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40.5話 アルク・レインジーク

僕、アルク・レインジークは天才だ。

3大剣術のひとつ、鋭刃流の門をたたいて5日。

鋭刃流の代表的な技の1つ、瞬息の太刀を習得した。

同期の者はいまだに型の稽古に精を出しているというのにだ。


運が良かったと言えばそれまでかもしれないが、入門当日に鋭刃流の剣聖が立ち寄っていた。

その剣聖が模範として使用した瞬息の太刀を、見よう見まねで、理屈をなぞって試してみたらできてしまったのだ。


僕が入った道場の先生ですら、瞬息の太刀を使える者はいない。

つまり、たった5日で道場内で最も強くなったのだ。

だから、天才だ。


よくそんな腕で弟子たちに教えているなとも思うが、いや、彼らは凡人。

僕が特殊なんだ、だから彼らは彼らのやり方でやればいい。

僕は僕のやり方で強くなる。


ならば方法はひとつだと、すぐさま道場を飛び出し、冒険者として依頼を受け、魔物相手に自分の実力を試してみた。

はじめこそ、緊張と不安で苦戦を強いられたが、慣れてしまえば魔物など恐れるに足らん存在だと理解した。


そんなときある噂を聞いた。

中央大陸に魔王を倒した隻腕の大賢者がいると。

その大賢者は、魔法だけでなく剣術にも優れ、剣魔両方で並ぶ者がいないほどの腕であるという。


これだ!と思った。

この大賢者様に挑むことで、自分の強さがわかる。

あわよくば、大賢者様を倒すことができれば、自分の名が売れる。

そんな風に思っていた。


それからというもの、その大賢者様についての情報収集を始めた。

情報を集めていくと、彼の凄さが徐々にわかってきた。

その頃になると、もう倒して名を売るという考えは薄れていた。

そして、いつしか憧れを抱くようになった。


そんなとき1つの噂を耳にする。

大賢者がレイニア王国で依頼を受けていると。

僕は急ぎレイニア王国へと向かったのだった。


レイニア王国の首都レインフォース。

ギルドの受付に話を聞くと数日前に遺跡探索に出て、無事に行方不明の冒険者を救出したと言っていた。

さすがは大賢者様だ、なぜか僕も鼻が高い。

別に僕がなにかを成し遂げたわけではないのだが、憧れる人物が周りから称賛されているのは、やはり気分が良かった。


しかし、肝心の本人がいない。

ここ最近はギルドにも顔を出していないという。

入れ違いになったか。

そう思い、肩を落としながら酒場に行くと、彼はいた!

赤みがかった茶髪に隻腕、装備は軽装で…彼がリアム・ロックハートだと一目でわかった。


僕は、はやる気持ちを抑え、彼に話しかけた。

しかし、彼は覇気がなく、反応も鈍く、うつろな目をしていた。

これが大賢者として、数々の偉業を成し遂げてきた男の姿か?

そんなはずはない、これじゃあまるで、落ちこぼれた冒険者崩れじゃないか。

それにたしか情報では美女を引き連れていると聞いたのに…いないな。


「…死んだよ」


僕の問いかけに彼はポツリとそう言った。

目の前の彼が、なんでこんなことになっているのか、その言葉で理解した。

彼は失ったのだ、大切なものを。


しかし、よくよく話を聞くと転移トラップに巻き込まれただけのようだった。

それならまだ希望はある。

そう伝えてからの彼の行動は早かった。

正直置いて行かれるのではないかと思い、焦って追いかけた。

それからは、彼と一緒に旅ができることになった。


「ソフィリアっていうハイエルフの女性に力をもらったんだ。彼女に助けてもらっていなければ、俺はここにはいない。だから、彼女を助けたいと思ったし、彼女には自由に世界を旅をしてほしい」


ソフィリアさん、リアムさんの恩人のようだ。

彼女の話をするときは、どこか遠い目をするのが印象的だった。


「俺のパーティーには俺と同じ歳なのに鑑定眼が使えて、なんでも知っている子がいるんだ。名はルーナといってな、最初はいろいろ彼女に教えてもらったりもしたな。片腕になってからはいろいろ世話を焼いてくれたし、感謝もしているんだ」


ルーナさんは、一番付き合いが長いらしい。

話を聞く限り、リアムさんに気があるのは明らかなのに、この人は気づいていないのだろうか。

でも、彼女の話をするときは笑顔が増えているように感じた。


「アイラは魔獣族のガルムなんだ。戦闘力が異常に高い、正直今やったら勝てないかもしれないな。少し不器用な子だが、周りのこともちゃんと見ているし、見た目のわりには頼れるんだ」


