59話 感動の再会!?
《アルクside》
リアムさんは、僕の言葉を聞くなり部屋を飛び出した。
僕は一瞬、呆気にとられたが、すぐにリアムさんを追うように部屋を出た。
あの人は、2人がどこにいるかも分からないで飛び出しているのだ。
恩人の意識が戻らないと聞けば、気がはやるのも無理はないけど、せめて居場所くらい聞いてからにすればいいのにと思う。
しかし、リアムさんは何も言わず、何も聞かず、イリーニャさんが休んでいる部屋を見つけ出したのだ。
冒険者として培われたものか、あるいは勘なのか、ともかくさすがとしか言いようがない。
扉をノックし、部屋に入る。
もちろん返事はないので、慎重にだ。
奥のベッドではイリーニャさんが休んでいる。
穏やかな寝顔だ、体調に問題もないように見える。
僕らは部屋を出て、そこでリアムさんに治療後のことを簡単に説明した。
今日はあの日から2日後であること。
治療後、2人は意識を失ったこと。
他の治癒術師の見立てでは、イリーニャさんは魔力の枯渇によるもので数日で回復するということ。
ルルーシュ…ルーナさんのことは言うべきなのだろうか。
ルーナさんは、感動的な再会を望んでいたし、もしかしたら僕がここで話すことでリアムさんに正体がバレるかもしれない。
それはきっと、彼女の望む再会とはほど遠いものだろう。
いや、でも、目が覚めたときに目の前に好きな相手がいて、心配してくれているっていうのも悪くないかもしれない。
それに、リアムさんに適当なことを言って、キスをしないと目覚めない病気とでも言うか。
好きな人からのキスで目覚める、それは素敵なものではないだろうか。
いやでも、リアムさんがそんなことするとも思えないな…女性に対しては意外と奥手だし。
僕が口をつぐんでいると、リアムさんは見かねたように聞いてくる。
「イリーニャさんのことはわかった、それでルルーシュの様子はどうなんだ?どこにいる?」
どうしよう、まだ考えがまとまっていないんだ、なんて言えばいい。
僕が悩んでいると、リアムさんは言葉を続けた。
「安心しろ、アルク。俺はルルーシュに礼を言いたいだけなんだ。お前たちの関係を壊すようなことはしないさ」
ん?リアムさんは何を言っているんだ?僕らの関係??
僕はその瞬間、リアムさんが勘違いしていることに気づいた。
街中で一緒にいるところを見られたか?それとも、こっそり2人で研究していたことがバレているとでも?
どっちでもいいか…それにルーナさんのリアムさんに対する感情は、僕の入り込む余地なんてないんだ。
そう考えると、急にバカバカしくなってきた。
僕とルーナさんが、いろいろ思い悩んだところで、この人は鈍感だから考えるだけ無駄なことなんじゃないか。
だったら、いっそのこと僕が全て話して、きっかけを作ってやればいいんじゃないか。
僕らは、イリーニャさんのいる部屋をあとにし、自室に戻った。
そこでルルーシュさんについて、自分が知っていることをすべて打ち明けた。
その時のリアムさんの顔は、死ぬまで忘れないだろう。
なにせ、普段キリッとしている顔からは想像できないほど、目を丸くしていたのだから。
《リアムside》
ルルーシュはルーナだった。
アルクからそう聞いた時には、一瞬何を言っているかわからなかった。
ルルーシュがルーナだったとしたら、なぜそれを話してはくれなかったのかと思った。
しかし、そうか、ルーナは俺が彼女のことを忘れていると思っていたのか。
思い返せば、ルルーシュの前でアイラの話はしても、ルーナの話はしていなかった。
勘違いされても仕方のないことかもしれない。
それともうひとつ、俺には研究は成功したと言っていた。
でも、アルクの話では、当初の魔法陣は完成しておらず、途中で研究方針を変えたらしい。
そして、ルーナが倒れたのは、この治療によるものだということだった。
詳しくは分からないが、アルクの話ではルーナは自分を犠牲にして、俺の腕を治してくれたという。
なぜそんなことを?
それに研究方針を変えたというのはいったいなんのことだ?
最後の成功した実験はなんだったんだ?
分からないことだらけだ。
そうこうしているうちにルルーシュ…ルーナの休んでいる部屋に到着した。
俺は、扉をノックする。
返事はない、俺は静かに部屋に入った。
ルルーシュは…いた。
ベッドに横になっている。
俺はゆっくりとルルーシュに近づいていく。
アルクから聞かされてはいるが、実際にこの目で確認するまでは信じられない。
そして、ベッドの前までたどり着く。
髪は短く切りそろえられているがキレイな金髪で、可愛らしさの残る整った顔立ち…間違いない、ルーナだ。
ルルーシュは、ルーナだった。
なぜ俺は、ルーナに気づくことができなかったんだ…。
そうだ、ルーナは最初会った時からフードをかぶり、口元を布で覆っていた。
いや、それも言い訳か。
ルーナの体型や声、目の色は変わらないのだ。
そんなことを考えていると、今までのルーナとの研究の日々を思い出す。
彼女の声に癒され、笑顔に支えられ、手の温もりに安心感を得て、彼女の視線に胸が高鳴って、自然と彼女を目で追って………。
もういい、さすがに俺でもわかる。
俺はルーナに惚れている、ルーナのことが好きなのだ。
そう思い、もう一度ルーナを見てみる。
変わらずスヤスヤと寝ている。
ルーナの髪をなでる、サラサラの髪だ。そのまま頬に手を添える、なんだか急に愛おしく感じてくる。
ふと、自分の左手に違和感を感じて、もう一度見てみる。
特に変化はないが、やはり何かが違う、なんだろう、魔力の流れ…感覚の問題だろうか。
もしかして、今なら使えるんじゃないのか?
