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35話 転移トラップと帰還玉

レイニア王国を出て、10日が経過した。

俺とアルクは、順調に旅を進め、すでに魔法大国アンフィオーレの領内にいる。

そして、目の前には巨大な都市が見えている。


俺は息をのんだ。

中央大陸の王都に勝るとも劣らない大規模な都市。

さらに、その都市をぐるっと囲んでいる半球体の光?

あれは、魔法か?


「アルク、あれが…」


そこまで言うとアルクは俺の言葉を遮るように言った。


「そうです、あれが魔法大国アンフィオーレの首都、マジリカーナです」


アルクは目の前の都市を指さし言った。

ここが魔法大国アンフィオーレ、アールステラトーン大陸でもっとも発展し、魔法研究が盛んな国。

この国に、転移トラップに関する情報が…。


俺は、はやる気持ちを抑え冷静を装う。

本来であれば走り出してしまいそうなほど、気持ちが高ぶっているが、急いては事を仕損じるというしな。

ここは冷静に、落ち着け、大丈夫だ、みんなはきっと無事なはずだ。


俺は気持ちを落ち着けるようにゆっくり息を吐き、アルクにたずねる。


「あの、町全体を覆う魔法?のようなものはなんだ?」


「あれは、結界魔法の一種です。マジリカーナ全体を覆って、魔物の侵入を防いでいるんです。この大陸の魔物は中央大陸の魔物より強力ですから、町に侵入されると被害が大きいので」


アルクは胸を張りながら答えた。

どうだ、物知りだろうと言わんばかりだ。

しかし、ここまで巨大な結界魔法は見たことがないな。

魔法大国、さすがとしか言いようがない。


そんなことを話しながら歩いていると、町への入り口が見えてきた。

近くに行くとわかるのだが、都市の周りは深く掘り下げられ水が張られている。

まるで、湖の上に町があるような、これも魔物の侵入を防ぐ知恵なのだろう。


「ここより先は、首都マジリカーナだ。入るのであれば、身分がわかる物か、書状を見せろ。冒険者であれば冒険者カードで構わん」


入り口の警備をしている門兵が行く手を阻んだ。

厳重な警備だ。

王都アステラよりも厳重ではないかとすら思う。

アルクは言われるがまま、冒険者カードを差し出した。


「ふむ、入れ」


門兵は冒険者カードを確認するとアルクを中へ通した。

はて、冒険者カード?レイニア王国でもそんなものは渡されていない。

中央大陸にもそんなものはなかったはずだ、冒険者の識別は冒険者IDで受付の人が照合してくれていたからな。


「中央大陸で冒険者をしていたリアム・ロックハートだ。あいにく冒険者カードを持ち合わせてはいないのだが」


そう伝えると門兵は、懐から石板を取り出した。

門兵に指示されるまま、その石板に手を置く。

ブウンと音がして、薄く光を放つ。

そして門兵は石板をしまい、俺に言った。


「冒険者リアム・ロックハート様ですね。魔王討伐、大儀でございました。どうぞ、中にお入りください」


やけに丁寧な門兵を横目に、俺もアルクに続き結界内に入った。

そしてアルクに問いかける。


「なあ、アルク。冒険者カードってどこでもらえるんだ?」


アルクは嘘だろと言わんばかりに目を見開いた。


「冒険者カードはギルドの受付で申請するともらえますよ。ひとつの地域や国で冒険者をするだけならいいですが、大陸間の移動や国を渡り歩くなら、持っておいたほうがいいですよ」


