51話 釈放と謝罪
檻の前に立つ男の口から出た言葉は、私にも理解できた…人間語だったのだ。
お前は何者だ?その言葉の意味を瞬時に理解できず、私はすぐに返事ができなかった。
何者だ?って…何者かわからないのに檻に入れて、服を脱がせて辱めて、さらには髪の毛まで無残に切り落としたって言うの?
冗談じゃない!
「何者だじゃないでしょ!こんなところに閉じ込めて、服も取り上げられて、髪まで切られて!相手が何者かもわからないですることなの?それがあなたたち獣人族のやり方!?」
私は声を荒げた。
ここまで声を荒げたのは、お父様と喧嘩して家を飛び出して以来だ。
そんな私を男は静かに見下ろしている。
そして、見張りに何かを言いつけ、見張りから私の服を受け取り、それを檻越しに私に渡してくれた。
あれ?この人は、周りの人と少し違うのかな。
男の優しさに私の警戒心は少しだけ薄れた。
いそいそと服を着て、男に向き合う。
そして、今この場にいる経緯をなるべく詳細に説明した。
男は静かに私の話を聞いていた。
そして私の話が終わると、踵を返し、その場を離れた。
しばらくして、男が戻ってきたときには、両脇に昨日の男2人を引き連れている。
私の脳裏にイヤな記憶が蘇る。
しかし、昨夜の2人の表情は暗い。
肩をすくめ、おずおずといった感じで歩いている。
男たちは檻の前まで来ると、ひざまずき頭を地面にこすりつけた。
そして、先ほどの人間語を話した男が口を開く。
「すまなかった。この者たちの勘違いで、きみを深く傷つけてしまったようだ。だが、ここガルガルには、無断で人間が侵入してはならないという協定が、人間とわれらガルード族の間には存在する。こいつらは、勘違いとはいえ、きみを不法侵入者として捕らえた。これはこの国を守るための行動だ、どうか許してやってほしい」
そう言うと、男も片膝をついて頭を下げた。
国のための行動…協定を知らなかったとはいえ、勝手に国の領地内に侵入したのは私だ。
それでこの仕打ちは納得できそうにないが、でも謝罪している者に対し、これ以上責めるわけにもいかない。
「頭を上げてください、えっと……」
「ラウールです、ラウール・ガルーディア」
「ラウールさん、顔を上げてください。私のほうにも責任がありますし、たしかに傷つきましたけど、謝ってもらえれば、あのですね、えっと…」
いざ言葉にしようとして動揺が隠せず、うまく言葉にできない。
あたふたしている私にラウールさんは優しい口調で言った。
「ありがとうございます。この者たちには、良く言い聞かせておきますゆえ。さあ、どうぞこちらへ」
檻が開かれ、私は外に出ることができた。
約1日ぶりの自由、実際にはそんなに長い時間ではないけど、檻の中の時間はとても長く感じた。
そして外に出れたことへの安心感…安心したらお腹すいたな。
ぐぐぅとお腹の鳴る音がして、私は慌てて両手でお腹を押さえた。
その様子をラウールさんはクスクスと笑いながら見ていた。
「檻に入っていた間は、何も食べてないようですね。失礼しました、今、食事の準備をさせますので」
そう言い、私はひとつの建物の中に案内された。
椅子に座って待つこと数十分、ラウールさんと獣人の女性が入ってきた。
手にはおいしそうな食事がホカホカと湯気を立てている。
「われらガルード族の食事がお口に合うと良いのですが」
そう言って、机に並べられる食事の数々。
どれもおいしそうである。
「い、いただきます」
私は夢中になって食事を食べた。
1日ぶりの食事だ、お腹から全身に向かって温かい感じが広がっていくようだった。
食事を終え、ラウールさんにいろいろ話を聞いた。
ガルード族はじめ、魔族やエルフ族の中には、閉ざされた世界で生活しているものも多く、人間語が必ず通じるというわけではないらしいということ。
もうすぐガルガルに雨季がくること、雨季の間は魔物が活発化するため、ラウールさんたちのようなガルガルの戦士は、みな警戒心が強くなっているということ。
それから、私の今後についても話し合った。
「私は…私たちは転移トラップに巻き込まれました。私がこうして生きているということは、他のみんなも生きている可能性が高いということ。ですから私は、みんなを探しに行きます。できれば、近くの人間が治めている国の場所だけでも教えてもらえませんか?」
私の言葉にラウールさんはアゴに手をやり考える。
尻尾をゆらゆらと動かし、なにやら難しそうな顔をしている。
よく見れば、ラウールさんは昨日の2人とは尻尾の形状が異なっている。
昨日の2人が犬のような尻尾だったのに対し、ラウールさんは猫のような尻尾だ。
ガルード族にも動物の種類のような違いがあるみたいだ。
「わかりました。先の無礼の件もありますゆえ、隣国であるカルテリオの首都オーペルまで護衛しましょう」
「え、でも、護衛までしてもらっては…」
「先ほども話しましたが、まもなくこの地には雨季がきます。その前に移動を終えなければ、我々とて危険です。また、雨季にはタイラントマンティスが凶暴化し手が付けられない。そんな危険な森を女性…しかも人間の女性を1人で歩かせるわけにはいきません」
私としては、とても嬉しい申し出だった。
正直、この森を1人で歩いて抜けられる気がしない。
森に詳しいガルード族と一緒なら、迷う心配もないし、ここはお言葉に甘えよう。
「ありがとうございます、正直、ひとりでは心細かったので助かります」
「いえいえ、こんな奥地まで連れてきたのは私たちのほうでもあります。お気になさらないでください。あと、もし可能でしたら、出発は3日後でもよろしいですか?」
「ええ、大丈夫ですけど、何かあるんですか?」
「いえ、明日には周囲の見張りのものが帰還してきます。その後、ガルガルの領地の森にあなたの仲間がいないかを探してきましょう。それに3日ほどいただきたいのですよ」
なんていい人なのだろう、初対面の私にここまでしてくれるなんて。
と、そこまで思い、私は少し考える。
もしかしたら、なにか裏があるのではないかと。
ここまで私に都合よくしてくれるのは、どう考えてもおかしいのだ。
私が黙って考えているとラウールさんは苦笑交じりに言った。
「なにか悪だくみでもとお考えですか?心配はいらない、もしもわれらの領地に、あなたの仲間がいたら、また騒ぎになる。それを未然に防ごうというだけの話です」
それならばと、私は護衛を依頼することにした。
出発は3日後である。




