38話 3つの航路
紛争地帯に入ってから、2か月ほどが経過していた。
紛争地帯といっても、そこかしこで小国同士の小競り合い程度の戦争が起こっているといった感じだ。
ルートさえ、間違えなければ、そこまで危険はなかった。
アイラと話をしてから、アイラは戦闘に参加しないことについて不満を言うことはなくなった。
ただ、エルジェイドとアルクが魔物と戦っているのを見る目が、少し寂しげなものである気がした。
しかし、不満を言わないあたり、俺の考えに納得してくれたのだと思いたい。
さて、俺たちは今、平原の大岩の影で野営中だ。
エルジェイドとアルクが仕留めた、3本のドリルのように鋭い角を持つ獣の姿をした魔物、トライホーンライノの肉を焼いている。
少し離れたところでは、エルジェイドとアイラが特訓をしている。
今日は珍しく素手のようだ。
調理担当は俺とアルクだ。
パチパチ、ジュージューという音だけが、静かな平原に響いている。
焚火の揺れる炎と、焼ける肉を見つめながら、アルクが口を開いた。
「ここから東の大陸に渡るには3つの航路があります。
最も安全ですが高価で時間のかかるライラック王国からの航路。
危険ですが安価で最速のエランドポートからの航路。
その2つの中間的なソルラクト王国からの航路。
この3つの航路があります。」
俺は座った状態で頬杖をついて考え込んだ。
ライラック王国とソルラクト王国は中央大陸にあるため、その2つの航路を選択するとなると、どうしても時間がかかる。
安全をとるか、到着までの時間をとるか……果たしてどっちが正解か。
俺が考え込んでいると、エルジェイドとアイラが特訓を終え、帰ってきた。
肉も焼けている、ちょうどいい、みんなの意見を聞こう。
俺は焚火を囲むように座る3人に相談を始める。
まず3つの航路と、そのメリットとデメリット、そして個人の取りたいルートを聞いてみる。
まずはアルク。
アルクは、時間がかかってもライラックからのルートを希望した。
なんでも、エランドポートからのルートでは海上で魔物に襲われやすいらしい。
また、ソルラクト王国は魔族に対する偏見が根強く、なにかしらのトラブルに巻き込まれる危険があるとのこと。
次にアイラだが…。
「われは細かいことはわからぬ。主さまの判断に任せるぞ」
ということらしい。
両手に生焼けの肉を持ち、モッキュモッキュと頬張っている。
最近は元気がないように見えたが、肉を食べているときは満面の笑みで幸せそうだ。
なんでも自分では調理ができないらしく、俺やアルクの焼いた肉が美味くてたまらないらしい。
エルジェイドもアイラと同意見のようだ。
ただ、彼は、中央大陸へ足を踏み入れるのに躊躇している感じだった。
以前に、中央大陸に渡ったときにガルバルド族を恐れた国境騎士団と、ひと騒動あったらしい。
3人の意見を聞き、俺は再び考える。
たしかに安全なルートを選びたい。
しかし、捜索対象がルーナとソフィリアだ、アイラならともかく、この2人は緊急性が高い。
それに、中央大陸でエルジェイドがトラブルに巻き込まれないとも限らない…よし!
「エランドポートからの航路でいきたいと思う。海上では俺とエルジェイドが護衛にあたり、なるべく安全を確保しながら進もう」
俺の決定に誰も文句は言わなかった。
エルジェイドはうなずき、アルクはエランドポートまでのルートの確認を始めた。
アイラはというと…肉のおかわりを、どんどん口の中に運んでいた。
3日が経った。
目の前には港町エランドポートが見える。
紛争地帯の中にしては大きな町だ。
町に入ると俺たちは、船員と話をつけるため、まず港へ向かった。
船員はあまりいい顔をしなかった、やはりエルジェイドを乗せることに抵抗があるらしい。
なんとか、頼みこむと通常の3倍の金額と海上での船の護衛を要求された。
エルジェイドは踵を返し立ち去ろうとしたが、俺はその条件をのんだ。
それを見て、エルジェイドは目を見開き驚いていたが、俺としても海上の警備はエルジェイドにいてもらわないと困るし、金額も払えないほどではないのだ。
「お前も変わり者だな」
そんなことを言いながら、エルジェイドは俺の肩に手を置き、小さく笑った。
出発は2日後の深夜だ、それまでに必要な品を各自準備するとして、俺たちは宿屋に向かった。
そして、出発の日。
俺たちは打合せ場所に時間通りに集まった。
小さな帆船だ、船室はなく、船員は10名程度。俺たち以外の乗客もいない。
なるほど、ガルバルド族と一般乗客は一緒には輸送できないらしい。
俺たちは船に乗り込んだ。
どうやら船は、魔導士が風を起こし、海流を操作しているようだ。
帆船は順調に海を進んでいく、しかし、しばらくすると、船の速度が落ちた。
その理由は俺たちにもわかった。
海上になにかいる…しかも複数だ。
俺は暗闇の中、目を凝らした。
少し遠くに島が見えた、あれが東の大陸だろう。
その手前、海上に浮かんでいたのは馬の頭、目の前の大海原を悠然と泳いでいる。
あれは、シーホース。
船上が一気に慌ただしくなる。
シーホースは津波を起こす魔物だ。
帆船程度ではひとたまりもない。
しかも、やつらは船から離れた海上にいる。
エルジェイドの両剣の範囲外だ…俺がやるしかないか。
しかし、シーホースが津波を起こすことはなかった。
それどころか蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「シップバイトシャークだ!」
船員が叫んだ。
それとほぼ同時にシーホースに飛びかかり捕食する巨大な魚影。
船ですら、ひと噛みで沈没させるほどの巨大なサメの魔物が群れを成している。
「おい、お前ら!船の護衛をする約束だろ、早くなんとかしろ!」
船員はオロオロしながら、俺たちに詰め寄る。
エルジェイドは俺の顔を見て首を振った。
やはり、俺がやるしかないらしい。
しかし、どうする…海中を移動する魔物を仕留めるのは容易ではない。
「空間魔法………」
突然、船が大きく傾き、俺は魔力の集中を解いた。
いつの間にか、目の前に大きな渦潮が出現していた。
シーホースもシップバイトシャークも渦潮に飲み込まれていく。
船も同様にうず潮に流され、徐々に中央部分に引きずり込まれていく
渦潮の中央には牙の生えた巨大な口、きっと海水ごと捕食する気なのだろう。
「そんな…カリブディスだと……この海域の主だ、もう助からん」
船長は頭を抱え膝をついた。
船内の魔導士が起こす風魔法程度では逃れることができない。
ものすごい勢いで、渦潮の中央へ引きずり込まれていく。
船は傾き、なにかにつかまっていないと船外へ振り落とされそうだ。
俺も近くの手すりにしがみつく。
突然、反対の方向へ船が大きく傾いた。
その瞬間、揺れの衝撃で船長は悲痛な叫びとともに船外へ放り出される。
それを見た俺とエルジェイドは互いに顔を見合わせた。
そしてどちらからともなく、船長を追って船外へ飛び出していった。




