61話 謎の男と謎の冊子
目が覚める、隣には凛々しくも優しい寝顔をしているリアム様がいる。
昨夜のことを思い出すと、自然と顔がニヤけてしまう。
愛する人とひとつになることができたんだから、しょうがないよね。
現在、私の身体を支配しているのは、満足感、充実感、脱力感…。
ふと、昨夜のことが夢だったのではないかと思って、毛布をめくってみる…夢ではない。
そこには、引き締まったリアム様の肉体が、あらわになった状態で横たわっている。
そして、私の頭の下には彼の腕、夢ではないのだ。
今まで、私は不安で不安でたまらなかった。
旅をしている最中も、リアム様に捨てられたらと考えていた。
アイラちゃんのように戦えないし、ソフィリアさんのように尊敬もされていない。
そのことにリアム様が気づいたら、私は置いていかれる、そんな不安がいつも付きまとっていた。
そして、転移トラップだ。
あれでみんながバラバラになった、運よくリアム様と再会できたけど、リアム様から出てきたのはアイラちゃんの名前だけだった。
もう私のことは忘れている、私は必要とされていない存在なんだと思うようになった。
だから、私は正体を明かさずにルルーシュとして振舞った。
ルルーシュは、この国では新たな技術を生み出した天才とされている。
そんな優秀な人間なら、リアム様もそばに置いてくれるのではないかと思った。
でも、リアム様は覚えてくれていた。
戦闘が苦手な私を優先的に探すように指示してくれていた。
嬉しかった、胸にこみ上げてくるものを感じて、治療に集中できなくなりそうだった。
そして、目覚めた私にリアム様は愛をささやいてくれた。
昨夜は、互いに互いを求めあった…お互いの存在を確かめるように、何度も、何度も。
今も、私のお腹の奥には昨夜の切なく、甘美な感覚が残っている。
それを思えば、もう不安はない。
私はリアム様を…ううん、リアムを信じて待っていることができる、強くそう思えるようになった。
そんなことを考えながら、私はリアムのほうへ向き直り、彼の胸を触ってみる。
鍛えられた、たくましい胸筋だ、でも不思議と抱きしめられると柔らかく安心感をくれる。
この身体と昨日は肌を重ねたのだ。
また身体が熱くなってくる、太ももの奥のほうにムズムズとした感覚が襲ってくる。
正面を見る…リアムと目が合った。いつしか、彼は目を覚ましていたのだ。
どうしよう、寝てる間に身体をまさぐるなんて、はしたないと思われてしまうだろうか。
それとも怒られる、いや、幻滅されて嫌われるだろうか。
彼の目は、まっすぐに私を捉えている。その目は少しだけ血走り、やや鼻息も荒く感じる。
怒っている、嫌われてしまう。
そう思ったとき、彼の手がゆっくりと私の頭に伸びてくる。
私は反射的に目を閉じた。
次の瞬間、彼の手は私の頭を優しく抱き寄せ、互いの唇が触れ合う。
そのまま彼は、私に覆いかぶさるように体勢を入れ替える。
男女の戦いの第二回戦の始まりである。
《リアムside》
俺は現在、アルクとルーナを連れ、オーペルの町を散策している。
目的は情報収集と旅の準備だ。
俺とルーナが、気だるさを覚える身体を引きずるようにアルクを迎えに行った時には、アルクは頬を膨れさせながら待っていた。見るからに不機嫌といった様子で。
まあ、迎えが遅くなったことは悪いと思うのだが…機嫌、直してもらえるといいな。
しかし、ルーナの話では約2年間、彼女はここで生活しているが、転移者の情報は聞いたことがないという。
となれば、ここで情報を集めても、たいした成果はないだろう。
旅の準備を整え、すぐにでも出発したいところだが、さて、どこに行けばよいのやら。
ふと、背後に気配を感じる。
俺の視線の先には、楽しそうに買い物をしているルーナと、荷物持ちを買って出たものの、その買い物の量に苦笑しているアルクの姿。
彼女らは、この気配には気づいていない。
…そういうことか、こいつの目的は俺というわけだ。
「ルーナ、先に行っててくれ。少し、用事を済ませてくる」
俺の言葉にルーナは振り返り、小首をかしげながら答える。
「う、うん、分かった。先に行くね、用事終わったら、すぐに来て、待ってるから」
「ああ、買い物が終わったら、どこかで食事でもしながら待っていてくれ」
ルーナはうなずき、笑顔で手を振っている。遠目に見ても可愛いな。
あの日を境にルーナは俺に敬語を使うことをやめた、きっと信頼の証だろう。
その信頼を裏切るわけにはいかない。
すぐにルーナのもとに帰らなければ。
「先を急いでるんだ、用があるなら手短に頼みたい」
俺は、ルーナを見送ったままの姿勢で言った。
その言葉に背後の気配を放つ者は、静かに答えた。
「おや、私の気配にお気づきでしたか。いつから?…まあ、いいでしょう。私はあなたに助言をしに来ました。旅の行き先にお困りでしょう?」
言葉は丁寧ではあるものの、その声はやけに鼻につく印象を受けた。
こういう類の人間は、信用できない。俺は直感的にそう思った。
誰かの指金か、俺を抹殺するための刺客と考えるべきか。
無言のままの俺に、男は続けた。
「信じられませんか、無理もない。では、ひとつだけお話しておきます。すぐに中央大陸に戻りなさい。さもなくば、あなたの大切な人の家族を失うことになりますよ。そうですね、遅くても3日後までに出発すれば、なんとか間に合うでしょう」
「………」
「一応これも渡しておきます、未来のあなたが書いた日誌のようなものです。紙に特殊な細工がしてあり、あなたの魔力にのみ反応し、文字が浮かび上がる仕組みになっています」
「未来の俺だと!?お前はいったい何者だ?」
「私は錬金術・召喚術を得意とするものです。この日誌は私の召喚術で呼び出しました。私が信用できなければ、それに目を通し、今後起こる事象と照らし合わせればいい。では、私はこれで…」
「待て!」
振り返るとそこには誰もいなかった。
ただ、男が立っていたであろう場所に、一冊の冊子が落ちているだけだ。
俺はそれを手に取り、中を見てみる。
そこには何も書かれていない紙が連なっているだけだった。
やつは何者で、なにが目的なんだ。
やつは信用できるのか、いや、しかし…考えても答えは出そうにないな。
ひとまず、ルーナたちと合流しよう。考えるのはそれからだ。




