36話 再会と出会い
俺はアンフィオーレを出て、西へ向かった。
最後にギルドに寄って冒険者カードももらっておいた。
簡素なつくりの薄い石板に紋章、紋章に触れると情報が文字として浮かび上がる仕組みだ。
そして俺の隣には、金髪をなびかせたさわやか青年、アルクだ。
彼は当然のように俺の旅に同行するらしい。
俺としても、物知りなこいつと一緒だと、なにかと助かるので断ろうという気はない。
そういえば中央大陸でも、よくルーナに助けられたっけな。
ルーナか…ルーナは回復魔法と簡単な光属性魔法しか使えない。
いくら知識が豊富で鑑定眼が使えると言っても、戦闘で役に立つほどのものではない。
ひとりで放り出されて一番危険なのはルーナだ。
優先的に探し出さなければ一刻を争うかもしれない。
アイラとソフィリアは戦闘力という点では問題ないだろう。
特にアイラは魔獣族、本来の姿に戻れば、たいていの敵には苦戦することなく勝利できるはずだ。
アイラなら上空に放り出されても、案外軽快な身のこなしで無事に着地するかもしれない。
ふふ、さすがにそれはないな。
対してソフィリアはどうだ。
戦闘面では問題なくても彼女は希少なハイエルフ。
捕らえて奴隷商人にでも売れば、変態貴族に一生遊んで暮らせるような額で買い取られるだろう。
それだけは何としても避けなければならない。
やっと、自由の身になれたんだ。
ソフィリアには自由に世界を旅しながら生きていってほしい。
よし、アイラには悪いがルーナとソフィリアを優先して探そう。
そんなことを考えながら、草原を突き進む。
アルクは歩きながら、俺が教えたウォーターボールの練習をしている。
本来なら詠唱したり、杖を用意したりするのだが、俺は無詠唱での魔法を教えた。
どうせ使うなら、戦闘で役立つようにと考えてのことだが、やはり難しいらしい。
アルクは右手を前に突き出し、うーうー唸りながら悶えている。
仕方ない、初めてだと感覚もつかめないからな。
俺は、ソフィリアに教わったコツを教えてやることにした。
「いいか、アルク。まず、全身の血の流れを意識してみろ。それを手の先、指先に集中させるようなイメージで魔力を集める。そして使う魔法を強くイメージする。最後に使いたい魔法を声に出すんだ」
俺の言葉を聞いてアルクは静かに目を閉じ、集中し始めた。
ゆっくり、静かに呼吸を整えている。
「……ウォーターボール」
アルクの手の先に小さな水の玉ができた。
それは本当に小さなものだった、しかしたしかに水の玉だった。
アルクは、やったのだ。
決して才能があるわけでもない彼が、努力だけで魔法を使って見せた。
それは俺としても感極まるものがあった。
長い時間かけて修行に付き合ったわけではないが、教え子が苦労しながら努力した結果、できなかったことができるようになる。
嬉しいではないか。
俺はアルクの背中をポンッと叩いた。
「やったな」
それだけ伝えると、アルクは顔を伏せた。
鼻をすすり、目元を袖で拭った。
「ありがとうございます。僕、これからも頑張ります」
そういうとアルクはいつもの笑顔を見せてくれた。
この笑顔は俺の気持ちも晴れやかにしてくれる。
転移トラップに巻き込まれたみんなのことを考え、落ち込んだ気持ちを救いあげてくれるような、そんな不思議な力があった。
ふと、視界の端に急速に動くものが見えた。
目を凝らすと大型の獣のようだ。
俺は剣に手をかけ、アルクも俺の様子を見て身構えた。
そして、それはどんどん近づいてくる。
近づいてくるにつれて、剣にかけた手の力を緩めた。
銀色の毛並みに胸元の赤毛、俺の倍はあるだろう体高をした狂犬…。
その獣はあっという間に目の前まで来た。
走りながら白い煙に包まれ、煙が晴れたと思ったら、銀髪の少女が俺の胸に飛び込んできた。
「アイラ…無事だったか……」
「すまぬ、心配させたか、主さまよ。われはこの通り無事じゃ。上空に放り出されたときは正直、死を覚悟したもんじゃ」
そう言いながら、アイラは俺の胸元で顔を上げた。
上目遣いをするアイラは、こんなにも可愛いものなのか。
心なしか、目が潤んでいるようにも見える。
思わず、ペットにするそれのように撫でまわしたくなる衝動に駆られる。
そんなことよりも…だ。
「アイラ、ルーナとソフィリアは…一緒じゃなかったか?」
アイラは俺の言葉にうつむきながら答えた。
「われだけじゃ…すまぬ、われが不注意だったばかりに…」
アイラの声にはいつもの覇気はなく、責任を感じていることが伝わってくる。
いや、アイラが謝ることはないのだ。
全部、俺の責任だ。
とにかく今は、ほかの2人を探し出さなければ。
「アイラのせいではないさ、気にするな。それより今は、残りの2人を探そう」
「お、おう、そうじゃな。なにか心当たりはあるのか?」
俺はアイラの言葉に首を振った。
それを見たアイラも残念そうに視線を下げた。
「俺たちは例の遺跡から、魔法大国アンフィオーレを抜けてここまで来た。その道中とアイラが来た方角に2人がいないなら、このまま中央大陸との境界を目指すよりも東の大陸に行こうと思う」
アイラはそれにうなづいた。
「うむ、われは異論はない」
こうして、アイラを加えた俺たちは東の大陸へ歩き出す。
歩きながら、アルクとアイラは軽い自己紹介を済ませた。
アルクはともかく、アイラは機嫌が悪いのか、露骨に不愛想な態度であった。
今はこんなもんか、その程度にしか考えてなかったが、アイラのこの態度が俺のせいであるとは、このときの俺には知るよしもなかったのである。
歩き始めて数時間。
休息をとりながらではあるが、平坦な草原が続いているおかげで移動距離は稼げているように感じる。
アイラに乗せてもらうこともできるが、なぜかアイラの機嫌は最悪だし、アイラも疲労が蓄積されているだろうと考え、徒歩での移動だ。
途中の村で馬でも買おう。
そう考えていると、目の前に森が現れた。
俺たちは慎重に森の中に入っていった。
森の中には中央大陸では見たこともない植物や魔物が生息していた。
主に虫の姿をしている魔物が多い。
重厚な外皮と巨大な体を持つ芋虫タンクキャタピラー。
鋭く強靭な大鎌のようなアゴを持ち、群れで狩りをするバーサーカーアント。
地中に潜み、地上の生物を捕食するミミックワーム。
どれも魔物のランクはBランク以上だが、俺とアルクの敵ではなかった。
アイラも戦闘に参加したそうだったが、俺はアイラに戦闘に参加しないように指示していた。
アイラの戦闘力は信頼しているが、転移トラップの記憶がよみがえる。
なるべくなら、俺が守り、そばに置いておきたかった。
そうして戦闘を繰り返しながら、森を進むと前方に人影が見えた。
ルーナかソフィリアかと近づいてみたが、そのどちらでもなかった。
その人物は紫の髪をした偉丈夫で、槍のような見たこともない武器を手にしていた。
周りにはバーサーカーアントの群れ、取り囲まれている。
俺はアルクにアイラの護衛を任せ、偉丈夫に助太刀すべく飛び出したのだった。




