41話 アイラとの別れ
俺は宿屋を飛び出し、オーペルの町をくまなく探し回った。
冒険者向けの商店が立ち並ぶメインストリート、少しマニアックな店が軒を連ねる裏通り、診療所が多くある療養区、アイラの行きそうなところは全部見て回った。
結論から言おう、どこにもいなかった。
せめて、行き先だけでも聞いておけばよかった。
たぶんアイラのことだ、もうすでに国外へ出てしまったかもしれない。
俺はオーペルの町を出て、広い草原の彼方に目を向ける。
やはり、人影……犬影は見えない。
今から、宿屋に戻って、アルクにでも行き先を聞こう。
さっきの様子なら、行き先を知らなくても、なにかは知っているはずだ。
よし、宿へ戻ろう。
俺は、宿屋へ戻ろうと踵を返した。
振り返ったそこにはエルジェイドさんがいた。
ちょうどいい、エルジェイドさんなら何か知っているはずだ。
「エルジェイドさん、アイラはどこに行ったんですか?あなたなら何か知っているんでしょう?」
エルジェイドさんは俺をまっすぐ見て、静かに答える。
「ああ、知っている。旅先の相談を受けたからな。ただ、お前に口外するなとも言われている」
なぜ?それが彼の言葉に対する率直な感想だった。
口外するな…なんでだ?
言えば、俺が探しに行くとでも?
そう思うなら、なぜ何も言わずに出ていった。
俺が反対するからか?当然だろう、やっと会えたというのに。
「なぜ、口外するなと?エルジェイドさんはなにを知っているんですか?」
「なにをだと?全てだ。アイラが旅立った理由から、その行き先までを知っている」
「教えてください!」
俺の言葉にエルジェイドさんの眼光が鋭さを増す。
「断る」
なんとしてでも教えないつもりか…。
ならばやはり、アルクにでも聞くしかないか。
「どいてください。エルジェイドさんが教えてくれないなら、アルクに聞くまでです」
「そうはさせない。お前はアイラを信じて待てばいい。仲間なら、仲間を信じて待つことくらいはできるだろう」
信じて待つ?
なにもわからない、この状況で信じて待つだと?
そんなことができるか。
「せめて、理由くらいは教えてもらえないですか?」
「何度も言わせるな、仲間を信じろ」
らちが明かない。
何も教えない、聞くために戻ることも許されないでは、なにもしようがないじゃないか。
「どうすればどいてくれますか?」
「アイラを連れ戻すことを諦め、信じて待つと誓え」
なぜそこまで、こだわる?
仲間を連れ戻しに行くことが、そんなにいけないことなのか?
それともアイラは、もう俺たちと一緒にいたくないということなのか?
「別れも…行き先も告げず、追うことさえ許されない。なるほど、よほどアイラに嫌われたようですね」
俺の言葉にエルジェイドさんは語気を強める。
「違う!好いているからこそ、アイラは旅に出たんだ!お前ならわかってくれると信じて。そのお前がアイラを信じてやらなければ、アイラの気持ちはどうなる?」
「何もわからないのに、わかってくれるもなにもないだろ!いいからそこをどけよ!」
エルジェイドの言葉に触発され、俺もついつい語気が強くなる。
「どうしても、追いたければ俺を倒して行くんだな。ただし、俺に負けたら、アイラを信じて待つと誓え!」
その言葉に、俺は地面に手をついた。
そして魔力を集中する。
「空間魔法展開…ライトニングバースト!」
そして俺は魔法を放った。
およそ味方相手に使用するべきではない魔法を、高威力で。
今になって思えば、かなり動揺していたのだろう、完全に自分を見失っていたのだ。
しかし、あの時の俺には、それがわかっていなかった。
エルジェイドのいるところに巨大な雷が地面より立ち上った。
《エルジェイドside》
俺は数百年ぶりに仲間を得た。
名前をリアム、アルク、アイラというらしい。
俺の髪色、肌、武器、それらは知っているものが見れば、俺がガルバルド族だと理解するのに時間はかからない。
そんな俺に気さくに話しかけ、あまつさえ俺の足のケガに気づき、治療薬を渡すなど、同種族の者以外では、あり得ないことだった。
俺は、こいつらに興味がわいた、薬の恩もある。
だから、こいつらが許してくれるのであれば、ともに旅をしてみたいと思ったのだ。
ともに旅をしていると気づくのが、リアムという青年の強さ。
普段は後衛にて、前衛の援護を買って出ているが、彼は魔導士でありながら前衛でも戦えるのだ。
むしろ、前衛に出ることで味方を巻き込まずに済むため、戦いやすそうにすら見えるくらいだった。
しかし、彼は援護を買って出た。
そして表立って戦闘をこなしているのは、俺とアルクだが、アルクは未熟だ。
