65話 凶報
俺は冊子を懐にしまい、自室に戻った。
ルーナはすでに眠りについているようだ。俺は静かにそのベッドまで歩いていく。
冊子の内容が、あまりにも衝撃的なものだったため、一目だけでも、ルーナを見ておきたかったのだ。
ルーナの穏やかな寝顔を見て、俺の心も平静を取り戻していく。
特に何かあったわけではないが、その寝顔を見るだけで、不思議と安心できた。
そして、俺はルーナとは別のベッドに潜り込んだ。
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気が付くと見覚えのないところにいた。
周りを見渡すが何もない、何もない空間だけが広がっている。
ふと、振り返るとキレイな金髪の女性が立っている。
後ろ姿だが、間違いようがない後ろ姿、ルーナだ。
俺は、ルーナに声をかける。
そして振り返った彼女を見て、言葉を失った。
たしかに見た目はルーナだが、目の部分が黒く抜け落ち空洞なのだ。
その彼女は不気味な笑みを受かべながらに言った。
「なんで、助けてくれなかったの?お父様を亡くしてツラかったのに!そばにいてほしかったのに!なんで私を一人にしたの!」
「う、うおぉぉ」
俺は彼女の異様な不気味さに思わず後ずさりする。
ふと、背後に気配を感じた。
そこには同じく金髪を持つ青年、アルクがうつむいたまま立っている。
俺は助けを求めるように彼に駆け寄った。
しかし、彼もまたルーナ同様に目の部分が黒く抜け落ちていた。
「リアムさんが僕の話を聞いてくれないから、僕は1人でクエストに出て死んだんだ!リアムさんが僕を見捨てた!なんで、僕を見捨てた!」
そのまま、アルクとルーナは俺に詰め寄ってくる。
なんだ、何がどうなっている!?この2人は本当にアルクとルーナか?
なぜ、目がない!?それに俺が殺した?なんのことだ、わからない、わからない!
「リアム、お前が王都に残ってさえいれば、わしらも殺されずに済んだんだ。お前がわれらを見殺しにしたんだ!」
「リアムさん、ジルガさんはあなたに見捨てられてから運命が変わってしまった。そのジルガさんに殺された私たちも、あなたに運命を捻じ曲げられたということ。なんで、私たちが死ななければならない?なぜ、あなたは助けようとすらしない!」
左右からはアステラ王とナイルトン、共に目の部分が黒く抜け落ちている。
この2人も俺が殺したというのか?
そんなはずはない!なんだ、何が起きている!?
誰か!誰かいないか!?
その瞬間、俺を取り囲む者たちの首が飛んだ。
アルクもルーナも、アステラ王もナイルトンの首も一斉に宙に舞った。
俺は飛び散る鮮血を受けながら、呆然とそれを見ていることしかできなかった。
かすかに感じる安心感、助かったという思いだけが心の奥底にわき上がる。
4人の奥には漆黒の剣を持った男が立っている。
その男は言った。
「お前を助けてやる、その苦しみから解放してやるよ。俺のもとに来い、リアム」
そう言って俺に手を差し伸べた男はジルガだった。
俺は彼の手を取ろうと腕を伸ばした。
その瞬間、彼の顔から目玉が抜け落ち、全身も溶け、恐ろしい魔物のような姿に変貌した。
「うおぁぁ」
気が付くと俺はベッドの上で上半身を起こしていた。
夢…か。
「ハア、ハア、ハア」
見ると全身は汗でびっしょりと濡れており、喉もカラカラに乾いていた。
不気味な夢だった、こんな夢は初めて見た。
ルーナ、アルク、アステラ王、ナイルトン…全員俺が殺したと言っていた。
その真意はわからないが、全員、冊子に死亡したことが書かれていた人物だ。
これは偶然か?いや、何か意味があることではないだろうか?
そもそも、やつは、なぜあの冊子を俺に渡した?
