60話 2人の関係
私が目覚めてから、少ししてイリーニャさんが目を覚ました。
彼女は、再生治療に使用した魔法陣に自分の全魔力を流し込んだのだ。
寿命を犠牲にする場合は、魔力量が多いほうが犠牲が少ない。
だから、彼女は私が魔法陣に流し込む魔力をなくすことで、魔力が満タンな状態で治療に臨めるようにしてくれたのだ。
再生治療には相当な魔力を使用する。それこそ、上級範囲魔法を複数連続使用しているようなもの。
だから、普段は一回の治療に2人がかりで魔力を流し込むのだ。
それを彼女が1人でやったのだ、スゴイとしか言いようがない。
イリーニャさんには、感謝の気持ちでいっぱいだ。
私が目覚めてから、今日で5日目。
その間の私の生活は幸せなものとなっていた。
朝、イリーニャさんが診療の前に様子を見に来る。
そして一緒に朝食をとる。
彼女も魔力が枯渇して大変だというのに、治療院を休むことはしなかった。
本当に尊敬する。
その後、お湯を使って身体を清める。
体を拭くときもあれば、水浴びをすることもある。
ときには、イリーニャさんが手伝ってくれることもある。
そして、昼食後にリアム様が様子を見に来てくれるのだ。
一日のうちで一番幸せな時間。
はじめは、治療内容についての話をした。
リアム様は、私が自分を犠牲にしたのが申し訳ないと。なぜ相談してくれなかったのかと、険しい表情で話をしていたけど、私の説明になんとか納得してくれたみたい。
私としては、旅の間中、リアム様は身体を張って私たちを守ってくれているのだから、それでおあいこだと思うのだけど。
その後は、転移後の話や研究中の話、色々話すことがあって時間がいくらあっても足りない。
なにせ、2年間も離れ離れになっていたのだ、5日間程度では話しつくせないのも当然だ。
ただでさえ、大好きな相手との会話だし、何気ない会話でも時間はすぐに過ぎ去ってしまう。
そして今日、私は治療院を離れ、リアム様のもとへと戻る。
イリーニャさんには事前に話はしてあるし、納得もしてもらっている。
それとアルクさんにもリアムさんから話が通っているらしい、アルクさんは今日は近くの宿をとっているとのこと。
ということは、そういうことだよね。
リアム様と二人っきりで、一夜を共にする。
いいんだよね、リアム様も好きだって言ってくれたもんね。
急に緊張してきた、どうしよう、どうしよう、ああ、お父様、私は今日、大人の女になります。
両手を胸の前で組み、天を仰いだ。
ふと、心配になり、もう一度身体を清めた。いつもより念入りに、体の隅々まで。
そしていつもよりも、少し派手な下着を身に着ける。
リアム様が持ってきてくれた荷物の中にある、一番派手なやつ…いわゆる勝負下着を。
そして、イリーニャさんに感謝の気持ちを伝え、別れの挨拶を済ませる。
向かう先は、リアム様のいる宿屋の一室。
宿屋の前でもう一度、自分の格好を確認する。
身に着けているのは、リアム様に初めてプレゼントしてもらったドレス風のワンピース。
髪型よし、服装もよし、体臭もない…よし。
トントン
「ルーナです、リアム様いらっしゃいますか?」
「あ、ああ、入ってくれ」
扉の向こうのリアム様の声は少し緊張しているようだった。
ゆっくりと扉を開けた。
リアム様は椅子からガタンという音とともに立ち上がる。
いつも冷静なリアム様がガチガチに緊張している。
それを見た瞬間、私の緊張はどこかへ飛んでいった。
ゆっくり部屋に入り、後ろ手に扉の鍵をかける。
そのままリアム様のところまで歩いていく。
リアム様は落ち着きなくウロウロしながら、視線をキョロキョロと泳がせている。
なんか、ちょっと、可愛いな。こんなリアム様を見れるなんて新鮮で…キュンとする感じ。
お父様…私は、ルーナは…今日、愛する人と結ばれます。
《リアムside》
ルーナが俺の部屋に入ってきている。
目の前には、いつもと変わらないルーナがいる。
いや、髪の長さが違うから、前と少し印象は違うが、可愛らしい表情や仕草は昔のままだ。
