐそこまで来ている。
あたしの目の前には、ぼんやりとではあるが、アステラにある王宮が見えている。
もう少し、あと少しだ。
しかし、先ほどから武装した冒険者や騎士団とすれ違うことが多い。
物々しい雰囲気の彼らを見ると、何事かが起こっていることは容易に想像できる。
あたしは、1人の騎士を呼び止めた。
「あの、先ほどから、騎士の人や冒険者とすれ違うことが多いんですが、何があったんですか?」
騎士の1人は馬上から降りることなく答えた。
「これより先、オルレンフィアが襲撃された。その鎮圧に向かっているのだ、噂ではかなりの手練れのようだ。きみも危ないから、どこか近くの町にでも避難しなさい」
そう言うと騎士は走り去った。
そこであたしは初めて後ろを振り返った。
自分が歩いてきた道の先、オルレンフィアがあるであろう方向、そこからは黒煙が立ち上っている。
あたしはそれを見た瞬間、踵を返し王都へ向けて走り出した。
ジルガに気づかれた、このまま見つかれば自分の命はない。
もし、命があったとしても女としての自分は死ぬ、そう直感してのことだった。
なんとか、王都にたどり着いた時には、すでに日は落ちていた。
商店からは人が消え、家のあちらこちらから明かりが漏れている。
あたしは宿を探すことなく、一直線に王宮を目指した。
しかし、衛兵に止められた。
素性を明かし、ハティに面会したいと説明したが、明日にしろと突き放された。
あたしは仕方なく、宿をとり、部屋に閉じこもった。
とてもではないが食事をする気にはなれなかった。
部屋から出てジルガと遭遇したら。
食事中に背後からジルガが迫ってきたら。
寝ている最中にジルガがベッド横に立っていたら。
そんなことを考えてしまい、寝ることもできなかった。
早く夜が明けてほしい、ただそれだけだった。
それだけを考え、部屋の隅に杖を抱えて、座り込んでいた。
次の日、日が昇り、周囲が活気づいてきたころ、あたしは再び王宮を訪れた。
そこでハティと再会した。
数年ぶりに会うハティは、あまり変わらず、引っ込み思案なところも前のままだ。
あたしは彼女に今に至る経緯を説明した。
彼女はレイクレットの件で、ジルガを恨んでいる。
そのジルガから逃げてきたあたしを彼女は快く歓迎してくれた。
もう安心だ、ここなら王都直属の騎士団もいるし、いくらジルガといえども一国を相手にはしないだろう。
今日はゆっくり眠ることができる、あたしは安心しきっていた。
そしてそのまま与えられた部屋で眠りに落ちた。