たしかに鋭刃流の技を習得しているし、その技を使えばたいていの敵は瞬殺できるだろう。
だが、それだけだった。
剣術の型は未熟、体さばきも未熟、探索面でいえば索敵も未熟、全てが中途半端だった。
だから、リアムはアルクに戦闘を任せることで経験を積ませようとしている、俺は最初そう考えていた。
しかし、少し様子が違う。
彼はアイラを戦闘に参加させないように動いている。
いくら獣人の娘といっても、戦闘力が低いのであれば仕方あるまい。
はじめはそう思っていたが、それは間違いだった。
アイラは強かったのだ、アルクなどでは足元にも及ばないほどに。
しかし、そうなるとなぜ戦闘に参加させないのかがわからない。
全員の生存を考えるならば、アイラにも戦闘に参加させるべきだ。
俺はそう考えていた。
だが、その答えはアイラ本人から聞かされた。
「われらパーティーが離散したのは、われのせいじゃ。われが転移トラップに気づかず、それを作動させ、みんなが巻き込まれた。だから、主さまはわれを戦闘に参加させないようにしたのじゃろう。またあんなヘマをせんように」
アイラはうつむきながらそう言った。
それから、俺たちはともに特訓をするようになった。
アイラは強くなることに貪欲だった。
強くなることで、リアムの信頼を得ようと必死だった。
「また、前のように前線を任せてもらえるようになる、われが主さまの道を切り開くのじゃ。そのためには、もっと強くならなくてはのう」
特訓のときのアイラの口癖だった。
この姿勢をアルクにも見習ってほしいと思ったが、彼は剣の才能がある。
才能があるがゆえに慢心し、成長を止めた。
そこから成長するには、彼自身が変わる必要がある。
しかし、まあ、今はそれは置いておこう。
ある日、アイラは落ち込んでいた。
話を聞くと、リアムと話をしたらしい。
そこで、リアムから守るべき存在だと聞かされたと。
本来であれば、恋する乙女としては嬉しい申し出なのかもしれないが、アイラは違った。
アイラはリアムに頼られたいと思っている。
守られたいとは思っていないのだ。
その日から、アイラに相談されることが増えた。
アイラはこのままここにいても、戦闘に参加できない以上、これ以上強くなることはできないと思っている。
「だから、強くなるため旅に出たい、そこで強くなって、主さまと肩を並べて歩けるようになりたい」
彼女はそう言って、目に涙を浮かべていた。
何度も稽古をする中で、俺はアイラを弟子のように思っていた。
だから、俺は、拳王の存在について話をした。
紛争地帯を南下すると見えてくる、森や山々に囲まれた辺境の地に、肉体鍛錬のみで七大強王に数えられる者がいると。
彼女の決心は早かった。
一度、東の大陸に渡り、時機を見て旅に出るという。
なるべくリアムに気づかれないようにと言っていたが、あの男に限って、何事もなく旅に出るのは難しいだろう。
アイラもそれは感じていたらしい。
だから俺は、リアムがアイラを追うのを止める役を買って出た。
アルクでは本気を出したリアムは止められない。
俺も止められるかはわからないが、弟子のためだ、師である俺が身体を張ってやろう、そう思った。
そして今、彼は本気の敵意を俺に向けている。
俺を倒してから行け、その言葉通り、俺を倒していくつもりなのだろう。
俺は魔眼を開眼した。
俺の魔眼は、魔力の流れを見ることができる。
対魔導士とは相性がいい。
リアムは手を地面についた。
魔力の流れがヴィジョンとして目に映る。
俺の真下から魔法を放つつもりか。
俺は、横に飛ぶ。
刹那、巨大な落雷が俺のいたところを襲う。
落雷?違う、魔力はたしかに下からだった、雷を下から立ち上らせたのだ。
これは魔眼で魔力の流れを予測できなければ回避できない。
なるほど、やつは本気だった。
瞬時に俺は、武器を構え、リアムとの距離を詰めるために動く。
しかし、そこに石弾が飛んでくる。
ひとつ、ふたつと武器ではじいた、次の石弾も同じようにはじいたが泥玉だった。
一瞬、視界を塞がれた隙に俺の身体は動きを封じられる。
足元には氷の大陸が広がっている。
航海中の海上で放った氷の魔法だ。
しかし、威力は抑えられている。
なるほど、意外に冷静じゃないか。
俺は、足に力を集約し、氷を引きはがすと、踏みこみひとつでリアムに肉薄する。
そして、両剣をリアムが抜いたばかりの剣に叩きつける。
両手対片手、力の差は歴然だ。
体勢を崩すリアムに対し、俺は武器を捨て、リアムの片腕を掴む。
そして、もう一方の拳をリアムの顔面に放つ。
あご先を狙い、意識を刈り取る一撃を。
俺の拳は見事にリアムのあご先を捉え、リアムは力なく、その場に崩れ落ちた。