この結果を俺に知らせて、俺に何をさせようというのだ。
次々と俺の周囲の人が死んでいく…その事実を俺に伝えて、何になるというのだ。
そのまま考え込んでいると、顔を覗き込まれた…ルーナだった。
一瞬、ドキッとしたが、ちゃんと目はある。
愛らしいクリっとした目が俺を見つめていた。
「ね、ねえ、リアム。大丈夫?ずいぶん、うなされてたみたいだけど…」
彼女は心配そうに小首をかしげながら、俺の額の汗を拭いてくれている。
「ああ、すまない。少し変な夢を見たんだ。でも大丈夫だ、ありがとう」
俺の言葉にルーナは一瞬だけ眉根を寄せた。
しかし、すぐにいつもの笑顔で優しく言った。
「何かあったら、ちゃんと言ってね。リアムはなんでも抱え込もうとするところがあるから、私だって心配なんだよ?」
「……」
「…なんか、私も目が冴えちゃった。ねえ、一緒のベッドで寝てもいい?」
そう言うと、ルーナはおもむろに俺のベッドに潜り込んできた。
ルーナは、少し照れた様子で、はにかみながら笑っている。その笑顔と声に俺は癒された。
その日は、彼女の手を取り就寝した。
結局その日は、同じ夢を見ることはなかった。
目を覚ます。
隣には無防備な寝顔のルーナがいた。
そういえば、こんなに近くでルーナの寝顔を見るのは初めてかもしれない。
やっぱりかわいいな。
そして、視線は顔の下、首元から胸元へと移動していく。
やや胸元の緩い寝衣からは、成長した二つの果実が顔をのぞかせている。
俺は、おもむろにその果実のひとつに指を当ててみた。
柔らかいのに弾力がある、ほどよく成長した果実。
その感触を堪能していると、またあの甘く切ない気持ちのいい時間をもう一度という気になってくる。
いや、ダメだ!俺にはやることがある。
あの日から…ルーナとシたあの時から、ちょくちょく欲望に支配されそうになる。
俺は、それを振り払うようにベッドを出た。
そして後ろ髪を引かれる思いで、部屋を出る。向かった先は、1階の食堂だ。
食堂には、まばらに人がいるのが確認できた。
しかし、まだ時間が早いのだろう、にぎわいを見せるほどではなかった。
俺は、最奥のテーブルに腰かけ、懐から冊子を取り出すと、ひとつ深呼吸をする。
そしてゆっくりとページを開いた。
『久しぶりに俺に来客があった、エルジェイドだ。
やつは俺を一目見るなり殴りかかってきた。
俺の姿が気に入らなかったらしい…いや違った。
ソフィリアを助けられなかったらしい、それも俺のせいで』
ソフィリアまで失ったのか、未来の俺は…。
俺の恩人である彼女を救い出せなかったのか…それも、俺のせいでだと…なぜだ。
続きを読む。
『自分のミスを俺のせいにするとは、なんて野郎だ。だが、どうも様子がおかしい。
話を聞くと彼は、ギルドに何度も伝言と捜索依頼、救援要請等を出していたらしい。
俺が、ギルドに顔を出さなかったから、俺の目に触れることはなかったが、そのせいでエルジェイドひとりで救援に向かった際には、ソフィリアはすでに死んでいたらしい。
発見したときは、死後数日程度だったということだった』
『彼は俺を糾弾した。ルーナもアルクもソフィリアも…死んだのは俺のせいだと。
そして、お前がそんなことではアイラも報われん!そう言い残し、彼は姿を消した。
5年ぶりの再会だというのに、どうにも後味悪い』
そうか…俺はエルジェイドにも見放されるのか。
読み進めると、どうにも、胃のあたりがムカムカする。
しかし、読み進めなければいけない。
ここに書いてある内容から、俺が今後どうすればいいか。
これを渡してきたやつの目的を考えなければならないのだ。
『街道でジルガに遭遇した。久しぶりに遭遇したやつは、かなり様変わりしていた。
やつは俺を見るなり襲い掛かってきた。
そしてアイラが死んだ。襲い掛かってくるジルガから俺をかばって死んだのだ。
俺は、ジルガを殺した。その時のやつの顔が忘れられない」
アイラまで…もう俺には何も残ってない…。
胃のあたりのムカつきが酷くなる。
『ジルガの死に際の表情が、どうにも引っ掛かり、調査することにする。
どうやらジルガは、竜王に操られていたらしい。いつしか、竜王が俺の憎しみの対象になっていた。
俺は、そいつの居場所を突き止めた。
明日、俺は竜王に挑む。正直勝算はないが、みんなの仇だ。何としてでもやつを殺す』
ここで冊子は終わっていた。
この内容から考えるに、俺はきっと竜王に負けたんだろう。
全てを失い、最後には自分の命すらも失うのか…。
しかし、この内容だと、全ての元凶は竜王ということになる。
竜王がジルガを操り、人々を襲わせ、結果、俺たち全員が不幸になったのだ。
この冊子が本当に未来の俺が書き記したものだとすれば、俺のするべきことはひとつだ。
この未来を回避し、全ての元凶である竜王を倒すのだ。
俺は冊子を懐にしまい、自室に戻った。
部屋ではすでにルーナが起きていた。
彼女は俺の顔を見るなり、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの?酷い顔だよ!?なにがあったの?今、回復魔法かけてあげるから」
自分では分からなかったが、ずいぶん酷い顔をしているらしい。
そう言われれば胃のムカつきも酷く、吐き気もある。
ルーナは、急いで俺を椅子に座らせ、回復魔法をかけてくれた。
徐々に温かい感覚が身体全体に広がっていく。
胃のムカつきも治まり、少し気分も良くなった気がする。
未来の俺は、こんなに献身的に尽くしてくれるルーナも失うのか。
それだけは阻止しなければ。
ルーナだけではない、アルクもソフィリアも、アイラだって…俺が守るんだ。
そう考えると不思議と決心できた、俺はいずれ必ず竜王を倒す。
そんなとき、町のいたるところで不吉な噂を耳にする。
中央大陸のオルレンフィアが襲撃され、壊滅状態だと。




