37話 魔族の偉丈夫、エルジェイド
俺は、茂みから飛び出し、目の前の魔物に囲まれている人物の援護に向かう。
しかし、数歩目で俺の足は止まった。
彼を取り囲んでいた10匹ほどのバーサーカーアントが瞬殺。
そう、目の前の男は強かったのだ、恐ろしいほどに。
俺も魔法を使えば、同じことができるだろう。
しかし、彼は魔法を使っていない。
使ったのは、あの奇妙な武器。
槍とも剣とも形容しがたい、その武器は、二本の剣を柄の部分で合体させたような…中央の持ち手から両端に刃が付いている。
それを剣のように薙ぎ払ったり、槍のように突き刺したり、手の上で回転させながら舞を踊るような体さばきで前後の魔物を同時に倒したりと。
その戦闘方法は、俺の知らないもので、気づくと俺は彼の戦いに目を奪われた。
魔物を倒し終えた彼は、武器についている魔物の血を一振りで飛ばすと、俺に視線を向けた。
青白い肌に鋭い眼光、体つきは筋骨隆々という言葉がぴったりで、その風貌から歴戦の戦士であることが容易に想像できた。
「どうした、道にでも迷ったのか?」
彼はボーとしている俺に向かい歩み寄る。
その声は低く、身体の奥底へと通るような声だった。
「あ、いや、魔物に囲まれていたから援護しようと思ったんだが…ははは、必要なかったかな」
俺がそう言うと彼は目を丸くして驚いていた。
「お前は俺が怖くないのか?」
俺にはその言葉の意味が理解できなかった。
たしかに彼の殺意を自分に向けられれば恐怖するかもしれないが、彼は今、俺に優しく問いかけているだけだ。
それだけで恐怖を覚えるとは、到底思えないのだが…。
「いや、あなたが先ほどの魔物に向けていた殺気を俺に向けてきたら、あるいは逃げ出すかもしれない。でも、今は殺気は感じられない。恐怖する理由はありませんよ」
そういう俺に、彼は俺の背後を指さした。
見ると、アイラは毛を逆立てながら威嚇しているように見えるし、アルクの目にも恐怖の色がうかがえた。
なぜだ…彼はまだ何もしていない。
魔物を倒しただけだ…恐怖する理由が俺にはわからない。
状況を飲みこめない俺に彼は言った。
「俺はガルバルド族だ。この世界の歴史に詳しい者なら、俺の容姿を見れば俺の種族が分かる。やつらは俺ではなく、俺の種族自体に恐怖しているのだ」
ガルバルド族…聞いたことがある。
過去に幾度となく繰り返された人間と魔族の間での戦争。
その戦争で圧倒的な戦闘力をもって、人間に最も多くの被害を及ぼした種族、それがガルバルド族だ。
はるか昔に滅んだとされていたが、まだ生き残りがいたとはな。
「そうですか、ガルバルド族…。では、俺たちもさっきのバーサーカーアントのように…殺しますか?」
俺は冷静を装いつつ、手に魔力を込める。
俺の言葉に彼は少しムッとした様子だったが、ため息交じりに答えた。
「お前たちを殺す理由はない。手を出されなければ、俺から手を出すことはない」
そう言うと男は踵を返した。
よく見ると足を引きずっているように見える。
俺は思わず彼を呼び止めた。
「待ってください。これを。気休め程度になるかもしれませんが、ないよりはマシでしょう」
そう言いながら、懐からハイポーションを差し出した。
なぜそこまでしたかと聞かれるとわからない。
ただ、俺にはこの男に暗い過去があるように感じた。
その過去にとらわれ、苦しんでいるように見えたのだ。
「お前は、なぜ俺にここまでする?」
「さあ?周りに嫌われてかわいそうだなってところですかね。俺は特に怖くはないですし。この世に一人くらい、あなたに優しくする者がいてもおかしくないと思いますよ」
それを聞くと男は視線を下げ、自嘲気味に小さく笑った。
そして、ハイポーションを一気に飲み干す。
「俺はエルジェイド・ガルバルドだ。種族の生き残りを探している。お前の旅の目的はなんだ?」
「俺は遺跡で転移トラップに巻き込まれた仲間を探すため」
「そうか、目的は同じ人探しか。それなら互いの探し人が見つかるまでの間は、俺も同行しよう。かまわないか?」
彼はやや不安げな表情を浮かべていた。
