6話 その頃、ジルガ勇者パーティー御一行様はというと・・・➁
俺さまはベビーゴーレムの渾身の一撃を受け、壁にたたきつけられた。
「ぐええ」
息が吸えない、苦しい。
痛み?痛いなんてもんじゃない、死にそうだ。
「ぐおお、リリア!ダスティン!ジルガを何とかしろ!」
俺さまはなんとか視線をベビーゴーレムに向ける。
指示を出しているイゴールも、ベビーゴーレムの攻撃を引き受けることで精いっぱいな様子。
「ジルガ大丈夫?ほら、立てる?って、ちょっと、どこ触ってんの!?んぁ、ダメだって、こんなところで」
すかさずリリアが駆け寄り、俺さまの体を起こすが、まだ呼吸が整わない。
親身になり俺さまの背中をさするリリアにしがみつくかたちで、何とか立ち上がることができた。
しがみついたせいで、リリアの胸やら尻やらを揉んだ気もするが今はそれどころではない。
ドカァン
俺さまが立ち上がると同時にイゴールもベビーゴーレムの攻撃を受け、吹き飛ばされてきた。
くそが、くそが、くそが。こんなはずじゃ、こんなはずじゃねぇ!
「イゴールさん!?ジルガさん、撤退しましょう!この距離なら、帰還玉が使えます、一瞬でダンジョンを抜けられます」
撤退!?帰還玉?
ダスティンのやつ何言ってやがる、このままこいつを倒さずに撤退すれば、いい笑いもんじゃねえか!
「そうだよ、ジルガ。このままじゃ全滅だよ、早く撤退しなきゃ」
リリアまで何言ってんだよ!?全滅??こんなところでか、こんな低階層で全滅するのか?
この俺さまが?そうだ、イゴール!イゴールが敵の攻撃を引き付けてる間に体勢を立て直す…。
その先の思考は完全に停止した。要のイゴールが隣で苦しんでいたからだ。
遠くからは、ベビーゴーレムがとどめを刺すべく俺さまたちに向かってくるのが見えた。
俺さまはパニックに陥った。
「ひいい!撤退だ、逃げるぞ!ダスティン、帰還玉だ!早くしろ!」
ボシュウゥゥ
ダスティンの投げた帰還玉は、煙を吐き出し砕け散った。
同時に煙が俺さまたちを包み込み、気づくとダンジョンの入り口の外にいた。
「みんな、帰るぞ」
俺さまたちは、戦意をそがれ、力なくギルドへ向かって歩き出していた。
「おい、あれ、勇者パーティーのやつらじゃないか?」
「本当だ、今日はSランククエストに挑戦していたんだよな」
「でも、あれ、ボロボロじゃない」
ギルドに戻った俺さまたちの姿を見て、みんなそれぞれのセリフを口にする。
うるせえ、うるせえ。こんなはずじゃなかったんだよ、くそが!
「ギルド長のバルスはいるか?」
「俺がバルスだ、ジルガ勇者パーティーだな?さっそくだが、クエストの報告を聞こうか」
受付で声をかけると奥の部屋から屈強なハゲが出てきた。
「ああ、俺たちはダンジョンを途中で撤退してきた」
俺さまが報告を始めた瞬間、ギルド内がざわつく。
「おいおい、途中で撤退だとよ」
「勇者様でもクリアできないクエストなんてな」
「あんなにボロボロになっちまって、どうなってんだよ」
「でもよ、Sランクに上がるってことは、それくらい難しいってことなんじゃねえか」
どいつもこいつも勝手なこと言いやがって。
俺さまたちの実力をこの場でわからせてやってもいいんだぞ。
俺さまが周囲に目を向けた瞬間、バルスが口を開く。
「それは報告書を見させてもらったからわかっている。第19階層、魔物の討伐内容についてはゴブリン、ビックワーム、マンドレイク、ガイコツ剣士、オーク」
「「へっ!?」」
その瞬間、俺さまたちも含めギルド内全体の時間が停止したように思えた。
俺さまたちですら、バルスの言葉に理解が追い付かず、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。
「19階層だってよ、Dランク冒険者じゃねえんだから、それはねえよな」
「それに討伐した魔物も全然強くねえじゃねえか」
「勇者様が聞いてあきれるな」
周囲からの陰口で俺さまたちも我に返る。
同時にバルスの話を自分たちの頭の中で必死に理解しようとしていた。
あんなに必死になって、やっと逃げ出してきたってのに討伐したのは全部Dランク以下の魔物だったってのか。
あり得ねえ、俺さまたちは超エリート勇者パーティーなんだぞ?