以前はなんとも思わなかったのに、今は違う。
彼女の仕草や表情のひとつひとつに、俺の心は反応し、俺の心臓は早鐘を打つのだ。
そんなルーナと、今、部屋の中で二人っきり。
話には聞いたことがある。
好きな相手と思いを伝えあい、互いの気持ちを確認した後にすることを。
そう、聞いたことだけはある…ということは、したことはないのだ。
俺の歳で経験がないのは、遅れているとは思うが、こういう世界だ。
冒険者として危険と隣り合わせである状況下で、本当にそのような行為をしていいのかとは思う。
もしそれがきっかけで、子供ができて、でも冒険の途中で俺や相手にもしものことがあったらと思うと、そういうことをする気にはなれなかったのだ。
しかし、今は違う。
オーペルに来てから、ずっと彼女を見てきた、ずっと彼女に惹かれていた。
そして彼女も俺を求めている。
もう我慢の限界だ、互いに想いあっている者同士、なにを我慢することがある。
でも、どうすればいい。
俺には経験がない、どういう風に誘導すればいい。
いきなり始めたら、嫌われるだろうか。
ああ、アルクに相談しておけばよかった、きっとあいつなら、そういうことにも詳しいに違いない…くそ、失敗した。
悩んでいると、ルーナが目の前に来ていた。
俺の両手をとり、もう一歩、俺との距離を詰める。
彼女の顔を見ると、潤んだ目で俺を見ている。
そして、ゆっくりと目を閉じ、ややあごを上げた。
これは…いいのか、いいんだよな。
ルーナは待っているんだよな、いくぞ、いいな、本当にいくぞ。
俺はゆっくりとルーナの唇に、自分の唇を重ねた。
1秒…2秒……ゆっくりと顔を離す。
やった、ついにやった…事故や不可抗力でもなく、自分の意志で俺はルーナにキスをしたんだ。
そう思って、ルーナの顔を見る。
甘い吐息が漏れ、潤んだ瞳で俺を見つめている。
俺は、たまらずルーナを抱き寄せ、もう一度、唇を重ねた。
そのまま、何度もルーナの唇の感触を確かめる。柔らかくて、温かくて、甘い香りのするルーナの唇を。
もう、ルーナは俺に全てをゆだねているようだった。
俺はルーナの肩を抱いたまま、ベッドへと移動する。
そして、ゆっくりとルーナをベッドに寝かせる。
ふと、また先ほどの考えが頭をよぎる。
ここで、このまましてしまっていいのか。
これからソフィリアを探しに行くのに、本当にいいのだろうか。
俺の迷いは身体を硬直させ、その先の行動を起こすことができなかった。
そんな俺を見かねてか、ルーナはベッドに横になりながら、優しく微笑んだ。
そして、両手を広げ、優しい声音で言う。
「なにも気にしなくていいんだよ、来て、リアム…」
その言葉に、俺の理性は崩壊した。
ルーナに覆いかぶさるようにベッドに倒れ込む。
そのまま、ルーナの身体の感触を確かめる。
柔らかくも張りのある胸と尻、細い腰、全体的に細身なのに、それでいて脂肪も備えている身体を隅々まで堪能する。
ふと、ルーナを見ると、彼女は目をギュッとつぶり、口はキュッと結ばれ、両手はベッドのシーツを強く握りしめている。
その時、俺は気づいた…ルーナも初めてなのだ。
初めてなのに、俺はなんの気遣いもせず蹂躙しようとしたのだ。
きっとルーナは恐怖を感じていたのかもしれない。
それでも俺のために何も言わず、必死に耐えようとしてくれていたのだ。
俺はバカか、俺だけが良くてもダメなんだ。
俺は、もう一度だけ、ゆっくりと優しく、ルーナにキスをする。
次第にルーナの緊張が解けていくのがわかる。
「ルーナ、すまなかった。その、ルーナも初めてだったんだな。実は俺もそうなんだ、だから…その、なんて言うか…」
ルーナは、しどろもどろになる俺の首の裏に手を回し、ゆっくりとキスをする。
そして、優しく微笑みながらに言った。
「ふふふ、ありがとう。その気持ちだけで十分だよ、だからリアムのしたいように…して」
その日、俺は初めて女というものを知った。
ルーナもまた、初めて男を知ったのだろう。
俺たちは、2人で大人への階段を上ったのだ。