歴戦の戦士でもこんな顔をするのかと俺は意外に思った。
「もちろんです、俺はリアム・ロックハート。よろしくお願いします」
俺たちは握手を交わした。
こうして、また一人、俺たちの旅に仲間が加わった。
アルクもアイラもはじめは警戒して、彼を受け入れなかった。
しかし、数日も旅を共にしていると彼への警戒は薄れていった。
「のう、エルジェイドよ。おぬしの武器はなんじゃ?見たことがないが」
そう問いかけたのはアイラだった。
最近アイラは、旅の隙間時間にエルジェイドと鍛錬している。
鍛錬といっても真剣での戦闘訓練だ。
はじめはケガの心配をしていたがエルジェイドは、実に優秀な戦士だった。
アイラにケガを負わせることなく、自分もケガをすることなく、アイラを叩き伏せる。
はたから見れば、少女とその父親の修行だ、微笑ましい。
「これは俺たちの種族で使われていた両剣と呼ばれる武器だ。まれに人間の中には双頭刃と呼ぶ者もいる。たしか、乱刃流という剣の流派が、これに近い武器を使うと聞いたことがあるな」
乱刃流…聞いたことがある。
剣術の3大流派の1つだ。
他には鋭刃流と舞刃流だったか。
詳しくは知らないが、そのうち見てみたいものだ。
「乱刃流ですか、どうりで変則的な攻撃が多いわけですね。僕の鋭刃流とは相性が悪いですね」
アルクも笑いながらエルジェイドと言葉を交わす。
そうか、アルクは鋭刃流の使い手だったか。
今度は俺がアルクに剣術を教えてもらうのもいいな。
俺たちは森を突き進む。
何日もかけ、森を抜ける頃には、遺跡に入ってから2か月が経過していた。
その間、幾度となく魔物との戦闘を繰り返したが、エルジェイドを加えた俺たちには、もはや敵はいなかった。
前衛にエルジェイドとアルク、後衛に俺、中衛にアイラを配置した陣形。
しかし、アイラ以降に戦闘の機会が来ることは皆無だった。
アイラは少し不満そうにしているが仕方がない。
やっと会えた仲間だ、俺としてもまた目の前から消えてしまうのはイヤだった。
そして現在、森を抜けた先の小さな町にある宿屋。
この町から数日行けば、紛争地帯に入る。
もしかしたら最後の休息地点になるかも知れないとのことで、部屋は二部屋借りた。
俺とアイラ、エルジェイドとアルクという部屋割りだ。
俺たちは夕食を済ませ、それぞれが自室に向かった。
部屋では、アイラが椅子に膝を抱えて座っている。
なにかあったのだろうか?
俺がアイラを見ていると、アイラも俺の視線に気づいた様子で俺の腰かけているベッドに歩み寄る。
そしてそのまま、俺に覆いかぶさるように俺を押し倒した。
アイラのうるんだ瞳が俺を直視する。
顔を赤らめ、呼吸はやや荒く、その吐息は俺にも届いている。
アイラの顔が近づいくる。
唇が触れるかというところで、俺は顔をそむけた。
なぜそんなことをしたのかはわからない。
ルーナとソフィリアが見つかっていない状況だったから?
それとも、2人に対する罪悪感か?
アイラがそういうことをするとは思ってなかったから、思わずそむけただけか?
わからなかったが、アイラは静かに俺の上から離れ、椅子に戻り膝を抱えた。
「ア、アイラ…その…すまない、そんなつもりじゃ…」
挙動不審になる俺に、アイラは一度だけ視線を向け、静かに言った。
「主さまがわれを女子として見ていないことは、よくわかっておるつもりじゃ。気にするな」
「……」
「なぜわれを戦闘に参加させない?」
「…俺にとってアイラは大切な仲間だ。だが、俺の不注意のせいで仲間全員を失った。アイラとはすぐに合流できたが、ルーナとソフィリアにはいつ会えるかもわからない状況だ。俺はもう仲間は失いたくないんだ。だから、俺にアイラを守らせてほしい」
「…そうか、わかった。すまぬの、主さまよ」
アイラはそう言うと自分のベッドに潜り込んだ。
理解してくれた、俺はそう思っていた。
ただそれは、俺の考えをアイラに押し付けただけで、アイラの考えを受け入れることをしなかった俺のわがままであったと、のちに気づかされることとなった。




