44話 治療の決断
部屋に入るとエルジェイドさんが、自分の武器を抱えて地面に座っていた。
「あ、エルジェイドさん…」
俺は、なにかを言いかけ言葉に詰まった。
エルジェイドさんは、一瞬だけ俺に視線を移し、そして目を閉じて穏やかな声音で言った。
「構わん、なにも言うな。俺はお前を認めているし、アルクやアイラもお前を信じている。だから、お前も俺たちを信じろ。お前ひとりの責任ではない」
俺の責任ではない。
ルルーシュさんにも言われた言葉。
しかし、俺の中ではそうは思えない。
俺がもっと注意していれば、俺がもっとうまくやっていれば…そんな風に思ってしまう。
ふと、気づくとエルジェイドさんが俺の目の前に立っている。
そして彼は、俺の肩に手を置き言った。
「自分ひとりで背負い込むな。ずうずうしくてもいい、仲間にも少しずつ背負ってもらえ。仲間とはそういうものだ」
エルジェイドさんの目は、まっすぐに俺を見ていた。
そして、その言葉は俺の胸に響いた。
胸の奥底から熱いものがわき上がってくる。
「ありがとう…ございます……」
それを言うのが精いっぱいだった。
うつむく俺にエルジェイドさんは、ポンポンと肩をたたいた。
「礼は必要ない。俺はお前を対等な戦士として認めている。アイラやアルクと話していた時のように砕けた言葉で構わん」
そう言いながら彼は微笑んだ。
無骨な彼の笑みは、どこかぎこちなく感じるが、少し心が軽くなった。
「わかったよ、エルジェイド」
「それでいい」
ガチャリと扉の開く音とともにアルクが帰ってきた。
いつもニコニコとしている男が、一段とその笑顔を輝かせている。
なにか良いことがあったのは明白だった。
「あっ、お二人とも帰ってたんですね。喧嘩もしてない様子だし、よかったよかった」
そう言うと彼は大仰にうなずいた。
なにか良いことがあったのかとは聞かない。
アルクは、こちらが聞かなくても、なにかあれば自分から話をするやつだ。
まずは、俺の話を先にしよう。
そうして、俺は治療院での出来事を2人に説明した。
2人は静かに聞いていた。
話は終わり、どうするべきかと問いかけたところで、先に口を開いたのは意外にもエルジェイドだった。
「お前は治療に専念しろ。方法は何でも構わん。お前が治療にあたっている間は、俺が大陸を渡り、お前の仲間を探そう」
続いて、アルクも口を開いた。
「その研究に力を貸してはどうですか?左腕を再生するにしろ、研究がうまくいけば、こちらとしてもメリットはありますし、捜索のほうはひとまずエルジェイドさんに任せてもいいとは思いますよ」
2人とも治療には賛成のようだ。
たしかにエルジェイドに任せれば、治療と捜索を両立することは可能だろう。
彼のことだ、あの戦闘力なら身の危険もないはずだ。
しかし、彼に任せてもいいものなのだろうか…。
俺が悩んでいると、エルジェイドは、さらに言った。
「まだ、俺が信じられないか?」
そうだ、さっきも彼に言われたじゃないか。
仲間を信じろと。
その言葉に胸を打たれたのではなかったか。
今は信じよう、信じて、自分のすべきことをするんだ。
「わかった、捜索はエルジェイドに任せる。その間、俺は治療にあたる。長くても2年だ、その間に研究成果がでなければ、その時は俺も捜索に合流する」
エルジェイドはうなずいた。
それから、俺はルーナとソフィリアの特徴を彼に説明し、もし彼が2人を見つけたときに2人から怪しまれないように、手紙も持たせた。
次の日、エルジェイドと別れ、俺は再び治療院に向かった。
どうやら今回は、アルクも同行するようだ。
昨日と同様に受付の女性に事情を説明すると、奥の部屋に通された。
今日は2人の女性が待っていた…イリーニャさんとルルーシュさんだ。
部屋に入り、ソファに腰かけてから、俺は話を切り出した。
「昨日のお話の件で伺いました」
そう言うとイリーニャは、はい。とうなずく。