アイラさんは、一緒に戦闘をこなしていただけに信頼が厚い。

彼女の話をするときのリアムさんは、優しい目をしていた。


それからもいろんな話を聞いた。

聞いていくうちに、どんどん憧れが強くなった。

この人のようになりたいと強く思った。


そして、手合わせをして負けた。

魔法なしの、単純な剣術だけの勝負で負けたのだ。

負けたのは初めてだった、今まで剣士とも戦ったし、魔導士とも戦った。

みんなだいたいは一撃で倒すことができた。

瞬息の太刀はそれほどの技なのだ、それが通用しなかった。


たぶんリアムさんは初見だったはずなのに、防がれて、そのまま攻守が入れ替わって、つけ入るすきもなく叩き伏せられたのだ。

完敗だ、でも不思議と悔しくはない。

それほど剣術の稽古に時間を割いていないからか、それとも憧れのリアムさんが相手だったからか。


きっと後者だろう。

この人のもとで強くなりたい、この人の強さの秘密が知りたい。

そう思い、弟子にしてくれと頼んだが、断られた。即答だった。

断られる気がしていたとはいえ、さすがにちょっとショック。


この頃のリアムさんは、マジリカーナでプリシアとのやりとりをして、少しの希望が見えたからか、表情も明るくなってきた。


そんなとき、弟子にできない代わりにと、魔法を教えてもらえることになった。

初級水属性魔法ウォーターボール、実践で使えるように詠唱なしで訓練した。

はっきり言おう、これは無理だ。

なにをどうすれば、魔法が使えるのかわからない。

それでもアドバイスをもらいながら、なんとか水の玉を作ることができたのだ。


嬉しかった、初めての魔法だ、今までツラかっただけに涙があふれそうになる。

ふと、リアムさんの顔を見ると、リアムさんも目に涙を浮かべているように見えた。

それを見たら、もう我慢できなかった。

僕の目から涙がとめどなく流れ出た。


そんなこんなで旅をしているとアイラさんが合流した。

感動の再開だ、涙なくしては語れない…と思っていたが、案外あっさりしたものだった。


「アルク・レインジークです。リアムさんに憧れて一緒に旅をすることになりました。よろしくお願いします」


「うむ、アイラだ。よろしく頼む」


アイラさんは、見るからに不機嫌だった。

僕も違和感は感じたんだ、やっと再会したのにあっさりしすぎている。

もっとこう、抱きしめたりとかがあってもよさそうなものなのに。


「…ぶつぶつ……せっかく急いで……良かったなの一言くらい……ぶつぶつ…われよりルーナたちのほうが大事なのか………ぶつぶつ」


ははーん、なるほど、アイラさんの不機嫌な理由はこれだ。

僕は納得した。

だから僕はこっそり、アイラさんに耳打ちした。


「リアムさん、旅の間ずっとアイラさんの心配をしてましたよ。それでもアイラさんなら大丈夫だって、自分に言い聞かせてたんですよ。戦闘では自分より強いかもしれないとも言ってたな…アイラさんはずいぶん信頼されてるみたいですね」


僕の言葉を聞いて、アイラさんは目を輝かせ、耳をピンと立てた。

そして尻尾をフリフリ、先ほどとは打って変わって上機嫌な様子だ。


「そ、そうか。主さまが、われの心配をのう。そうか、そうか。なんじゃ、もう、素直じゃないのう。そんなに信頼されとるのか、そうか…そうか。おぬし、たしかアルクと言ったか、今後ともよろしく頼む」


この人…意外とチョロいな。

それと、リアムさんのことが大好きみたいだ。

リアムさんのことを素直じゃないと言ってはいるけど、自分も全然素直じゃないんだな。


「会いたかった、愛している…くらい言ってもいいんじゃないんですか?」


からかい半分で、アイラさんに耳打ちしたら、わりと本気で殴られた。

目の前で星がチラついている。

アイラさんはというと、顔を真っ赤にし、まんざらでもない様子。

からかうのは面白いけど、ほどほどにしないと命の危険があるかもしれない。


しかし、アイラさんの上機嫌も長くは続かなかった。

途中からエルジェイドさんも加わり、アイラさんの戦闘機会が目に見えて減った。

森の中で魔物と遭遇した時でも、リアムさんはアイラさんの身を案じてばかりいた。


それによるストレスの蓄積が原因か、不機嫌というか寂しそうというか、そんな感じでいることが増えた…機嫌がいいのは食事時のみになった。

この頃くらいから、夕食前にエルジェイドさんとアイラさんで実戦形式の特訓をするようになった。


そしてとうとう、その日が来た。

オーペルの宿屋、夕食後の食堂。

リアムさんは旅の疲れからか、先に自室に戻っている。

そして、ゆっくりとアイラさんが口を開いた。


「われは1人で旅に出る。われは主さまと肩を並べて歩くには力不足なようじゃ。主さまのことよろしく頼む」


僕はパニックになった。

せっかく再会できたのに、なぜ、また別れるのか?

そもそもアイラさんはリアムさんが大好きなはずじゃないか。

僕は考えがまとまらないまま、アイラさんを引き留めようとした。


「待って、待ってください。なんで?せっかく会えたのに。ちゃんと話し合えば…」


「なにも今生の別れというわけではない。きっと主さまならわかってくれる」


アイラさんに僕の言葉はさえぎられた。


アイラさんもエルジェイドさんもわかっていない。

リアムさんはそこまで強くないんだ。

レインフォースで見たときのリアムさんを知らないから、そんな簡単に言えるんだ。


「でも…やっと会えたのに、今、別れたら…」


その先の言葉は出てこなかった。

納得はしていないが、理解はしていた。

僕が何を言おうと、アイラさんを引き留めることはできないと。

エルジェイドさんとアイラさんの様子を見るに、2人の中ではすでに話が通っているのだと。


だからひとつだけお願いすることにした。


「今日だけは…今日だけはリアムさんと一緒にいてあげてください。せめて、お別れの言葉だけでも…どうか」


僕の言葉にアイラさんはうなずき、部屋に戻っていった。


その翌日の早朝、僕とエルジェイドさんが見送るなか、アイラさんは旅立っていった。

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