今まで、幾度となく失敗し、ついに諦めていた、あの魔法を。
そう考え、俺はおぼろげにしか覚えていない詠唱をゆっくりと唱えてみた。
「清廉なる神々に集いし精霊たちよ……傷つき倒れた、かの者に力を分け与えん……病に伏した、かの者に癒しを…与えん………ケアリング…」
その瞬間、俺の左手が淡い光を放ち、魔力が放出されていく。
これは……回復魔法だ、今まで使うことのできなかった回復魔法。
なぜ急に使えるようになった?左腕の再生と何か関係が?
戸惑いながら考える俺に、突如、ものすごい疲労感が襲ってきた。
忘れていた、俺も再生治療で魔力を消費していたのだ。
まぶたが重い、足ももう動かせない、この部屋から出ることは難しそうだ。
俺はルーナの寝ているベッドにもたれながら、ゆっくりと自分の意識を手放したのだった。
《ルーナside》
なにか温かいものを感じる。
私の髪をなでて、私の頬に添えられる温かな感触。
次第にその感触は、私の身体全体に流れ込んでくる。
この感覚は経験がある、回復魔法だ。
イリーニャさんか誰かが私に回復魔法をかけているのか、それともただの夢。
私はゆっくりと目を開けた。
目の前には誰もいない。
やっぱり夢だったのか、そう考え周囲を見渡す。
夢ではなかった、私の寝ているベッドに突っ伏して寝ている、リアム様がいた。
よく見ると左腕は再生されている。
それに今の回復魔法の感覚…それがリアム様の手によるものなら、私の仮説と研究を合わせた再生術は、見事に成功したことになる。
アルクさんとこっそり進めていた研究、自分の能力の譲渡。
実験段階ではアルクさん相手には、数分しか譲渡できなかった私の能力…回復魔法を使える力の譲渡。時間が短かったのは、私の魔力では譲渡できる力の量が少なかったのだろう。
だから、再生術の際にリアム様の魔力を私に取り込み、その魔力を使って力を譲渡したのだ。
今が治療からどれだけ経っているかは分からないけど、リアム様が回復魔法を使ったのなら、私の力の譲渡は成功している。
もしかしたら、リアム様の魔力を使って力を分け与えたことで、リアム様の中で私の魔力と混ざり合い、永久的に回復魔法が使えるようになったのかも。
良かった、良かった。
私は自分の身体を鑑定眼で見てみた、体力の消耗は激しいものの、少しずつ回復しているようだ。
具体的な年数は分からないが、それほど寿命を犠牲にしているようにも思えない。
でも、そんなことはどうでもいい、私のことはどうでもいいんだ。
リアム様を支える、口だけじゃなくて、ちゃんと行動することができた。
私はリアム様の役に立つことができた、十分だ。
リアム様がソフィリアさんのことを愛していても、アイラちゃんのことを好きでも、私は彼のそばで彼を支え続けるんだ。
リアム様を見る。
自分の魔力が枯渇している状態にもかかわらず、私に回復魔法を使うなんて。
そういう無茶をするところは変わっていないんだ。
彼の髪をなでる、長い間、なにかと戦っている彼の髪は少しカサついている。
そのまま頬に手を添える、彼が私にしてくれたであろうように優しく。
こんな形になってしまったけど、再会できたこと本当に嬉しく思う。
「リアム様、好きです。ずっと、ずっと前から大好きでした」
思わず口から出た言葉に私は自分で恥ずかしくなった。
顔が熱い、きっと顔は真っ赤になっているに違いない。
でもいいか、今なら誰も聞いていないし、こんな形だけど、リアム様に自分の想いを伝えることができた。
自然と私の頬を涙がつたう。
そのまま、静かに流れ落ち、ベッドのシーツに小さなシミを作った。
あれ、おかしいな。私、なんで泣いてるんだろ…あれ、あれ。
一度こぼれてしまえば、そのあとの涙は止まらない。
私は両手で顔をおおった、おえつを上げそうになるのをこらえるように静かに泣いた。
ふと、ベッドが揺れた気がした。
次の瞬間、私は優しく抱き寄せられていた。
たくましくも、優しく、温かい感触、嗅ぎ慣れた匂い…間違えようがない、私が愛してやまない存在、リアム様だ。
「ルーナ、気づいてやれなくてすまなかった。腕の治療、ありがとう。あれからずっと頑張ってくれていたんだな」
リアム様はそう言いながら私の髪をなでている。
私は顔を上げることができない。
本当は今すぐに顔を上げてリアム様の顔を見たい、再会を喜び合いたい。
でも、今、私の顔はきっとベチャベチャでグシャグシャだ、そんな顔は見せられないよ。
リアム様の胸に顔を埋めているせいか、リアム様の心臓の音もよく聞こえる。
鼓動が早く強い気がする。
リアム様も緊張してるのかな、それとも再会を喜んでくれているのかな。
だとしたら嬉しいな。
次の瞬間、私の予想もしていなかった言葉が、私の頭上から降ってくる。
「ルーナ、俺も、その…ルーナのことが好き…です」




