62話 その頃、ジルガ元勇者パーティー御一行様はというと…⑧
俺さまたちは現在、中央大陸のシャリール大国東部にあるオルレンフィアにいる。
イゴールがザイドリッツから聞いた話だと、どうやら、この町に魔道具は保管されているらしい。
魔道具を集め、戦力を強化し、リアムに復讐する。
それが今の俺さまたちの旅の目的だ。
(殺せ…敵を切れ…血を浴びろ…)
まただ。最近は日に何度もこの声に襲われる。
そのたびに何かを切らなければ落ち着かない。
しかし、ここは町の中だ、町の中に魔物はいない。
この衝動を抑えきれなくなる…そうだ、リリア…リリアを抱いて衝動を抑えよう。
俺さまは後ろを振り返り、俺さまに付き従う者たちの中から、リリアを呼びつけようとした。
が、最後尾を歩いているはずのリリアの姿がない。
どこに行った?なんでいない??
あいつは俺さまが理性を失ってもなお、身体をはって俺さまを正気に戻してくれていた。
いつもそばで支えてくれていた。
理性を失った俺さまは、あいつにひどいことをしたと思う。
それでも、あいつがそばにいる…それだけで安心感があった。
それなのに…、どこに行ってしまったというんだ…。
その間も、俺さまの中の殺戮衝動はどんどん大きくなる。
リリア…リリアまでもが俺さまを見捨てたというのか?
あいつは…あいつだけは俺さまを見捨てないと思っていたのに…。
(恨め…呪え…復讐しろ…殺せ…)
俺さまの思考が、頭の中に流れる声に邪魔される…くそ!
(あの女はお前を捨てた…見捨てたんだ…リアムのようにお前を見下すぞ…見つけ出せ…復讐しろ…それがお前を強くする…憎しみがお前に力を与える…)
リリアがリアムと同じように、俺さまを見下してコケにしようとしている…。
そうか、そうだったか…許さねえ、許さねえぞ、リリア。
リリアを失った喪失感や怒りの感情が、俺さまの中にある殺戮衝動に拍車をかけた。
そして俺さまは理性を失った。
このとき、俺さまは自分が人間であり続けるためのものを手放したのだ。
目の前を闇が支配していく。
もういい、俺さまに逆らうやつは皆殺しだ。
まずはリリアを探し出して、思い知らせてやる。
俺さまを裏切ることの愚かさを、その身に味わわせてやる。
「リリアー、どこに逃げても同じことだ。俺さまを裏切ったことを後悔させてやるからなあ」
俺さまの大音声が町中にこだまする。
気づくと周囲の者は奇怪なものを見るような目で俺さまを見ていた。
なんだ、切るものなら、そこらへんにいっぱいあるじゃねえか。
なにも魔物にこだわる必要はねえんだ、こいつら全員皆殺しにしてやる。
そう考えると、不思議と心が楽になった気がした。
《イゴールside》
「急げ、ダスティン!もうすぐ、冒険者ギルドに着く!ザイドリッツの話では、そこのギルド長ナイルトンが魔道具を保管していると言っていた!急げ、間に合わなくなる!」
俺とダスティンはオルレンフィアの冒険者ギルドへ向かっていた。
目的は魔道具を手に入れること。
急いでいるのには理由がある。
ジルガが暴走したのだ。
あのとき…ジルガは振り返り、リリアがいないことに気づくと、あいつは豹変した。
やつの目は光を失い、不気味な笑みを浮かべていた。
次の瞬間、リリアに対し叫んだと思ったら、町の人間を無差別に襲い始めたのだ。
そして、制止しようとした俺たちにも剣を向けた。
まるで、やつの目には俺たちの姿は映ってないかのようだった。
もう俺たちでは手が付けられない。
そう判断した俺は、一刻も早く魔道具を入手するためにギルドを目指したのだ。
「イゴールさん、ギルドはこの先で間違いないんですか?」
後方からのダスティンの問いに、俺は周囲を確認しつつ答える。
「間違いない、さっきから武器を持った冒険者とすれ違っている。やつらは騒ぎを聞きつけ、ジルガのところへ向かっているんだ。だったら、冒険者たちと反対方向に行けばギルドはあるはずだ」
と、目の前にギルドを確認した。
ギルドの中に入ると、まだ中に残っている数名も、武器を手に戦いの準備をしていた。
「俺たちは冒険者だ、ここのギルド長はナイルトンだな?すぐにここに呼んでくれ!」
受付の女性は目を丸くしている、状況が飲みこめていないようだ。
しかし、時間がない!今、ジルガがここに来れば俺たちですら危険なんだ!
