56話 ルルーシュ
応接室に行くと、そこにはリアム様がいた。
いつ見てもカッコイイ、ついつい見とれてしまう。
私はこんな人と結ばれたいと思っていたのか、そう考えると顔が熱くなるのを感じる。
私はイリーニャさんと一緒にリアム様と向かい合って座る。
やっぱり私のことは覚えてないのかな。
目は合ってると思うんだけど、やっぱり前の感じとは違う。
分かってたことだけど、ちょっとショック。
ぼーっとリアム様を眺めているとイリーニャさんが自己紹介を始めた。
イリーニャさんは自分の紹介を終えると私の紹介を始めようとした。
あっ、マズイ!まだ私は自分がルーナだって名乗ってない。
正体を明かすなら、自分の口から、もっと感動的な場面のほうがいい。
「ルルーシュです、先ほどは助けていただきありがとうございました」
私はとっさに、イリーニャさんの言葉を遮った。
イリーニャさんは私にいぶかしげな視線を向けてきたが、私の目を見て理解してくれたようだ。
さっき、リアム様のことを話しておいてよかった。
リアム様の話を聞いていると、やはり腕の治療を考えているようだった。
イリーニャさんの説明を聞くリアム様の表情は真剣そのもの。
本当に寿命を犠牲にするかで悩んでいるらしい。
真剣な表情で考え込むリアム様を正面から見るのは初めてかもしれない、どうしよう、やっぱりかっこいいな。
「最後にもうひとつだけよろしいですか?再生治療についてこちらにいるル…ルルーシュが研究をしておりまして、しばらくお時間とご協力をいただければ、もしかしたら、別の方法が見つかるかもしれませんが…」
私がリアム様に見とれていると、唐突にイリーニャさんが私の名前を口にした。
リアム様に見とれるあまり、会話の内容がほとんど頭に入ってきていないため、何事かと考える。
しかし、ふと、リアム様の視線に気づいた。
その視線はまっすぐ私を見ていた、私だけを…胸がキュンとなる感覚。
どうやら、イリーニャさんはリアム様に私の研究の補助を提案したらしい。
たしかに私は寿命以外で再生治療ができないかをテーマに研究している。
リアム様としても研究が成功し、新たな治療法が確立されれば、十分すぎるメリットはあるだろう。
でも、果たしてリアム様は、それを受け入れるだろうか。
初対面だと思われている女に手を貸し、自分の目的を後回しにするだろうか。
たぶんそれはしない。
リアム様の目的は、転移トラップに巻き込まれた私たちの捜索のはずだ。
アイラちゃんとは一度は合流した、私はここにいる、でも、ソフィリアさんの姿はない。
そう、ソフィリアさんがいないんだ。
あんなに大変な思いして救い出したソフィリアさん…私の目から見てもリアム様がソフィリアさんに好意を寄せているのは、はっきりとわかる。
彼女の捜索を後回しにしてまで、リアム様は自分に時間をかけるとは思えない。
そう考えるとソフィリアさんが羨ましいな。
自分がイヤな女であると思いつつも、ソフィリアさんに嫉妬している自分がいる。
いいなぁ、私もソフィリアさんくらいリアム様に必要とされたいな。
リアム様に求められれば、なんでもするのに…。
自然と小さくため息が漏れた。
そしてやはり、リアム様は研究に協力することについては悩んでいるようだった。
一度、戻って他の仲間の方と相談してくるようだ。
仲間の人…さっきの金髪の人かな、あの人だったら私にも協力してくれるかもしれない。
「では、宿までの道中、ルルーシュをお供にお付けしましょう。片腕ではなにかと不便でしょうし、もし買い物が必要でしたら、荷物持ちでもさせてください」
いきなりイリーニャさんが、そう提案した。
嬉しいけど、まだ心の準備ができていない、嬉しいけど、何を話せばいいかもわからない。
イリーニャさんが気を利かせてくれたんだ、私はイリーニャさんのほうを見た。
私の視線を受け、イリーニャさんは全てわかっていると言いたげな視線を送ってきた。
嬉しさのあまりドキドキしてきた、嬉しいけど、この場から逃げ出したい衝動にかられる。
「いえ、町中にそれほど危険はありませんし、私一人で大丈夫ですよ。お気遣いいただき、ありがとうございます」
そう言ってリアム様は立ち去ろうとする。
え!?なんで?ちょっと待って、せっかくのチャンスなのに。
私は慌てて、リアム様の横に移動した。
以前であれば、このまま腕を組み、意識的に胸を押し当てていたところだろうが、今になって思えば、なんて大胆なことをしていたのだろうと顔が熱くなる。
「…お供させてください。先ほどのお礼もまだですし…。あの、私で良ければ…ですけど」
そう言いながら恐る恐る、リアム様の顔を見る。
リアム様は少しだけ目を丸くしたが、すぐに優しい顔に戻った。
はっ、さっきより顔が近い。カッコイイ、照れる。あっ、でも断られたらどうしよう。
急に不安になってきた、しかし、それは私の杞憂だった。
「そうですか、ではお言葉に甘えるとしましょう、お願いします」
リアム様は優しく言った。
そうだ、リアム様は女性に恥をかかせるような人じゃない。
そう思いもう一度だけリアム様の顔を見て、私たちは宿に向かうのだった。
《イリーニャside》
あの青年を送り届けてから、またルーナは部屋に閉じこもっている。
いったい、何度部屋に閉じこもればいいのかね。
さて、今回はなんで泣いているのか聞いてみるとしようか。
トントン
「ルーナ、入るよ」
そう言って扉を開くと、ベッドの上で膝を抱えているルーナがいた。
顔は涙と鼻水でグショグショになっていて、とても研究のときの鬼気迫る顔の女と同一人物には見えないね。
あたしは、ベッドに腰かけ、ルーナの頭を抱き寄せた。
そばに来てはみたものの、かける言葉がない。
直接話して分かったけど、あの青年は、ルルーシュがルーナであるとは気づいていないようだし、それをこの子は分かっている。
だから、泣いているんだ。なんて言って慰めればいいっていうんだい。
しばらく、彼女の髪を撫でてやっていると彼女が口を開いた。
どうやら、青年は仲間の娘と別れたらしい。
そのことを気にしていて、その娘以外の名前を口にしなかったんだとか。
それでルーナは、自分よりもその娘が青年にとって大事なんだと思い込んでしまったと。
もしかしたら、そもそも自分のことは覚えてないかもしれないと言い出す始末。
なにをバカな、と思ったけど、さて、なんて言えばいいもんかね。
研究中のルーナは、しっかりしている女の子なのに、こういうところは年相応だね。
誰しもが、こういったことを経験し、乗り越えて大人になっていくんだけど…まあ、それは実際に歳をとって、それを自覚するもんだから、今の彼女に言ってもわからないだろうしね。
「イリーニャさん、いらっしゃいますか?」
ふと、扉の外から受付の子の声が聞こえた。
「なんだい?今、取り込み中だよ」
受付の彼女は扉を開けることなく、そのまま返事をする。
「ですが、先ほどの、リアム・ロックハート様のお連れの方とおっしゃる方がお見えになっていますが?」
その言葉に今までうつむいていたルーナがバッと顔を上げた。
ルーナもあたしと同じことを考えたのかもしれない。
青年本人がダメなら、周囲の協力を得ればいいのだと。




