54話 医術大国カルテリオ
「ルーナさん、これを」
カルテリオの首都、オーペルの入り口で、ラウールさんは私に何かを差し出した。
彼の手からそれを受け取り、確認すると木彫りのペンダントだった。
そのペンダントを眺めていると、ラウールさんが優しい声音で言った。
「それはガルード族に伝わる幸運のお守りみたいなものなんです。もし、またガルガルにくることがあったら、そのペンダントをわが一族の者に見せてください。そうすれば、今回のような問題を起こすことなく、集落まで案内してくれるはずです」
そうか、これはラウールさんたちからの友好の証なんだ。
私はラウールさんたちに友人として認めてもらえてるのかな?
それが例え、お父様のおかげであって、私がどうこうというわけではなかったとしても、それでも嬉しい。
「ありがとうございます。大事にしますね」
私がペンダントを握りしめ、ラウールさんにそう言うと、ラウールさんは少し照れくさそうに視線をそらした。
照れるラウールさんを見るのは初めてだ、なんだか少し可愛く思えてしまう。
そのまま私が見つめていると、おもむろにラウールさんは自分のつけていたペンダントを外して、私に手渡した。
「もし、ルーナさんが故郷に戻ることがあったら、これをマルーン氏に渡してください。いつぞやの礼だと伝えてもらえれば分かるはず」
私は手渡されたペンダントを見た。
使い古されたペンダントは、私のものと同じはずなのに、何か重みを感じた。
所々に傷がつき、削れ、やや濃い色へと変色しているようだ。
「はい、必ず父に渡すと誓います」
その言葉にラウールさんは満足そうにうなずいた。
それから私たちは、互いに握手を交わし、それぞれ別れた。
結局、私たちをつけていた人の気配は夜のうちに消えていたという。
オーペルは治安の良いところだけど、気を付けるようにとラウールさんに言われた。
そして私は、オーペルに足を踏み入れた。
キレイな街並み、にぎわう通り、久しぶりの感覚に私の心も踊る。
いけないいけない、まずはリアム様の情報を集めなきゃ。
とはいえ、どうしよう…やっぱり冒険者ギルドに行ったほうがいいのかな。
私は冒険者ギルドが苦手だった。
血気盛んな冒険者が多く集まるギルドのピリピリした感じがどうにも怖かったのだ。
とはいえ、もう自分も冒険者、こんなところで怖気づいていてはダメだ。
そう思い、冒険者ギルドへ向かう。
そして勇気を出して、冒険者ギルドに入り、まっすぐにクエストボードに向かう。
捜索系の依頼に目を通すが、特に心当たりのあるものはない。
隣の様々な情報が乗っている、伝言板のようなものにも特に情報はなし。
やはり、みんなはこの近くには飛ばされていないんだ。
予感はしていたが、実際にそれを感じると、やっぱり残念な気持ちになる。
私は足早にギルドを出ると、オーペルの町を散策した。
医術大国といわれるだけあって、薬草や治療に役立つものが所狭しと売られている。
ふと、目の前の高齢の女性に目線がいった。
彼女は、丸々とした小柄な体型にもかかわらず、両手には多くの荷物を持っており、今にも倒れそうだった。
私は思わず、彼女に声をかけた。
「あの、お荷物大変そうですね。お手伝いしましょうか?」
私の言葉に彼女は振り向き、優しい笑顔を向けてくる。
「あら、いいのかい?じゃあ、お願いするよ」
彼女から荷物を受け取り、その後も少し買い物は続いた。
そして、彼女が帰宅したのは中規模の治療院。
そこには再生医療と書かれている。
再生医療…最近どこかで聞いたような…そうだ、リアム様の腕の治療について聞いた時に、その単語を聞いたのだ。
私は何かの縁と思い、彼女に問いかけた。
「あの、私の知り合いに片腕をなくした人がいるんです。その人は、腕の治療を考えたのですが、寿命を使うということで治療に踏み切れずにいます。なにか、寿命を使う以外の方法はないものですか?」
私の問いに彼女は目を閉じ、あごに手をやり考える。
しばらく考えたのち、静かに言った。
「腕をなくしてから日が浅いなら、魔力だけでなんとかならないこともないけどね。時間が経っているんなら、やっぱり寿命を使うしかないね。それ以外となると、自分で研究して新たな技術でも作り出さない限りは無理だろうね」
やっぱりか…王都の専属治癒術師ですら、それしか方法はないと言っていた。
それなら、やはりその方法しかないのかもしれない。
でももし、新たな技術を作り出すことができれば、それはリアム様の助けになるんじゃないか。
私が研究を進め、なにか新しい技術を生み出すことができれば…。
私の力では大陸を移動して、みんなを探すのは難しい。
探しに出たところで、もしかしたら、みんなに迷惑をかけるかもしれない。
それなら、いっそ拠点を作り、そこで情報を集めながら待つのもひとつの手ではないだろうか。
ここは医術大国、リアム様も腕の治療のために訪れるかもしれない。
そんなことを考え、私は意を決したように彼女に言った。
「あの、私をここで働かせてもらえませんか?」
「ほう、なぜだい?」
「再生治療についての知識を深めたい。それに、私が新たな技術を生み出すことができれば、腕をなくした知人のためになるはずです」
彼女は一瞬だけ笑顔を崩した。
しかし、すぐにニコニコとした表情で言った。
「新たな技術を生み出すことは容易じゃないよ。その覚悟がお前さんにはあるのかい?」
「はい、彼の腕を治すためなら、私の人生をかけてもいい」
「そうかい、なら明日からおいで。診療の手伝いをしてもらう。ウチは人手不足だからね、助けるよ。研究については、研究施設を自由に使うといい。私はこの歳だ、今さら研究施設を使ってどうこうはできないから、自由に使うといい」
「ありがとうございます、私はルーナ、ルーナ・アルシノエと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
「私はイリーニャだ、明日からよろしくね」
こうして、私のオーペルでの研究が始まった。