「国王様への報告は俺からしておく、何か弁明はあるか?」
メンバーのみんなが呆然としている中、バルスの一言に対して俺さまの優秀な脳みそは瞬時に答えを示した。
「俺たちはSランククエスト直前にパーティーの編成が変わっているんだ。編成も変われば連携だって今まで通りにはいかない、そうだろ?ただでさえ、新加入のダスティンはBランク冒険者なんだ、Sランククエストをいきなり受けるのは難しかったんだ。俺たちは、このダスティンを守ることで精いっぱいだったんだよ。俺は仲間のために傷つき、剣まで犠牲にしたんだ。それほどSランククエストは魔物のレベル以上に過酷だったってことだよ」
「そうか、では国王様へはそう伝えておこう。今後の対応については追って通達する。ご苦労だった」
俺さまの必死の弁明にバルスは見下すかのように、冷めた視線でそれだけ返事を返すと再び奥の部屋に消えていった。
ガシャーン
宿に戻るなり、俺さまはテーブルの上のものを薙ぎ払う。
「ダスティン、てめえのせいだ!てめえのせいで、俺さまたちはいい笑いものにされちまった、どうしてくれる?」
「そんな…ぼくだけのせいじゃ。そもそもアイテム補充のための金貨もリストもなくて、よく今までクエストクリアできていましたね」
俺さまの言葉に一瞬、驚いてはいたものの、すぐに両掌を上に向け首を振りながら返事をした。
見るからにやれやれとでも言いたそうな表情でだ。
「ふざけんな、ダスティン!それ以上、口答えするとクエストにも出れない体にしてやるぞ!」
俺さまは立ち上がり、向かい側に座るダスティンの胸ぐらを掴んだ。
「そ、そんな…」
「落ち着け、ジルガ。気が立つのもわかるが、パーティーで協力していくことも重要なはずだろ」
「そ、そうだよ、ジルガ。とりあえず、落ち着こうよ、ね?」
それを見ていたイゴールと、リリアも慌ててなだめようとするが、俺さまの怒りは収まらない。
「うるせえよ、誰のせいでこうなったと思ってやがる!」
「「それは…」」
リリアもイゴールも、何か言いたげだがそれ以上口にしなかった。
くそが!今まで俺さまの言うことはなんでも肯定してやがったくせに、俺のせいだとでもいうつもりか!
「そもそも、リリアが無駄に聖水を消費しやがって、イゴールもポーションを使いまくった!ダスティンについては何の役にも立ってねえ、もとはと言えば全部お前らのせいじゃねえか!」
「…」
誰も何も言わず、沈黙が流れた。徐々に重苦しい雰囲気が部屋中を包み込む。
その空気は俺さまの怒りを鎮めるには十分すぎるほど重苦しいものだった。
「はあ…もういい。とりあえず、ギルドのほうから通達が来るまでは待機だ。次のクエストではヘマしねえようにするしかねえ。次こそは完璧にクエストをこなして、今日、俺さまたちを笑いものにしやがったバカどもに、俺さまたちの実力をわからせてやる」
落ち着きを取り戻した俺さまを見て、イゴールとリリアは顔を上げた。
しかし、顔は引きつり作り笑いだとすぐにわかるほど表情は硬い。
「おお、そうだな。今回のクエストでの失敗を活かすことを考えよう」
「そ…そうね、次で挽回すればいいのよ。あたしたちならできるわ、なんたって勇者様のいるパーティーなんだから」
リリアとイゴールはいつもの調子を取り戻したか。
さすが、俺さまと長いこと旅をしてきただけある。
それに引き換え、ダスティンはまだ不満そうな顔をしてやがる。
新入りのくせに世話を焼かせやがる。
「ダスティン、次は今回の倍のアイテムを用意しろ。準備自体は悪くねえ、ただ数が足りなかっただけなんだ。次は事前に金も渡しておく」
「わかりました。準備不足ですみませんでした、次は不足がないように揃えておきます」
ダスティンの表情も明るくなった。
今回は、たまたま失敗しただけだ。
確かにリアムの野郎の事前準備は完璧だったかもしれねえ。
だが、それが分かっていれば対処できる。別に俺さまたちはリアムがいたから、ここまで来れたわけじゃねえんだ。
見てろよ、ギルドのバカどもが!
その後、俺さまは浴びるように酒を飲み、介抱していたリリアと夜をともにした。
力強く、乱暴に、粘着質に…まさに昼間のうっ憤を晴らすかのような野性味あふれる夜だった。