40話 医術大国カルテリオ
俺たちは周囲が明るくなってから、旅を再開した。
ここは獣人の国ガルガルの領地内にある大森林。
ガルガルは国といっても、そのほとんどが森林になっており、獣人たちはその森林を保護するように生活しているらしい。
道中、魔物にも何度か遭遇した。
虫のような姿の魔物から、爬虫類、哺乳類型など、大森林というだけあって動物のような見た目の魔物が多い。
魔物のランクはアールステラトーン大陸とそう変りないように感じる。
相変わらず、魔物に関してはエルジェイドとアルクの担当だ。
アイラは変わらず、退屈そうな顔をしているが、森の中では俺の左側に寄り添い、不慣れながら俺の行動をサポートしてくれている。
その行動は、手慣れたルーナや面倒見のいいソフィリアと比べて、ややぎこちないところもあるが、俺としては助かっていた。
片腕での森林探索、それは思いのほか不自由なものだったのだ。
森を抜け、数日かけ医術大国カルテリオの首都に到着。
町の入り口で帆船の乗組員たちとは別れた。
カルテリオの首都オーペルはキレイに整備された町だった。
建物は碁盤目状に建てられ、一目でも地図を見れば自分の居場所が把握できるだろう。
医術大国というだけあり、道具屋や食料を売っている商店ですら、薬草や回復薬などの品ぞろえが豊富だ。
エルジェイドはなぜか、入り口の手前からずっとフードを深々とかぶり、自分の武器には何重にも布を巻いている。
なぜかと問うと、見た目でガルバルド族だとバレるとなにかと厄介らしい。
逆に怪しいのではないかと心配したが、杞憂に終わった。
この町では、フードや頭巾をかぶった人が多いのだ。
どうやら診療所などで働く魔導士や治癒術師は、頭にフードや頭巾をかぶるようになっているらしい。
これならば、種族がバレてトラブルになることも少ないかもしれない。
それにしても、診療所で働くような人が、エルジェイドのように筋骨隆々としているのだろうかと疑問に思うところではあるが、それには触れないことにしよう。
俺たちは真っ先に宿屋を目指す。
まずは行動の拠点を確立することが最優先なのだ。
それから、商店で旅に必要なものをそろえ、ギルドに行き情報を集める。
これは、ここ一年、俺たちが旅をする上で作り上げた町でのルーチンワークだった。
俺たちは町の入り口から少し進んだところの宿に部屋を借りる。
部屋割りは相変わらず、俺とアイラ、エルジェイドとアルクという感じだ。
日も落ちかけているため、今日はこのまま宿屋で休息をとることになった。
宿屋の部屋は2階にあり、1階は受付と食堂になっている。
俺たちは1階の食堂で夕食をとると、俺以外の3人はその場に残った。
俺は1人部屋に戻ることにした。
航海の際に魔力を消費したことが響いているのか、疲労感が残っている。
俺はアイラの帰りを待たずにベッドに潜り込んだ。
アイラにはエルジェイドとアルクがついている。
万が一にも危険はないはずだ。
俺は静かに目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
夢を見た。
場所はよくわからないが、フワフワした心地よい感覚。
身体を包み込む温もりは実に心地よい。
なにか聞こえる…なんだ、誰だ?……聞き取れない。
「…お別れだ……」
それだけが聞こえた気がした。
その声は聞き慣れた、落ち着いていて、それでいて少女のような声色だった。
そして、ゆっくりとフワフワした感触は薄れ、心地よい温もりも消えてしまった。
目を覚ます。
外はすでに商人や冒険者たちでにぎわい始めている。
久しぶりにベッドで休んだこともあり、やや寝坊したようだ。
部屋を見回すが、アイラの姿はない。
荷物もないところを見ると、先に町にでも下見に行っているのだろう。
俺は簡単に身支度を整え、アルクたちがいるであろう部屋を訪れる。
ノックをしても応答がない。
みんなで食堂にでもいるのだろうか。
そう思いながら階段を下りていくと、いた。
奥のテーブルに金髪の青年とフードをかぶった筋骨隆々の男が座っている。
やはりアイラの姿がない。
アイラのことだ、キレイな街並みに興奮し、1人で散策に出たのかもしれない。
俺が、奥のテーブルに向かうと金髪の青年が俺に気づいた。
「あ、リアムさんおはようございます…」
金髪の青年アルクは、いつもニコニコとしていて一見すると軽薄そうな男だ。
仲間を失った俺は、彼の笑顔に何度も救われた。
その彼から、いつもの笑顔が消えている。
ニコニコとしてはいるが、作り笑いなのがバレバレだ。
何度も救われた笑顔を、俺が見間違えるはずがない。
なんだ、なにかトラブルでもあったのか?
「すまない、少し寝すぎたようだ。俺が寝ている間になにか問題はなかったか?」
俺の問いにアルクは眉をひそめた。
そして、視線を俺からエルジェイドに移す。
俺もエルジェイドに視線を移すが、エルジェイドは腕を組んだまま、目を閉じ、なにかを考えている様子だった。
アルクが表情を崩し、エルジェイドが考え込むほどの問題…それはかなり大きな問題なのではないだろうか。
それならば、早くアイラを連れ戻し、必要な情報を集めて出発したほうがいいのではないか。
そうだな、まずはアイラを呼びに行く必要があるな。
「ところでアイラは散策にでも行っているのか?部屋には荷物もなかったから出かけていると思うんだが聞いていないか?」
俺の問いにアルクはうつむいた。
エルジェイドも俺の問いに答えようとはしない。
なにかがおかしい、なんだ、なにがあった?
「とりあえず、俺は外にアイラを探しに行く。2人はここで待っていてくれ」
俺は2人にそう伝え、宿屋を出ようとした。
そんな俺をエルジェイドは引き留めた。
「いや、アイラはもういない。1人で旅に出た」
「えっ!?」
それ以上の言葉は出てこなかった。
旅に出た?1人で?なんのために?
やっと会えたんじゃないか、これからルーナとソフィリアを一緒に探すんだろう?
わからない、わからない、わからない。
「いや、だって…えっ、ちょっと待って。やっと…やっと会えたんだぞ?これから残りの仲間も探すんだろ!?それが…なんで、旅?はっ!?何を言っているんだ?」
自分でも言葉がまとまっていないのが分かる。
そもそも頭が混乱しているのだ。
と、とにかく探しに行かなきゃ。
そう思い、出口に向かおうとする俺の腕をエルジェイドが掴む。
遅れて、アルクも俺の前に立ちはだかる。
「アルク…お前も俺の邪魔をするのか?お前は俺の敵なのか?なあ、どうなんだ?」
俺はエルジェイドの腕を振り払い、たじろぐアルクを横目に宿屋を出るのだった




