64話 冊子の内容
オーペルの宿屋の一室。
俺とアルク、ルーナはテーブルを囲み今後の進路についての相談をしていた。
といっても、具体的な行き先はなく、唯一のヒントといえば、昼間の男から言われた中央大陸へ戻ることくらいだ。
しかし、今回の件については2人には話していない。
話したほうがいいかもしれないが、まだ冊子の確認もできていないし、無駄に心配させる必要もないと考えていた。
ともかく、まずは進路を考えよう。
俺は、紙に簡単な地図を書き、自分の考えをまとめるように2人に話し始める。
「まずは今までの情報を整理しよう。
今まで、探してきたのはアールステラトーン大陸の広範囲と今いるカルテリオの周辺だ。
あとはルーナが隣国であるガルガルについても調査してあると言っていたな。」
「うん、直接探し回ったわけじゃないけど、頼りになる人たちが探してくれたから、間違いないと思う」
ルーナは小さくうなずきながらに言った。
続いて、アルクが口を開く。
「僕のほうでも、カルテリオの周辺は調査しましたが、やはりこれといって収穫はなかったですね」
俺もうなずきながら話を続ける。
「まだ探していないのは中央大陸と魔大陸だが…エルジェイドがどこを捜索しているかがわからない以上、魔大陸のような遠くの地へ行くのは得策ではないかもしれない。
だが、まずは、このどちらかを探す方向で考えたい。もう少し情報を集めてから決めるとしよう」
こうして、進路会議は終了した。
手書きの地図を片づけていると、ルーナが隣に腰かける。
テーブルには見覚えのある冊子が置かれている。
俺はとっさに懐を押さえた。
…先ほど渡された冊子は俺の懐にある。だとしたら、この冊子は…。
考えていると、ルーナが嬉しそうに話し始めた。
「ねえ、リアム。これ、昼に町で見つけたんだ。日記みたいにその日の出来事とか、感じたことをお互いに書いてみたいと思うの。どうかな?」
ルーナはそう言うと上目遣いで俺を見つめている。
どうにも、この可愛らしい顔に俺は弱い。なんでも許可してしまいそうになる。
「ああ、いいな。ただ、俺はあまり文章を書くのが得意じゃないから、ときどき書こうと思う。普段はルーナが保管して、書きたいときに書きたいことを書いてほしい。俺も、ルーナが何を見て、何を感じて、どう考えたのか…ルーナのことをもっと知りたいんだ」
「えへへ、うん、分かった。じゃあ、リアムも書きたくなったら言ってね」
ルーナは、はにかんで笑うとテーブルに置いてあった冊子を胸に抱いた。
そしてアルクに視線を向けた。
「アルクも一緒にどう?」
「いえ、僕は遠慮しておきますよ。2人の邪魔をする気はありませんので…では、僕は部屋に戻りますね」
アルクは少し寂しげな笑みを浮かべ、部屋をあとにした。
ルーナが戻ってきてから、アルクは部屋をひとつ借りた。
俺たちに気を使ってのことだろう、あいつは軽薄そうに見えて、実は周囲への気配りができる男だ。
そしてアルクが出ていった部屋に残された、俺とルーナ。
2人の間に沈黙が流れる。
俺はルーナの機先を制するように言葉を発した。
「ルーナ、俺も昼間、少し気になることがあったんだ。それを少し調べたいと思う。だから、先に寝ててくれないか?」
「えっ…あ、うん、わかった。あまり無理しないでね…」
「ああ、すぐに戻るよ」
ルーナは寂しそうに冊子を抱いたまま、笑顔で見送ってくれた。
その笑顔を見た瞬間、胸に息苦しいものを感じた…信用してくれているルーナに、隠し事をしているという後ろめたい気持ちだ。
今からでも戻って、真実を話すか…いや、まずは中身を確認してからだな。
俺はそのまま、宿の1階の食堂へ向かい、席に着いた。
時間的に食事をする者はいないため、食堂に人の姿はない。
俺はテーブルに冊子を置いた。
ルーナの持っている冊子と同じ材質と色の冊子、しかし、その色は薄れ、中の紙も所々擦り切れている。使用して長い時間が経過しているのだろう。
改めて中を見てみる。
やはり白紙…中にある白紙だったであろう紙は薄茶けていた。
さて、たしか魔力を込めると言っていたな。
俺は、冊子に手を置き、ゆっくりと魔力を流し込んだ。
すると、白紙だった紙にぼんやりと文字が浮かび上がってきた。
俺は、その内容に最初から目を通していく。
はじめのうちは、ルーナが書いたであろう内容だ。
内容としては、どこに行って、何をしたとか、俺への思いや、2人の夜のことなんかが書かれている。
その内容は微笑ましいもので、昼間の男が言うような危機感は感じられない。
しかし、少しすると筆跡が変わる。
ルーナの文字よりも少し汚い文字、だが読み慣れたその文字は、俺の文字だ。
『オルレンフィアが襲撃されたとの噂がカルテリオに届いた。
俺たちは次の進路を中央大陸へ変更し、急ぎ、オルレンフィアに向かう』
俺はその文章を読んだ瞬間、自分の眉根が寄るのを感じた。
今のところ、オルレンフィア襲撃の噂は耳にしていない。
しかし、冊子の内容から逆算すると今日から数日後の話だろう。
あの男の言う、中央大陸へ戻れという言葉とも一致している。
俺はイヤな予感を抱きつつも、続きを確認する。
『オルレンフィアに到着すると、あの綺麗だった町並みは荒れ果てていた。
少しずつ復興は始まっているようだが、むせ返るような血の匂いが襲撃の大きさを物語っている。
俺たちは冒険者ギルドに向かい、そこでギルド長のナイルトンとその部下の女性が惨殺されていたと聞く』
ナイルトンが死んだ?聡明なあの男が…魔王軍との戦いでも、やつの魔法ひとつで多くの魔物を倒していた、そんな実力のあるあの男が…。
まさか、昼間の男の言う、大切な人の家族というのは、ナイルトンとこの部下の女性のことか?