なるほど、そうなのか。

あとで、冒険者ギルドに顔を出した際には俺ももらっておこう。


「ところでアルク。どこで情報を集めるんだ?やはり、冒険者ギルドか?」


アルクは鼻をかきながら胸を張った。

どうやらアルクは、自慢したいときはこの仕草をするらしい。


「いえ、魔法学校へ行きます。僕の知り合いにそこで研究している人がいるので、頼めば中に入れるはずです」


そういうとアルクはまっすぐ歩き始めた。

しばらくして、塀に囲まれた3階建ての長屋風の建物が連なる場所に来た。

どうやらここが魔法学校というところらしい。

アルクは何やら受付らしき人と話をしている。


「リアムさん、許可が出ました、行きましょう」


アルクに案内され、敷地内に入る。

中では魔法陣の書かれた庭や、杖を持った子供たちがなにやら練習しているのが見える。

そして、俺たちは建物内の1つの部屋の前に来ていた。

アルクは扉を叩き、中から声がしたのを確認すると、ゆっくり扉を開いた。


部屋の中は一言でいえば、乱雑。

分厚い書物は積み重なり、そこらへんに紙が散乱している。

その奥から、ひとりの女性が顔を出した。


「久しぶりね、アルク。あら、こちらは?」


前髪をカチューシャで持ち上げ、その顔は凛として知的、分厚い眼鏡が特徴的な女性。


「こちらはリアム・ロックハートさん。魔王を倒した大賢者さんだ。プリシアも聞いたことぐらいあるだろう?」


「ごめんなさい、あまりここから出ないからわからないわ。でも、魔王を倒すなんてスゴイのね。私はプリシアよ、よろしくね」


彼女はそう言いながら頭を下げた。


「それで、その大賢者様が私になんの用かしら?私に何かできるとは思えないけど」


そう言いながら、彼女は苦笑した。

この苦笑は、きっとはやく研究に戻りたい気持ちの表れだろう。

俺としても長居をするつもりもないので、本題に入る。


「仲間が遺跡内で転移トラップに巻き込まれたんだが、仲間たちは無事なのか?」


「転移トラップに巻き込まれたからといって、必ず死ぬわけじゃないわ。これだけは断言できる」


彼女はあごに手を当て静かに言った。

必ず死ぬわけじゃない、アルクもそう言っていた。

死ぬわけじゃないということは生きているということか?

いや、アルクはたしか、転移先で死ぬ可能性があると言っていた。

それなら、どこにいるかわかれば、危険が迫る前に助け出せるということか!


「転移トラップに巻き込まれた者が、どこに飛ばされるかわかるか?予測でも構わない!何かわかることはないか?」


「ちょ、ちょっと待って!落ち着いて!」


俺は彼女の言葉で我に返った。


気が付くと俺は彼女の肩をつかんでいた。

肩をつかむ手に力が入っていたのだろう、彼女は顔をしかめていた。

アルクも目を丸くしている、はたから見れば、まるで脅しているかのような剣幕だったに違いない。

冷静になれと思っていたはずなのに。


「す、すまなかった。取り乱してしまった。」


俺は彼女の肩から手を放し、後ずさる。

うつむく俺に彼女は優しく話し始めた。


「アルクから聞いているかもしれないけど、転移自体が直接の死亡原因になることはないわ。ただ、どこに飛ばされるかはわからない。例えばそこが、海の中かもしれないし、雪山かもしれない、天高くに飛ばされていたら地上に落下するし、そうなると助かるのは絶望的。」


彼女の言葉に俺は眉をひそめた。

たしかに転移=死ではないことはわかった。

だがそれは結局、どこに飛ばされるかは運しだいということ。

彼女たちが生きているという望みを抱いてもいいのだろうか…いや、俺が諦めてどうする!決めたはずだ、必ず見つけだすと。


「転移先の予測はできるのか?」


「難しいわね。帰還玉と同じように、ほんの小さな魔力をエネルギーに変換しているのであれば、そう遠くには飛ばされないでしょうけど…」


「ちょっと待ってくれ、今、帰還玉と言ったか?帰還玉は転移トラップと同じ原理なのか?」


彼女は顔を上げ、しかし、あごに手を当てたまま考え込んでいる。

すると、アルクが代わりに説明してくれた。


「帰還玉は、ダンジョンや洞窟、遺跡といった建物の中に存在する微量の魔力を吸収し、エネルギーに変換することで、建物の外に転移させるものです。使用される魔力が少ないため、きわめて短い距離しか飛ばされないので、転移トラップのようにどこに飛ぶかわからないということはないんです」


なるほど。

何気なく使っていた帰還玉が、まさか転移トラップと同じ原理だとは気づかなかった。

しかしこのアルクという男…軽薄そうに見えるが、ずいぶんと博識なんだな。


だとすると、使用される魔力量が多ければ飛ばされる距離も伸びるということか。

あの転移トラップの光の範囲からして、相当な魔力を使用しているに違いない。

やはり、大陸中を探すしかないか。


「たしか、前にも似たようなことがあったわね。この大陸と中央大陸とをつなぐ陸路の関所にいきなり冒険者が現れたって聞いたわ。その時も転移についての相談を学長が受けていたわね」


「それはどこにある?」


彼女は前のめりになる俺に驚きつつも、答えてくれた。


「ここから西にひと月も行けば到着するはずよ。でも、毎回そこに飛ばされるとは限らないし、もしかしたら別の転移トラップに巻き込まれてた可能性だってあるわ」


「それでも行って確かめるだけの価値はあるさ。ありがとう、えっと、プリシア…さん」


俺の言葉にプリシアは少しはにかんだ笑顔を見せた。

笑うと普段の知的な印象と違い、少女のように可愛かった。


「ふふふ、私は何もしてないわ。仲間の人たち、見つかるといいわね」


俺とプリシアは握手をした。

俺が部屋を出た後、アルクとプリシアは少し話をしているようだった。

もともと知り合いだったみたいだし、久しぶりと言っていたから積もる話もあるのだろう。

なにはともあれ、俺の最初の目的地は決まった。

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