7話 奴隷の美女
「王都の南に位置しているだけあって、やはり暖かいな」
俺はつぶやきながら、久しぶりの一人旅を満喫していた。
ソフィリアの家を離れてから数時間、俺は森を抜け街道を歩いていた。
ここに至るまで魔物に遭遇することがなかったため、俺は少し退屈していた。
なんせ今までは、望んでもいないのに無駄に話をしまくるやつらと一緒だったから。
「そういえば、ソフィリアから力を授けてもらったことになっているが、実際のところどうなんだ?
たしかに魔力量は増えている気がするが、試しようがないから、いまいちピンとこないな」
そんなことをつぶやきながらひたすらに歩いた。
旅というのは、望まないときにはトラブルに巻き込まれるというのに、望んだときに限って何も起きない。
こんなとき、適当な魔物にでも遭遇できるといいんだが。
俺は、先ほどすれ違った商人のことを思い出していた。
荷台に、とても美しい女性が乗っていたな。
手を拘束されていたから、奴隷なのだろう。
あんなにも美しいのにもったいない。
「おーい、助けてくれー!」
俺が歩いてきた方角から叫び声が聞こえた。
いつもであれば、うっとうしい限りだが、今に限っては願ってもないチャンスだと言わんばかりに、急いで声のするほうへ向かった。
「おぉ、あんた、助けてくれ!魔物に囲まれちまった、報酬ならやる、早く助けてくれ!」
先ほどの奴隷商人か、俺は瞬時に周囲へ視線を向け状況を確認した。
敵はゴブリン3体とシルバーウルフが5体か、まぁ手ごろな相手だ。
「爆ぜろ、エクスプロージョン!」
俺はゴブリンにめがけて攻撃魔法を使用してみる。
本来であれば敵の体内に魔力を流し込み、内部から爆散するはずだが…反応なし、やはり生物を対象にした直接攻撃魔法は無理なようだ。
そして今度は、自分の胸に手を当て、身体強化の支援魔法を試みる。
やはり不発、生物への支援魔法が使えないことも変わりないらしい。
「おい、あんた!なにしてる、早く助けろ!報酬はやると言っているだろう!」
商人の声にやや不快感を覚えた。
しかし、命の危機的状況では仕方のないことかと考え直し、実験方法を変えることにした。
「…空間魔法展開、アクアランス!」
ズバン
「グギャアア」
俺が唱えた魔法は、ゴブリンの周囲に無数の水の槍を出現させ、そのうちの何本かが見事ゴブリンを貫いた。
しかし、無数の槍はあらぬ方向を向いているものも多い。
対象を絞らずに単体攻撃用の魔法を使うと、こういうことになるのか。
範囲内に味方がいたら巻き込んでしまう可能性も高いな。
それなら、これはどうだ?
「空間魔法展開、ヒートドーム!アイストラップ!」
ゴブリン2体を炎の球体が包み込む。数もひとつで、想定した範囲全てを包み込んだ。
この火球については範囲を包み込むもののため複数出現することはなかったということか。
その間に俺は、地面に氷魔法を放つ。
ザクッ
「キャウン」
飛びかかろうと向かってきたシルバーウルフは、自分が着地するまで、なにもなかったはずの地面から、突如として突き出してきた無数の氷の剣に串刺しにされる。
やはり、もともと単体攻撃用の魔法を使用すると、範囲内に無数に出現させてしまうらしい。
「空間魔法展開、スピードダウン!」
襲いかかってくるシルバーウルフは、間合いに入ったとたんに、みるみるうちにスピードが低下していき、まるでスローモーションを見ているかのようだ。
あとは、威力の確認だけだな。
俺は、地面に手を当てた。
「空間魔法展開、ライトニングバースト!」
ドガーン
地面から雷が立ち上り、シルバーウルフとヒートドームにより身動きを封じられていたゴブリンを殲滅した。
威力は桁違いだな、本来であればシルバーウルフのみを狙ったんだが、ゴブリンまで巻き込んでしまった。
使用する際は調整しなければ周りを巻き込む危険がある。
しかも、あれほどの魔法を連発して疲労感もない…か。正直驚いたな。
俺は、今回の戦闘結果から、自分の魔法について考えた。…つまりはこうだ。