いや、たしかに魔王軍との戦いでは借りもあるが、大切というほどの関係ではない…。
俺は、はやる気持ちを抑えるように冊子に目を落とす。
『生き残った町民の話では、元勇者として名が知れている男の仕業だという。
その男は、西に向かっていったらしい。
元勇者というと、ジルガだろうか…。しかし、いくら性格が歪んでいるとはいえ、ジルガがそんなことをするとは思えないが。
町民の話では、暴れだす前に女性の名前を叫んでいたと言っていた。名前はリリアだと』
ジルガが叫んだというリリアは、同じパーティーメンバーの魔導士だ。
やつはジルガに惚れていた、ということは、痴話喧嘩なのだろうか。
しかし、ただそれだけでジルガが暴れるだろうか…。
その先の内容は、酷く散漫で、同じ人間が書いたとは思えないものだった。
『俺たちは急ぎアステラを目指した。途中、ルーナがキーウッドに立ち寄りたいと言い出したが、俺は王都を優先した。王都につくと、そこは昔と変わらず平和だった。
しばらく滞在しようかとも思ったが、ルーナの進言でキーウッドに向かうこととする』
俺は静かにページをめくる。
『王都を優先したのは失敗だった、キーウッドもサンレイクもすでに廃墟となっていた。
マルーン氏の死亡が確認された、ルーナは塞ぎこんでいる。
俺にはどうすることもできない』
マルーン氏が死んだ…男の言っていることはこれだったか。
俺は胃に痛みを覚えつつ、続きに目を通す。
『ルーナは俺の言葉に聞く耳を持たない、もう無理だ、しばらく放っておこう。
最近、王都が襲撃されたと噂が流れ始めた。
そんなバカな、王都からキーウッドに向かう間にすれ違ったとでもいうのか。
俺はルーナをアルクに任せ王都へ向かった。
しかし、王都アステラは壊滅、王族は皆殺しだった。』
このページはここで終わっている。
しかし、次のページの内容に俺は自分の目を疑った。
『ルーナが死んだ。アステラから戻ってきて、俺を待っていたのはルーナの死だ。
しばらく部屋に閉じこもっていたから、強引に部屋に入ったところ、変わり果てたルーナの姿がそこにはあった。どうやら自分で命を絶ったようだった。
もう、どうすればいいかもわからない』
嘘だろ!?
パニックになる頭を必死に落ち着けるように、冷静になるように自分に言い聞かせる。
この先は読んだほうがいいのか、しかし、このままここで終わるわけにもいかないような気もする。
『何も考えられず酒場に入り浸っているとアルクが俺を外に連れ出そうとする。
正直、うっとうしい。
しばらくするとアルクは姿を見せなくなった。
同時に噂話を耳にする、金髪の青年が無謀にも高ランクのクエストに挑戦し死んだと。
俺は、アルクまで失ったらしい』
俺は、一度冊子を閉じた。
とてもではないが、読み続けることができない。
本当にこれは俺の身に起きたことだとでもいうのか。
今のこの状況からは、信じられるものではない。
しばらく思い悩んでから、きっとこれは昼間の男が俺にイタズラをしたのだと言い聞かせることにした。
なぜ、俺の魔力に反応するのか、なぜ仲間の家族関係まで把握しているのか、謎は残っていたが、冊子の内容を信じたくない一心で、俺はその疑問を心の奥深くにしまうことにしたのだった。




