58話 研究の終わりとルーナの覚悟
研究開始から1年が経過した。
研究の成果は…出ていない。
どうしよう、なんとかしなきゃいけないのに、どうすればいいかもわからない。
再生後の観察期間も考えると次がラストチャンス。
これに失敗すれば、リアム様は自分の寿命を犠牲にする。
自分の能力が足りないばかりに、大好きな人の将来を犠牲にしてしまう。
そうなれば、私は自分で自分が許せないだろう。
私は1つの覚悟を決めた。
そして、次の実験は少し趣向を変えることにする。
今までの治療で偶然発見されたこと。
再生治療を施す際、例え寿命を犠牲にするとしても、健康で若い、魔力量が多い人は消耗する体力が少なく済んでいるということ。
鑑定眼を使って見ても、著しい体力の低下を認めることはなかったのだ。
体力の消耗が少ないのは、言い換えれば、犠牲になる寿命が少ないということ。
このことから私は仮説を立てた。
魔力量が多いリアム様の犠牲にする寿命は、常人に比べ半分以下にできるかもしれないと。
それともう1つ、リアム様に内緒でこっそり取り組んでいたアルクさんとの研究。
これはほとんど完成している。
あとは、この仮説と研究を合わせられれば、最悪リアム様の寿命を犠牲にすることなく、そのほかの犠牲も最低限に抑えることができる。
そして最後の実験は終了した。
私の仮説とアルクさんとの研究結果を組み合わせた魔法陣が完成し、実験に成功したのだ。
「やった、やりました!成功です、成功ですよ!」
飛び跳ねて喜ぶ私にリアム様は優しく微笑みかけてくれている。
でも、少し苦しそうだ。
次の瞬間、リアム様は膝から崩れ落ちた。
リアム様が私の膝の上で眠っている。
いつもは周囲に気を配り、どこか張り詰めた顔をしていることが多いリアム様の寝顔。
普段はあんなにカッコイイのに、寝顔は可愛いなあ。
そんなことを思いながら、頭を撫でてやる。
ふと、リアム様が目を開けた。
「すまない、魔力の消費が激しかったみたいだ」
すぐに身体を起こそうとするリアム様を私は制止した。
もう少し、もう少しだけ、こうしていたい。
最近のリアム様は少し元気がない。
きっと、研究の成果が上がらないことを気にしているんだと思う。
焦りや不安みたいなものがリアム様にもあるんだ。
でも、安心して。私の命に代えてもリアム様の将来を犠牲にはしないから。
「もう大丈夫だ、ありがとう」
リアム様が身体を起こす。
私からリアム様の感触が離れていく…少し寂しい。
「実験は成功したんだよな?これで、俺の腕も寿命を減らすことなく治せるということか」
リアム様は複雑な表情で言った。
なんだろう、実験が成功したなら、もっと喜んでくれていてもいいはずなのに。
「そうですね、リアムさんの寿命を減らさずに治すことができそうです。ただ、今日の実験で分かったのは、寿命の代わりに大量の魔力を消費します。治療の際は、数日は安静にしてもらわなければなりませんが、よろしいですか?」
彼は静かにうなずいた。
《イリーニャside》
「あたしは反対だよ」
ルーナの話を聞いて、あたしは即答した。
彼女も反対されることは予想していたのだろう、表情ひとつ変えずにあたしに視線を送っている。
あの青年の再生治療に自分の寿命を犠牲にするなんて、しかも、相手にそれを打ち明けることなくやるだなんて、なにを考えてるんだいこの子は。
「いいかい、ルーナ。あんたが、あのリアムって青年を大切に思う気持ちは伝わってくる。でもね、本人に相談もせず、あんたが犠牲になるなんてのは、おかしな話じゃないか」
「……」
「あたしはね、ここ2年近くあんたと一緒にいた。あたしからすりゃ、あの青年よりあんたのほうが大事なんだよ。もう一度よく考えな」
あたしの言葉を黙って聞いていたルーナが、ゆっくりと息を吐き、静かに口を開いた。
「ありがとう、イリーニャさん。でも、私、決めたんです…彼をどんな時でも支えるって。お願いです、イリーニャさん、協力してください」
彼女はそう言うと頭を下げた。
「でもね、ルーナ。支えるって言っても別の方法もあるだろう?」
「……」
あたしの言葉を聞いてもルーナは頭を上げない。
忘れてたけど、この子は意外と頑固だ。一度言い出したら、聞かないところがある。
もし、このままあたしが断り続ければ、この子はあたしの協力なしに治療に入るだろう。
その結果、どちらか、あるいは2人ともに危険があったとしても。
それだけは責任者であり、ルーナの師として許すわけにはいかない。
「……」
ルーナは頭を下げたまま、何も言わない。
そのまま、ただ時間だけが過ぎていった。
「…あんたが、こっそりやってた研究のほうは成功してるんだね?」
「……はい……」
「その研究とあんたの仮説を合わせれば、あんたの寿命の犠牲は限りなく抑えることができるんだね?」
「…はい、多くても5年分の犠牲には抑えられるかと…」
「……そうかい、わかったよ…協力しようじゃないか」
その言葉にルーナはバッと顔を上げた。
そして何度もお礼を言った、何度もだ。
まったく、自分のことを忘れているかもしれない男のためにそこまでやれるもんなのかね。
まあ、それが若さってものなのかもしれないけどね。
そして、治療当日。
「アルク、俺に万が一のことがあったら、エルジェイドとともに俺の仲間を探し出してほしい。アイラはもう知っていると思うが、あと2人。ハイエルフのソフィリアと、人間のルーナだ。特にルーナは戦闘慣れしていない、優先的に探し出してほしい。頼んだぞ」
その言葉を聞いたルーナは、嬉しそうにしていた。
そう、彼はルーナのことを忘れてなどいなかったのだ。
仕方ない、あたしも本気を出してやるとしようかね。
《リアムside》
目を開けると、白い天井が広がっていた。
首を巡らし、周囲を確認するが誰もいない。
俺はゆっくり体を起こす。
ふと、左腕に違和感を感じたので視線を送る。
そこにはあった、数年前に無くしたはずの左腕が、たしかにあったのだ。
不思議な感覚だ、左腕がないままの数年を過ごしたせいか、なんとなく違和感を感じた。
左手を眺め、指を曲げたり開いたり、握ってみたり、触ってみたり…。
俺の左手は、確かな感触を返してくる。
治ったのだ、失って久しい左腕が…。
胸に熱いものがこみあげてくる。
そうだ、ルルーシュとイリーニャさんにお礼を。
そう考え、ベッドから出ると、同時に部屋の扉が開いた。
そこには、金髪の青年が立っていた、アルクだ。
「よかった、リアムさん、目が覚めたんですね」
アルクはいつも以上にニコニコして言った。
俺はどれくらい眠っていた?
まあいい、今はルルーシュとイリーニャさんに顔を見せに行かないと。
「アルク、ルルーシュとイリーニャさんにお礼が言いたいんだ。2人は診療中か?」
俺の言葉にアルクは眉根を寄せた。
なんだ、何かあったとでもいうのか。
「それが……あの日から2人とも目が覚めてないんです」
俺はアルクの言葉を聞いた瞬間、自室を飛び出した。