単体攻撃魔法を使用すると想定範囲を複数かつ無差別に攻撃してしまう。
ただし、もとから範囲攻撃を目的とした魔法を使用する際は、問題なく想定範囲のみに魔法効果が表れる。
簡単に言えば、範囲を限定することが苦手なあまり、どんな魔法も広範囲化してしまうということか。
普通なら魔力切れを起こしそうなものだが、これもソフィリアにもらった力というわけか…。
となると、普段の戦闘では範囲攻撃魔法…すなわち中級以上の魔法を使ったほうがよさそうだな。
俺はやっと自分の新しい力を実感できた。
「あんた…何者なんだい?デタラメな強さじゃないか、さぞ名のある冒険者なんだろう?」
「ん?俺か?俺は勇者パーティーをクビになった落ちこぼれ冒険者だよ」
そう笑いかけると、商人も愛想笑いを返してくる。
しかし、笑顔は引きつり、まるで巨大な敵でも見るかのように怯えていた。
「こ、これは報酬だ、持って行ってくれ!」
そう言うと商人は金貨の入った巾着を渡してきた。
中には銅貨や銀貨、金貨がたくさん入っている、なかなかの大金だ、5万ギールはあるだろう。
たしか、Cランククエストの報酬が銀貨20枚で2万ギール、銅貨にすると200枚、金貨にすると2枚といったところだったな。
5万ギールとなるとBランククエストの報酬と同じかそれ以上だ。
「こんなにいいのか?」
「ああ、助けてもらった礼だ。嬉しいことに奴隷も無傷、こいつさえ無事なら、それくらいの金は安いもんだよ」
「そうなのか、じゃあ、ありがたくもらっておくよ」
俺は商人から巾着を受け取り、背を向けた。
その瞬間、女性の悲痛な声が俺を呼び止めた。
「待って!私を助けて!助けてくれればお礼はします、だから…お願い」
「奴隷が勝手に口を開くな!」
商人は奴隷の女性に向かって、手を振り上げたが、その手が振り下ろされることはなかった。
気づけば俺は商人の腕をわしづかみにしていた。
「なにすんだ、あんた。金ならやっただろ、早くどっか行っちまえ!」
たしかにそうだ。
とっさのこととはいえ、俺はこの娘を助ける理由がない。
しかし、奴隷としてゲスな金持ちどもに買われるのも気に食わない。
俺は少し考え、しかし意外にも簡単に答えは出た。
「たしかにあんたからの依頼を受け、報酬ももらった。だが、今はあの女性の依頼を受けることにした。彼女に危害を加えるというのなら、先ほどのゴブリンたちと同じ目にあってもらうことになるが?」
「チッ、覚えておけよ、このことは忘れねえからな!」
商人は捨て台詞を吐いて走って行った。
走り去る商人、金貨の入った巾着袋、乗り捨てられた馬車、そして囚われの美女、それらを順番に眺めていると、少し商人に申し訳ないことをしたと思う。
せめて、金だけは返してやるべきだったかな。
いや、過ぎたことはもういいか。
「大丈夫か?」
俺は美女に手を差し伸べ、警戒されぬように優しく語りかけた。
「今すぐ商人を追ってください、でないと腕についている拘束具の呪いで殺されてしまう」
女性は腕輪を見せつけ、必死に頼み込んでくる。
どうやら、奴隷はこの拘束具で主人に従わされているようだ。
「大丈夫だ、その拘束具の呪いは発動しない。貸してくれ」
俺は彼女の両腕の拘束具を掴み、魔力を流し込む。
「えっ?無理に外そうとすれば、あなたもケガを…」
その先の言葉は出てこなかった。
俺が簡単に拘束具を外したことに驚きを隠せない様子で目を丸くしながら、拘束具の外された両手首を眺めていた。
「そんな…どうやって?あなたはいったい」
「さっきも言ったが、落ちこぼれ冒険者だ。ただ、道具に魔法を流し込むことができるだけの…ね」
「……そんな、あなたはいったい何者なんですか?」
美女は俺を見ると目を丸くして驚いていた。
そこまで驚かれる覚えもないのだが…。
「どうかしたか?」
「すみません、私は鑑定眼が使えるのであなたを見させてもらいました。無粋な真似して申し訳ありません。ただ、あなたが言っていることが本当か確かめさせてもらいたかっただけなのです」
