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39話 海の大食漢、カリブディス

船外へ放り出された船長を追い、俺とエルジェイドも船外に飛び出した。

俺たちは言葉を交わすことなく、互いの役割を理解していた。

エルジェイドはもう少しで船長の服をつかみ、空中で保護するだろう。

俺は2人よりも先に海面にたどり着く、それなら、俺がやるべきことはひとつだ。


俺は空中で手に魔力を込める。


「空間魔法展開…フローズンエラ!」


着水とほぼ同時に氷魔法で海面を凍らせ、着地。

そのまま凍らせる範囲を拡大、エルジェイドと船長も氷上に着地。

もっとだ、この渦潮の流れを止めるくらい……。

徐々に、渦潮も凍りつく、やがて渦潮の中央にある口ごと凍り付かせることができた。


「はあ、はあ、はあ…」


息が切れる。

やはりこの海域の主だな…この量の魔力を消費したのは久しぶりだ。

魔力の消費により俺は足に力が入らず、膝から崩れ落ちた。


「見事なものだな。お前の全力を初めて見た気がする…凄まじいな」


そう言いながら、エルジェイドは手を差し伸べてくれた。

船長は目を丸くしながら周囲を眺めている。

俺も周囲を確認する。

渦潮ごと凍らせたせいで、帆船は役には立たないだろう。

ここからは、氷上を歩いて移動するしかない。


幸い、目的の大陸は目視できている、1時間も歩けば到着できるだろう。

この距離なら残りの魔力で大陸までの海面は凍らせることはできそうだ。


「すまない、船をダメにしてしまったな。ここからは歩いていくことになるが…」


俺の言葉を船長はいまいち理解できていない様子で、ただただ俺を見上げている。

しかし、ハッとした様子で立ち上がる。


「いや、船はもういい。助かったよ、まさかカリブディスを倒せるやつが存在するなんてな」


そう言いながら、俺の背中をバシバシと叩く。

俺たちは船内にいるアルクやアイラ、船員に状況を伝え、氷上での移動を開始した。


氷上の移動を開始して数十分、もう大陸は目の前だ。

そんな時、バキバキと音を立て足場がぐらつき始めた。

下を見ると、氷上にひびが入り始めている。


とっさに後ろを振り返った。

先ほどの渦潮の中心が大きくせり上がっていく。

俺とエルジェイドの判断は早かった。

エルジェイドは俺が指示を出す前に、周囲の船員に指示を出している。


「アイラ、船員を先に避難してくれ!アルクとエルジェイドも避難の手助けを!」


指示を出す俺にエルジェイドが叫ぶ。


「なにしてる!?お前も来い!」


俺は振り返ったまま、足を止めた。

それを見たエルジェイドが引き返そうとしたが、アルクに制止され、船員とともに避難を始めた。


その間も、どんどんと海面はせり上がっていき、とうとう氷を突き破り、海域の主がその姿を現す。


デカい、帆船の十数倍はあろうかという大きさの球体をした貝のような姿をしている。

その頂点には、確認できないが、きっと先ほどの牙を備えた大口があるのだろう。

球体の下のほうには、何本もの触手がうごめいている。

なるほど、あの触手を使い海中を移動しているというわけか。

それにしても、あの大きさ……俺に止められるか?いや、止める!


俺は一度だけ背後を確認した。

アイラはすでに船員を陸地に避難させている。

エルジェイドとアルクも船長とともに、もうすぐ陸地に到着するだろう。

これなら、いける!


