43話 治癒術師との出会い➁
部屋に入ってきた2人の女性は、俺の正面にあるもうひとつのソファに腰かけた。
「どうぞ、おかけください」
高齢の女性にうながされ、俺もソファに腰かける。
「お初にお目にかかります、私はこの治療院で院長しているイリーニャと申します。そしてこちらが、その助手のル…」
「ルルーシュです、先ほどは助けていただきありがとうございました」
高齢の女性、イリーニャは自己紹介をし、続いて、助手の女性ルルーシュの紹介をしようとしたが、ルルーシュはその言葉を遮るように頭を下げた。
ルルーシュ…どこかで聞いたような名前だが…。
言葉を遮られたからか、イリーニャもいぶかしげな表情を作った。
しかし、すぐにニコニコとした穏やかな表情に戻ると、静かに口を開いた。
「おや、すでにお知り合いでしたか?それは結構。さて、受付のものから話は伺っておりますよ、リアム・ロックハート様。その左腕の治療をお望みとか」
「はい、一年半前になくした腕です。中央大陸のシャリール大国王都アステラでは、治療するのに俺自身の寿命を犠牲にすると聞きました。しかし、ここは医療大国カルテリオ、何かほかに方法はないかと思い、再生治療の専門であるこちらに伺った次第です」
俺の言葉にイリーニャは、あごに手を当て考える。
そして、フムとうなずき話し始めた。
「再生治療には3つあります。ひとつは、治療者…今回の場合でいえばリアム様ですね。リアム様の魔力を使用し治す方法。しかしこれは、部位欠損をしてから日が浅く、欠損部位の腐敗もなく、手元にある場合に限られます。なので今回は、適応されません」
魔力を使用すると聞いて、俺は内心喜んでいたのだが、やはりそう簡単なことではないらしい。
そもそも、それを知らなかった当時の俺は、切り落とされた腕は回収せずに、地中に埋めてきている。
自分の知識のなさに嫌気がさす。
「もうひとつは、先ほども話されていましたが、リアム様本人の寿命を犠牲にする方法。これならば、今から治療に取り掛かっても数か月もあれば、何も問題なく旅に出られるようにはなるでしょう」
やはり自分の寿命を犠牲にするしかないか。
しかし、寿命といっても1年程度であれば、さほど問題はないのか。
まずはそこの確認からだな。
「失礼、ひとつ聞きたいのですが、この左腕を治療するのに、どのくらいの寿命を犠牲にする必要があるのですか?」
俺の言葉にイリーニャは、俺の左腕があったであろう場所を見た。
おそらく、切断部分を確認しているのだろう。
服の上からだが、肩口から切り落とされているのは、確認できるはずだ。
「そうですね、肩口からとなると15年は必要になるかもしれませんね。正確には年齢や健康状態、体力や魔力の状態も関わってきますが…リアム様でしたら、7~8年といったところでしょうか」
イリーニャは、苦笑しながら言った。
8年…8年か……。
俺がうつむいて考えていると、イリーニャが続けた。
「もうひとつ、稀なケースではありますが、他者の寿命を犠牲にする方法もあります。しかし、これは親が子供に再生治療を施す場合がほとんどです。権力者や豪族の方の中には、自分に再生治療を施すために奴隷を使う場合もありますが、うちではほとんどの場合でお断りしています」
なるほど、奴隷を使う方法か。
たしかに金で解決できるならいい方法ではある。
いい方法ではあるが、やはり他者の寿命を犠牲にするというのは気が進まないな。
「最後にもうひとつだけよろしいですか?再生治療についてこちらにいるル…ルルーシュが研究をしておりまして、しばらくお時間とご協力をいただければ、もしかしたら、別の方法が見つかるかもしれませんが…」
俺はその言葉に、イリーニャの横に座る女性…ルルーシュに視線を移す。
彼女は俺の視線に気づいたのか、ややうつむき加減にこちらを見ている。
正直、俺は悩んでいた。
別の方法での治療法…気にはなる。
だが、俺は旅を急ぐ身だ。そこまで時間をかけていられるとも思えない。
どうするべきか…。
俺が悩んでいると、イリーニャが助け船を出してくれた。
「再生治療につきましては、代償となるものが大きいので、一度宿に戻られてから考えてみてはどうですか?お連れの方がいらっしゃるのでしたら、その方とも相談してみると良いかもしれませんし」
相談…そうか、相談してみるのも良いかもしれない。
アルクやエルジェイドさんなら、なにか意見をくれるだろう。
「わかりました、一度戻って、相談してみることにします」
「では、宿までの道中、ルルーシュをお供にお付けしましょう。片腕ではなにかと不便でしょうし、もし買い物が必要でしたら、荷物持ちでもさせてください」
「えっ!?」
真っ先に声を上げたのはルルーシュだった。
彼女はイリーニャに向き直り抗議の視線を送っているようだ。
無理もない、いきなり現れた男と道中を共にしろと言われれば、若い女性であれば警戒もするだろう。
まして彼女は、先ほど路地裏で乱暴されていた身だ、ここは俺のほうから断っておこう。
「いえ、町中にそれほど危険はありませんし、私一人で大丈夫ですよ。お気遣いいただき、ありがとうございます」
俺は一礼し、部屋を出ようと立ち上がる。
その横に、スッとルルーシュが寄り添った。
見下ろす俺に彼女はうつむいたまま言った。
「…お供させてください。先ほどのお礼もまだですし…。あの、私で良ければ…ですけど」
懐かしい感覚だ。
転移トラップに巻き込まれる前、旅の最中はずっとルーナかソフィリアが俺の横でサポートしてくれていたな。
このうつむき加減で話してくる仕草も、どことなくルーナに似ていて可愛いな。
町中では危険はないが…せっかくの機会だ、お言葉に甘えるとしよう。
「そうですか、ではお言葉に甘えるとしましょう、お願いします」
俺の言葉に彼女は顔を上げ、目を輝かせた。
そうして俺たちは宿に向かった。
「あの…リアムさん…先ほどの方は、新しい仲間の方ですか?」
「さっきの?ああ、レイニア王国のレインフォースで出会ったんだ。アルクといって、軽薄そうに見えるが知識もあるし、なにかと助けてくれるんだ……ん?新しい??」
「あっ、いえ、噂では女性を連れているとお聞きしましたので…」
「ああ、そういうことか……」
俺は転移トラップに巻き込まれたことを彼女に話した。
そして、やっと再開できた仲間のひとりが自分のせいで旅立ったことを。
なぜそこまで話をしたのかはわからないが、なんとなく彼女には全てを話してしまった。
そのせいで俺の心は少しばかりモヤモヤする。
全ては自分の責任、それはどんなに時間をかけても変えようのない事実なのだ。
俺の話を聞いて、彼女は慰めるような優しい声音で言った。
「リアム様のせいではありませんよ。きっと、みなさんもリアム様のことを恨んでなどいないと思います。今は無事を祈りましょう」
彼女の声は自然と俺の中に流れ込んできた。
アイラと別れて、すさんでいた俺の心にしみわたるような、そんな心地よさがあった。
治療院で仕事をすることで身に着けたものなのかもしれないが、俺の心は少し軽くなった気がする。
そうこうしているうちに宿屋に到着し、俺は彼女と別れた。