「ああ、そのことなら構わない。それより鑑定眼が使えるのか。ちょうどいい、俺の魔力量はどれくらいか教えてくれないか?」
鑑定眼は特別な眼を持っているというわけではなく、特別な訓練を経て習得される観察眼のようなものだ。
普段は目で見ることも数値化することもできないことでも、人や物から放たれているオーラや魔力といったようなものを、色として認識することで、ランク付けすることができるらしい。
その色は濃ければ濃いほど上位にランクされるというわけだ。
主に相手の能力やダンジョン内で見つけた魔物、宝物などに使用される。
その有用性から、商人や役人が取得していることが多く、それまでの経験や知識が能力の精度に大きく影響を与える。知識や経験が豊富なものほど、細分化されたランク付けが可能とされている。
「わかりません、通常魔力総量の色が定まりません。ただ、魔力の自動回復量がSランクです。上位ランクの魔導士でもそこまで自動回復はできないですよ!通常の上級魔法を使うくらいなら、使った瞬間から上限値いっぱいまで回復しているレベルです。これはおそらく、なにかの道具の効力のように思えますが。それにしても、こんなの見たことも聞いたこともない、本当にすごい」
魔力というのは、魔法を使用すれば減る。
魔力量の限界は決まっているから、際限なく使用すれば枯渇し、最悪死に至ることもある。しかし、使用した魔力は、時間経過で少しずつ回復し、元の総量に戻る。
その戻るまでの時間は個人差があり、自動回復量が多い者ほど回復も早いと、たしかリリアに教わっていた気がするな。
「どうりでさっきも魔力の減少を感じなかったわけだ」
なるほど、つまり魔法を使用したそばから回復してしまうから、魔力の消費がなく疲労感もないということか。
加えて、ソフィリアのおかげで魔力量も増えていると。
しかし、魔力量がわからないとはどういうことだ?
それに奴隷として捕まっていた女性が、なぜ鑑定眼を?
勤勉性な見た目から、豊富な知識があってもおかしくない。
しかし、どう見ても若いこの女性が、そこまでの人生経験があるとも思えんが。
「もしかしたら、私の鑑定眼が未熟だから、通常魔力総量を見通せないのかもしれません。それほどの魔力量は見たことがないのですが…」
「なるほどな、ありがとう。じゃあ俺は行く、これでしばらく暮らせるはずだ」
俺は、商人から受け取った金を全て渡した。
「待って!待ってください、私も一緒に連れて行って!」
立ち去ろうとする俺の腕をつかんで、彼女は必死に頼んできた。
「私は奴隷としてここまで連れてこられました、もう帰る場所もありません。この身なりでは、町に入った途端、奴隷と見下され普通の生活もままなりません。荷物持ちでも身の回りの世話でも、奴隷としてどんなことでもします!それに、こんな魔物がいつ出てくるかもわからないところに女性をひとりで置いていくつもりですか?」
「うっ」
彼女はうるんだ瞳で上目遣いをしながら俺の腕にしがみつく。
正直、男を惑わすには十分すぎるほどの破壊力を秘めている。
加えて腕に胸が押し付けられ、俺の脳にその弾力と大きさが鮮明に伝えられた。
この状態で、断れるほどの男はこの世に何人存在するんだろうか。
俺には無理だ。
「わかった、わかったから離れてくれ。だが、いいのか?俺は魔王を倒すために旅をしている。ここから先、どんな危険なことがあるかわからないんだぞ?」
「それなら、大丈夫です。このまま1人で奴隷として生きていくより、あなたと一緒に旅をするほうが幸せです。だって、あなたはきっと運命の人…」
最後のほうは声が小さく聞き取れない。
「ん?俺がどうかしたか?」
「いいえ、何でもありません。これからよろしくお願いしますね」
彼女はそういうと服の裾を両手で持ちお辞儀をした。
奴隷として扱われていたせいか、見た目は薄汚れてボロボロだったが、素敵な笑顔が印象的だった。