42話 治癒術師との出会い➀
目の前に青空が広がっている。
どうやら俺は、外で寝ていたようだ。
身体を起こす。
頭とアゴが痛い、あとは背中か。
背中は地面に寝ていたからとして、頭とアゴは…。
「少しは落ち着いたか?」
俺は声のするほうに視線を移す。
そこにはエルジェイドさんがいた。
思い出した、俺はエルジェイドさんと勝負して負けたのだ。
やはり、エルジェイドさんは強かった。
俺も手を抜いたつもりはない。
それでも負けた、約束だ、アイラのことは諦めよう。
決して納得したわけではないが、こればかりは仕方がない。
俺は立ち上がり、服についた土をはらう。
そのまま歩き出そうとして、エルジェイドさんに呼び止められた。
振り返ると、俺に向かって小瓶を投げ渡す。
「気休め程度かもしれんが、ないよりはマシだろう」
そう言うとエルジェイドさんは微笑んだ。
渡されたものはハイポーションだった。
いつぞやの記憶が蘇る。
俺は、一気に飲み干し、エルジェイドさんに頭を下げ、町に向かって歩き出した。
宿屋に向かって歩いていると、路地裏から男女の争う声が聞こえてきた。
「やめてください!」
「いいじゃねえか、ちょっと付き合ってくれよ」
見ると、魔導士風の女性が、屈強な野蛮人に手を引かれている。
女性はかなり迷惑そうにしている。これは、やはり助けるべきだろう。
アイラに逃げられ、エルジェイドさんに負けた今の俺では、あの野蛮人に手加減できそうにない。
ただの八つ当たりになるだろうが、まあ人助けだからな。
「大声を出しますよ!」
「いいじゃねえか、すぐ済むからよ。悪いようにはしねえさ、げへへ」
女性は、抵抗しているがズルズルと野蛮人に引きずられていく。
俺はおもむろに近づき、女性をつかむ男の手を鷲掴みにする。
「あん?なんだてめえ、邪魔する、いてててて」
そのまま無言で男の腕を締め上げる。
男は悶絶し膝をついた。さらにその姿勢のまま、許しを請う。
俺が手を放すと、男は逃げるように走り去っていった。
「あ、ありがとうございました。あの、リア…」
「いたいた!探しましたよ、リアムさん!」
彼女の言葉を遮るように金髪の青年が声をかけながら近寄ってくる、アルクだ。
アルクは俺と魔導士風の女性を交互に見て言った。
「もしかしてお知合いですか?」
そう言われ、俺は彼女に視線を移す。
彼女はこの土地の治癒術師のような格好をしており、フードと口元の布で顔が判別しにくい。
目元だけでいえば、似たような目をした女性を見たことがあるような気もするが、やはり目だけでは判断できない。
それに俺もそこそこ有名だ。
俺の知り合いならば、相手から声をかけてくるはずだ。
そう考え、彼女から視線を外し、アルクに答える。
「いや、初めて会った人だ。変な輩に絡まれていたところだったんだ。アルクはどうした、なにを慌てている?」
俺の質問にアルクは目を丸くした。
「えっ、どうしたって…リアムさんが俺を置いて、アイラさんを追いかけて行っちゃうんじゃないかと思って、慌てて探したんですよ」
「えっ!?」
小さく声を出したのは、先ほど助けた女性だった。
俺とアルクの視線が彼女に集まる。
「あっ、いえ、その…すみません。助けてくれて、ありがとうございました。では、私はこれで」
彼女は一礼し、うつむいたまま踵を返し去っていった。
その背中は、どこか哀愁を帯びているように見える。
「リアムさん、彼女、本当に知り合いじゃないんですか?」
アルクは彼女に視線を向けたまま、俺に問いかける。
俺は彼女の背中を目で追いながら答えた。
「目元だけでは判断できないが、俺の知り合いではないだろう。それよりも、一度、ギルドに行って情報を収集しよう」
俺とアルクはギルドに向かい、受付の女性に事情を説明。
しかし、ここ最近、突然、どこからか人が現れたという情報はないという。
といっても、町の外に突然現れ、その足で町を訪れたというなら、その人が転移者かどうかなどわかるはずもないか。
俺たちは受付の女性と話を終えた後、念のためクエストボードに目を通す。
特に目立った依頼はなさそうだ。
緊急性の高いものでいえば、魔大陸と中央大陸の間の海上で船が行方不明になる事件が多発していることくらいか。
クエストボードに目を通してから周囲を見渡す。
やはり、ルーナもソフィリアもいない…か。
転移トラップから約半年…その間、出会えたのはアイラだけ。
そのアイラにも愛想をつかされてしまった。
簡単に見つからないと予想していたこととはいえ、やはり精神的にくるものがあるな。
俺は肩を落とし、ギルドをあとにした。
「これからどうします?」
アルクが問いかける。
どうするか…アイラがいなくなってからは何も考えてなかったな。
当初の計画では、ここで情報収集と…そうだ、俺の腕の治療についても聞いておこう。
さっきのエルジェイドさんとの決闘にしたって、両腕ならもっと善戦できたはずだ。
転移トラップにしたって、俺の慢心が招いたことだ。
今はアルクとエルジェイドさんがいるとしても、またいつどうなるかはわからない。
「治療院に顔を出してみようと思う。左腕が治るのかどうかだけでも聞いておきたい」
本当は治るのは知っている。
ただ、寿命を犠牲にするとなると、どうしても踏み切れない。
ここは医術大国だ、なにか別の方法があるかもしれない。
アルクは鼻をかきながら、胸を張った。
「そう言うと思いまして、再生治療を専門的に行っている治療院を調べておきました」
そう言うとアルクは、俺に一枚の紙を手渡した。
そこには簡単な地図と治療院の名前のようなものが書いてある。
アルクのほうへ視線を移すと彼は、胸を張ったまま続けた。
「僕はしばらく転移トラップについての情報を集めてきます。リアムさんはそこに行って話を聞いてみてください」
「ああ、助かるよ」
アルクは本当に気が利くやつだ。
俺は心の中でアルクに感謝しつつ、アルクと別れ、地図に書いてある治療院へ向かった。
その治療院は、オーペルの中でいえば中規模の治療院だった。
建物も新しく、内装も白と木目を基調とし、清潔感が漂っている。
俺は受付の女性に事情を説明する。
しばらくして、女性に呼ばれ、奥の部屋に案内された。
その部屋は治療室というよりは、応接室といったような部屋だった。
立派な机と本棚に大量の書類…俺は言われるがままソファに腰かけて待っている。
ガチャリという音を立て、背後の扉が開いた。
思わず立ち上がり、後ろを振り返る。
そこには、白髪で丸々とした体形の高齢の女性と、先ほどの女性が立っていた。