「再生治療に関する研究に協力させてもらいたいと思います」
俺の言葉にイリーニャさんは、目を見開いた。
ルルーシュさんも、顔の前で手をたたいて目を輝かせている。
なぜだろう、ルルーシュさんの仕草には目を奪われる。
なぜか気になってしまう、彼女には不思議な魅力がある。
口を開いたのはイリーニャさんだった。
「ありがとうございます。研究といっても、ルルーシュと一緒に魔法陣の解析や遺跡探索での魔法陣の捜索がほとんどです。その魔法陣を使い、寿命以外を再生エネルギーに変換できないかを研究しています」
「再生エネルギーとは?」
俺の問いかけにイリーニャは、うなずいた。
「はい、再生治療を施す際に犠牲となるもの…治療者やそのほかの人の寿命、魔力などがそれにあたりますが、それらを総称して、私たちは再生エネルギーと呼んでいます」
なるほど、再生エネルギーの変換か。
たしかにそれが可能であれば、再生治療の代償は少なくなる。
初期段階であれば魔力を犠牲にすることで、稀なケースでは他者の寿命を犠牲にすることで再生治療を行っているのだから、不可能ではないのかもしれない。
しかし、遺跡探索か…あまりいい思い出がないのだがな。
「ちなみに研究はどの程度まで進んでいるのですか?」
俺の問いにルルーシュさんがため息交じりに答える。
「いえ、これといってまだ…」
そう言うとルルーシュさんはうつむいてしまった。
「ですが、他者の寿命を再生エネルギーとして使用する方法は、ルルーシュがこの数か月で編み出した技術です。リアム様のような優れた協力者がいてくれれば、あるいはもっと別の結果が得られたかも知れません」
うつむくルルーシュさんを見て、しまった、と思った時にはイリーニャさんがフォローしていた。
そうか、ルルーシュさんが新たな技術を編み出していたのか。
それならば、期待できるかもしれない。
「そうでしたか。ルルーシュさんは優れた研究者のようですね。私にできることであれば、なんでも協力します」
俺の言葉を聞いても、なおうつむくルルーシュさんの肩に、イリーニャさんはそっと手を置いた。
ルルーシュさんは、それに応えるように顔を上げ、まっすぐ俺の顔を見た。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
「リアムさん、私の研究に力を貸してください。私、頑張りますから…どんなことをしても、あなたの寿命を削ることなく腕を治してみせます」
そういう彼女の目には決意の色が伺えた。
ふと、それまで黙って聞いていたアルクが口を開いた。
「実際には、どの程度の頻度で研究のお手伝いをするようになりますか?我々も旅を急ぐ身です。研究のお手伝いができる期間は、長く見積もっても2年というところですが」
アルクの言葉にイリーニャさんは、あごに手をやり考える。
そして、ルルーシュさんのほうへ視線を移し、目で合図をした。
「リアムさんの健康状態の観察、魔法陣の解析…これを1セットとして、5日間に1度の頻度で行います。探索にかかる日数によっては変動しますが、まずは1年で周囲の遺跡の探索を終えたいと思っています」
ルルーシュさんの話にアルクが問いかける。
「周囲の遺跡の数は?」
「はい、大小さまざまですが20を超えます。しかし、小さな遺跡であれば冒険者ギルドに依頼を出せば済みますので、リアムさんにお手伝いいただきたいのは、3つです。ひとつの遺跡の探索に3か月を見ていますので、日数的な余裕はあるかと」
その説明にアルクも納得したようだ。
どうやらアルクは、遺跡探索には同行したいらしい。
俺としても、戦力が増えることは助かるから、ぜひお願いしたいところだ。
「この日程で問題なければ、明日より魔法陣の解析を始めたいと思いますが、よろしいですか?」
「いや、すぐに始めよう」
俺は立ち上がりながら、そう答えた。
こうして、俺とルルーシュさんの研究は始まった。