俺はバキバキと氷塊をかき分けて進んでくる巨大な魔物へ向かい魔力を集中した。

剣術の訓練で使用した氷の魔法アイシクルゲイザー、巨大な氷柱がカリブディスに何本も突き刺さる。

しかし、カリブディスは止まらない。


まるでダメージがないな、外皮…いや、外殻の強度が桁外れというわけか。

それなら、直接体内に魔法をぶち込むまでだ。


しかし、先に動いたのはカリブディスだった。

巨大な本体の頂点にある大口から勢いよく巨大な物体を吐き出している。

それは、先ほどのシーホースやシップバイトシャーク、なにかの骨、岩、そして先ほどのみ込んだであろう巨大な氷塊。

まるで、噴火した火山のようにどんどんと吐き出してくる。


それらが空から降り注ぎ、足場を容赦なく奪っていく。

長期戦はマズイ…海に落ちたら、まず勝ち目はない。

それに残りの魔力もそこまで多くない、やはり海面を凍らせるのに魔力を使いすぎたか…なかなか魔力が回復してこない。


俺は残りの魔力を集中する。

そして、カリブディスの大口にめがけて、その魔力を一気に放出した。


「空間魔法展開…トールハンマー!」


巨大な雷の鉄槌が、カリブディスの大口に飲みこまれていく。


ボグン

鈍い爆発音とともにカリブディスの巨体が揺れる。

同時に頂点から黒い煙がモクモクと立ち上る。

そして、その巨大な本体が力なく沈み始めた。


周囲には大波が発生し、砕かれた足場は、さらに不安定なものとなる。

マズイ、早く避難を…。

しかし、足に力が入らない。

意識も沈んでいく…この感覚…魔力が枯渇し……て……。

薄れゆく意識の中、氷塊を飛び移りながら、ものすごい勢いで近づいてくる、銀色の狂犬の姿が見えた…が、俺はそのまま静かに目を閉じた。



「ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ…」

なにかが口の中に流れ込んできた感覚に俺は目を見開いた。

目の前にはアイラの顔がある、やや赤みを帯びているようにも見えるが、暗くてよくはわからない。


そうか、俺は魔力切れで気を失っていたのか。

上体を起こすと、近くにはアイラとエルジェイドがいた。

遠くに見える焚火には、アルクと帆船の乗組員が車座になり談笑しているのが見える。

俺は、アイラに視線を移した。


「すまない、助かったよ。本来なら、俺が助けなきゃいけないところなのにな」


「なに、気にするな。おぬしのおかげで、みな無事に大陸を渡ることができたのじゃ」


そう言うと、なぜかアイラは複雑な表情を浮かべ、小さく微笑んだ。


「俺は長いこと気を失っていたのか?」


俺の問いにエルジェイドが歩み寄り答える。


「いや、1時間も経っていない。ここは森の中だから薄暗いが、少しずつ日も昇り始めているはずだ」


そうか、1時間…たしか前回、魔力切れを起こしたときは2日間は寝込んだと聞いていたが、あれから修行をしたから魔力の回復量が増えたのか?

いや、それとも急に大量の魔力を消費したから、その反動でってだけで、魔力切れではないのか?

ここ最近、探索ではソフィリアに頼りっぱなしだったから、それもあり得るな。


あれこれ考えていたが、その答えはエルジェイドによってもたらされた。


「アイラがお前に聖水を飲ませた。魔力が枯渇していても、少しは回復するようだな。まだ全快にはほど遠いだろうが、アイラに感謝しろ」


そうか…さっきの口の中に流れ込んできた生温かい感触は聖水だったか。


「アイラ、ありがとう。何度も助けられていたようだな」


アイラは俺の言葉に顔を赤くし、口元を腕で拭った。

そして、耳と尻尾をピンと立てて焚火のほうへ歩いて行った。

やはり最近のアイラの様子がおかしい気がする…しかし、あまり踏みこむと怒られるし、アイラなら、なにかあれば言ってくるだろう。

俺もエルジェイドに肩を借り、焚火のほうへ向かう。


「あっ、リアムさん、目が覚めたんですね。よかった、もうすぐスープができるので、そこらへんに座っていてください」


アルクは船員が集まる中でも給仕担当のようだ。

俺が腰を下ろすと、数名の船員が近寄ってくる。


「兄ちゃん、やったな!まさか、カリブディスをやっつけちまうとはよ」

「あなたが噂の大賢者様とは、つゆ知らず、ご無礼をお許しください」


どうやら、アルクがなにか話をしたらしい。

船員は気さくに俺の肩に手を回し、手に持った酒を勧めてくる。

そこへ船長が割って入った。


「一時はもうダメだと思いましたが、助かりました。今後はどうするおつもりで?」


「今後は日が昇り次第、森を抜け、医術大国と言われるカルテリオに向かう。あなたたちこそどうするつもりだ?」


俺の問いに船長は手もみしながら、下手くそな作り笑いを浮かべた。


「私たちも、その、カルテリオに向かい、そこから船を購入しエランドポートに戻ろうと思います。今なら、カリブディスもおとなしくしているでしょうし、いつもよりは安全に航海ができるでしょうから。それで…その、カルテリオまで同行させてもらっても?」


なるほど、森を抜けカルテリオに向かうまでの護衛役としても俺たちと行動を共にしておきたいというわけか。

さすがに船長ともなると賢いな。


「いいだろう、ただし条件がある」


「条件!?」


俺の言葉に船長は眉をピクリと動かし、作り笑いを消した。


「そうだ。航海のための賃金は支払う。船もダメにしてしまった、それについても多めに出そう。その代わり、今後もガルバルド族が望めば、船に乗せてやってほしい。今回、船員が無事なのは、俺だけでなくエルジェイドのおかげでもある。それがイヤなら、ここからは別行動だ、お前たちの護衛を引き受けてやる義理はない」


「そんなことでしたら問題ありません。エルジェイドさんにも感謝しております。彼が望めば専属の護衛として、今後も船に乗っていてほしいくらいですよ」


そう言うと船長は再び笑顔を作った。

先ほどの作り笑いよりは自然に近い笑顔だ、嘘はないのだろう。

俺はエルジェイドに視線を移したが、彼は首を横に振っている。


「それなら、カルテリオまで一緒に行きましょう、日が昇って明るくなったら出発だ」

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