「早くしろ!みんな死ぬぞ!」
「は、はい!」
女性が立ち上がった瞬間、奥から1人の男が出てきた。
魔導士風の男だ。
「私がナイルトンです。私になんのご用件ですか?」
「ここに魔道具があるはずだ、それを渡してもらおう」
俺の言葉に、男は一瞬にして表情が険しくなる。
「どこでそれを?」
「そんなことはいい!早くしないと手遅れになる!」
俺の言葉に男はさらに眉根を寄せた。
「手遅れになるとは、外の騒ぎと関係が?それであれば、今、この場にいた冒険者全員を派遣しました。じきに騒ぎは鎮圧されるでしょう」
こいつは分かっていない。
魔剣を手にしてからのジルガは異常な強さだった。
たった1人で、A級の魔物を何十体と倒せる強さ、それはもはやS級冒険者並みかそれ以上。
いかに腕の立つ冒険者が束になってかかろうとも、ジルガには勝てない。
「ところで、先ほどの質問に戻ります。どこで魔道具の存在を?」
「だから、今はそれどころでは…」
ドカァン
俺の言葉は背後の音にかき消された。
振り向くと、そこには絶望が立っていた。
「イゴ~ル~、ダ~スティ~ン。てめえらも俺から逃げるのかぁ?裏切るってんなら、容赦はしねえぞぉ。皆殺しだ~」
ジルガだ、全身に返り血を浴び、真っ赤に染まり、不気味な笑みを張り付けたジルガがそこにはいた。
やつの手には魔剣と…先ほどすれ違った冒険者の頭部……。
俺は恐怖で足がすくんだ、歯はガチガチを音を立て、目の前は涙で揺れていた。
絶対的な死…もう助からない。
そう思った瞬間、後ろから高温の何かが俺の顔をかすめた。
同時に目の前のジルガが炎に包まれる。
振り返るとナイルトンが杖を構えていた。
「あなたが騒ぎの原因ですか…。見たところ、先ほどまでこの場にいた冒険者は全滅といったところですね。仕方がない、私がお相手しましょう。きみたちは危険だから奥の部屋、私の自室の結界の中にいなさい」
ナイルトンの言葉に受付の女性2人は奥に消えていった。
そして、ナイルトンが俺たちの前に歩み出る。
男が見下ろす前でジルガは地面を転がり、身体を包んでいる炎を消そうとしている。
「ここでは、町に被害が出る。少し場所を移しますよ」
男の言葉にジルガは全身から煙を上げながら、邪悪な笑みを浮かべて立ち上がった。
この男…ナイルトンと名乗った男は死ぬ…俺は直感的にそう感じていた。
その頃、リリアはオルレンフィアを出て西に向かっていた。
目的地は、王都アステラ。
アステラには、以前、少しだけ旅を共にしたハティがいる。
彼女とリリアは、少しだけ他のメンバーよりも仲が良かった。
自分が頼めば、ハティなら助けてくれる、そう確信していたのだ。
リリアは思う…やっと、逃げ出すことができた、もう毎日を怯えなくて済むと。
彼女は鼻歌交じりに足取り軽く、上機嫌にアステラを目指す。
リリアにとって、ここ数か月は地獄だった。
その地獄から抜け出した解放感から、彼女は浮かれていた。
浮かれた彼女の目には、遠くアステラの地で過ごす自分が映っていた。
浮かれていたから、彼女の背後、オルレンフィアの町から立ち上る黒煙に気づかなかった。
気づけなかったから、自分に危機が迫っているなどとは夢にも思っていなかったのだ。
第四章の連載開始です。
今回は、主人公を追放した元勇者ジルガに焦点を当てた話を多めに書いていこうと思います。
お楽しみいただけたら幸いです。
数ある小説の中から、この小説をお読みいただき、ありがとうございます。
また、ブックマークや作品への評価をしていただいた読者の皆様、本当にありがとうございます。
引き続き頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。




