52話 ガルガルで得たもの
出発は3日後。
それまで、ただただ過ごすわけにはいかない。
ただでさえ、私はみんなよりも劣っているから、みんなよりも努力しないと。
みんなと一緒にいても足手まといにならないくらいに。
そして、自分になにができるかを考える。
私にできることは回復魔法と光属性魔法だけ。
でも、光属性魔法はリアム様の補助がないと、あまり効果的ではない。
もともとのパーティーを考えても、私に攻撃的な役割は求められていないだろう。
それなら、補助役だ…回復役に加え、そのほかのサポートをする役になればいい。
そう考え、ラウールさんに頼み、書庫に案内してもらった。
そこで、私は愕然とした。全てが獣人語だったのだ。
失念していた…私はここに来てから、ラウールさん以外から人間語を聞いた覚えがない。
そんな場所で、人間語の書物が見つかるはずがない。
途方に暮れている私に、ラウールさんは語りかけてくる。
「なにをお探しか?獣人語が解読できなければ通訳者を探してきても良いが」
「あ、いえ、なにか野草だったり、薬学に通じるものがあればと思ったのですが、まずは獣人語を学んだほうがよさそうですね」
そう言いながら、ラウールさんに微笑みかけた。
ラウールさんは少しだけ眉をひそめた。
しかし、すぐに何かを思いついたらしく、私をどこかに案内する。
「ゼネル!カティーシュ!」
ラウールさんの呼びかけにすぐさま2人の男女が駆け寄る。
「ルーナさん、ここにいるゼネルとカティーシュは、野草や薬草の調合に長けている者たちです。ちょうど雨季の前に野草の採取に出ますので、共に探索に出てみたらいかがですか?彼らは隣国カルテリオにて医術を学んできた経験があるため人間語も話せますし、探索には護衛を1人つけますが」
ありがたい、文字の読めない書物を眺めるより、実際にその目で実物を見て学んだほうがいい。
森は危険だけど、護衛の人もいるなら安心だし、言葉も通じるなら問題ない。
私はうなずきつつ、ゼネルさんとカティーシュさんに視線を移す。
「ルーナといいます、どうぞよろしくお願いします」
「俺はゼネル、こっちがカティーシュだ。昼になったら近場で野草の採取をする予定だ。こちらこそ、よろしく頼む」
たれ耳に太い尻尾の獣人の男性ゼネルはそう言って頭を下げた。
それに続き、ウサギ耳の女性カティーシュも頭を下げる。
ラウールさんほどではないが、ゼネルさんの人間語も聞き取れる。
これなら、探索中にいろいろ話も聞けるだろう。
そうして、護衛の男性を交えた4人で森の探索に出かけた。
どうやら、ゼネルさんが野草、カティーシュさんが薬草を採取する担当らしい。
私はカティーシュさんについて行くことにした。
カティーシュさんの選ぶ薬草はどれも見たこともない物だった。
中央大陸にもアールステラトーン大陸にも商品として売られているのを見たことがない。
この地域独自のものか、流通ルートが確立していないのか。
薬草を採取しながらカティーシュさんにいろいろ話を聞くことができた。
ふと、周囲がざわめきだすのを感じた。
他の3人も同様に、何かを感じたみたいだ。
耳をピンと立て、気配のする方向を探っている。
「集落に戻るぞ!走れ!」
護衛の男性が叫んだ。
ゼネルさんとカティーシュさんは瞬時に駆け出していた。
私も遅れないようにあとを追いかける。
その後ろを護衛の男性が背後に気を配りながらついてくる。
バキバキと音を立てながら現れたのは、長い胴体に無数の足、頭部に鎌のような牙を4本、尻尾に鋭いハサミを持った魔物だった。
護衛の男性はチッと舌打ちをして、他の仲間に叫ぶ。
「シザーピードだ!タイラントマンティスも来るぞ、急げ!」
それを聞いたゼネルさんと、カティーシュさんは速度を上げ、あっという間に見えなくなってしまった。
そして護衛の男性はおもむろに私を抱え上げる。
「少しばかり急ぐ、しっかり捕まっていろ」
そう言うと、ものすごい速度で森の中を駆けていく。
その瞬間、背後で大きな物音がした。
背後に目をやると巨大な魔物が先ほどの魔物を切り刻み捕食している、きっとあれがタイラントマンティスだ。
あっ、やだ、目が合った。
血まみれの頭部にある2つの複眼がこちらを捉えている。
しかし、魔物は追ってくるそぶりは見せなかった。
無事に集落にたどり着いた時には、集落の周りで何かを一斉に燻していた。
ツンと鼻を刺激する匂い。
カティーシュさんを見つけ、話を聞いた。
どうやら、先ほどの魔物シザーピードはタイラントマンティスの獲物であるらしい。
シザーピードは独特の匂いを発しているらしく、近くにはタイラントマンティスが潜んでいることの多いのだという。
たしかに、私たちが逃げ始めてすぐにタイラントマンティスは姿を現した。
あの大型の魔物を瞬時に捕食するあたり、戦闘力の高さが伺える。
そして今、集落全体で行っているのは、タイラントマンティスが嫌がる匂いを放つソロベリアの花を乾燥させたものを燻して、集落からタイラントマンティスを遠ざけているらしい。
これは約半日続けられ、その日は何事もなく過ぎていった。
翌日は集落の中で薬草の調合だ。
集落の外に出ないほうがいいというラウールさんの判断だそうだ。
私はカティーシュさんの調合技術を盗むべく、よく観察する。
そんな私にカティーシュさんは優しく調合の方法を教えてくれた。
そして、周囲を探索していた部隊も帰ってきた。
結局この近くにはリアム様もアイラちゃんもソフィリアさんもいなかったらしい。
そんな予感はしていたけど、やっぱり残念な気持ちになってしまう。
それでもみんなも頑張ってると思えば、不思議と自分も頑張ろうという気持ちになった。
そうこうしているうちに出発の日を迎える。
護衛を引き受けてくれたのは、ラウールさんと他2名。
先日、タイラントマンティスが出たこともあり、護衛の人数も増やしてくれたみたい。
ラウールさんは本当に親切な人だ、いつか恩返しに来なくちゃ。
出発に際して、ゼネルさんとカティーシュさん、初日にツラく当たった男性2人が見送りに来てくれた。
私はこの4日でツライ思いもしたが、得たものも多かった。
薬草の知識に調合技術、ガルード族のこと、ガルガルという国のこと…多くを学ぶことができた。
本当に感謝している。転移トラップで飛ばされた場所が、ここではない場所であったならば、もしかしたら私は生きていなかったかもしれない。
そう思えば自然と涙がこぼれ落ちた。
私は全員と握手をし、ガルガルをあとにする。
目指すは森を抜けた先、医術大国カルテリオ。




