4話 力の儀式と旅立ち
「私はソフィリア、ハイエルフです」
「いててて、ふう」
俺は、やっとの思いで体を起こす。
まだ傷が痛む。
穴はふさがっているはずなのに、そう思い、ゴーストウッドが貫いたであろうところを手で確かめる。
「無理をすると傷が開きますよ?えっと…」
それを見ていた彼女は俺の手を、そのきれいな手で握ってきた。
胸が高鳴る。彼女の手は少し冷たいが、しっかりとした温もりも感じる。
自分の顔が熱くなってきた気がする。
「ああ、すまない、俺はリアム、リアム・ロックハートだ。傷の手当てはきみが?」
「ええ、緊急処置だけですけども、きれいに穴はふさがっていますよ」
そう言うと、ニコッと笑いかける。
緊急処置?致命傷のはずだったが、ハイエルフというのは、やはりスゴイものだな。
「熱は…、うん、なさそうですね」
そう言いながら、彼女は自分の額を俺の額に当ててきた。
近い!見たこともないようなキレイな顔が目の前にある。
「いや、ちょっ、待ってくれ!」
俺はとっさに顔をそむけた。
「んー、熱はないのに顔が赤いですね、やはり傷が痛みますか?」
しかし彼女は再度、覗き込みながら優しく問いかけてくる。
「いや違うんだ、きみがあまりに綺麗だから、そんなに見つめられると恥ずかしい。それに胸も…」
彼女が前かがみに俺の顔を覗き込むせいで、服がはだけ、美しく大きな胸が顔をのぞかせている。
綺麗な顔立ちと細身のスタイルからは想像できないほどのサイズである、普通の男であれば魅了されるに違いない。
それは、俺も例外ではなかった。
誰だ、エルフは胸がないのが特徴だと言ったのは!
「あら、意外に紳士なのですね。それに私が綺麗なんて、お世辞でも嬉しいです」
彼女は服を整えながら、少し照れたように見えた。
「お世辞を言うつもりはない。俺はきみほどの美しい女性を見たことがない、それに傷を手当てしてくれてありがとう、感謝している」
「そんなお礼なんて。私のことはソフィリアでいいですよ、水を汲んできますね」
そう言うと、ソフィリアは少し慌てた様子で部屋を出ていった。
こころなしか、色白のソフィリアの顔が少し紅潮しているように見えたが、気のせいだろう。
「ここで1人か、あんなに美しいのに、かわいそうだな。外の世界に行けば、幸せに暮らせるだろうに」
俺は1人つぶやきながら窓の外を眺めた。
さわやかな風が部屋の中に流れ込む。
「どうしたのですか、窓の外になにかあるのですか?」
少ししてソフィリアが戻ってきた。
「ソフィリア、ひとつ聞いてもいいかな」
「はい、なんでしょう?」
ソフィリアは微笑みながら首をかしげた。
「ここは王都の南に位置していると言っていたが、俺は王都の東を目指していたんだ。きみがここまで俺を運んでくれたのか?」
「いいえ、私はあまり遠くまでは出歩けません。魔物の気配を感じて外に出たところ、あなたが魔物を倒し、そのまま倒れてしまったのが見えたので、ここまで運び手当てをしたのです」
ということは、俺は魔巣からここに飛ばされたということか?
それとも、魔巣自体が移動しているとでも?
「それにしても驚きました、地面から雷を出せるのですね」
ん?地面から雷?あれは見間違いではなかったのか。
「俺にもわからないんだ、無我夢中だったから。それに俺には攻撃魔法は使えないはず」
「そうなのですか、てっきり手練れの賢者なのかと」
「ははは、先日も勇者パーティーを追い出されたばかりだ。俺は道具にしか魔法は使えないんだ」
「珍しいですね。でも…変ですね、道具にしか魔法が使えないのなら、地面から雷が立ち上るはずはないのですが…。あなたはどちらの出身ですか?」
「ラズエルという村だ。緑豊かでのどかな村だった、1年前、魔王に滅ぼされてしまったが」
「!!!」
彼女は目を見開き、驚いた様子で俺の顔を呆然と眺めている。
そしてゆっくり口を開いた。
「わたしたちの一族には、遠くラズエルという村に数年、いいえ、数十年か数百年にひとり、最強の賢者が誕生すると言い伝えられています。その者は、あらゆる物質に魔力を宿し、時には地面を割り、水を操り、大気ですら従え、世界を救うと。私たちの祖先は、その者へ力を授けることを宿命とされていました。150年前に魔王を倒したのもラズエルからきた賢者だと聞いています。聞いたことはありませんか?」
最強の賢者…聞いたこともないな。
150年も前の話となると、もはや伝説のようなものか。
「いや、悪いが聞いたことがない」
俺は首を振りながら答えた。
それを見たソフィリアの表情は曇り、少し寂しげに見えた。
「てっきり、あなたがその賢者なのかと…」
そうか、彼女が寂しそうな顔をしたのは、そういうことだったか。
だが、残念ながら、それは俺じゃない。
そもそも俺の村では16歳まで自分にどんな適性があるか分からない。
俺の16歳の誕生日は村が魔物に襲われた翌日だ、つまり俺は自分の能力や適正をちゃんと把握していない。
それどころか、両親ですら、俺の適正については教えてくれなかった。
16歳までは秘密にしなければならないという決まりでもあったのだろうか?
俺の能力についてもジルガから聞いた…そもそもジルガは、なぜ俺の能力や適正を知っていたんだ?わからないことだらけだが、今はそれどころではない。
「俺はたしかに道具になら魔法を使うことはできるが、攻撃魔法はおろか、生きているものへの支援魔法すら使うことができないんだ、その最強賢者というのは俺ではないだろう…」
「いいえ、そんなことはありませんよ。この目で見ましたもの、地面から雷が立ち上る瞬間を」
たしかにそれは俺も見た、見間違いかと思ったが。
だが、どうやったのか覚えていない。
いや待てよ、生物には使えないが、道具になら魔法は使えるんだよな。
ソフィリアは物質に魔力を宿すと言ったか?
道具だけではなく、ソフィリアの言うように土や水や空気でさえも物質なんだ。そこに魔法を使うことができれば…。
「ソフィリア、力を貸してくれ!試したいことがあるんだ」
俺は傷の痛みも忘れ、戸惑うソフィリアとともに外に出た。
「確認だが、地面から雷が立ち上った、そう言ったな?」
「ええ、確かにこの目で見ました、間違いありません」
物質に魔法を流し込む、地面から雷、目標はあの大岩、よし!
俺は前回の状況を思い出す。たしか、地面に手を当てて、魔力を開放するように…叫ぶ
「ライトニングバースト!」
しかし、何も起こらない。
やはり俺では道具に魔法を流し込むことが精一杯なのか…。
「魔法とは、使用する魔法をイメージし、対象を決め、威力や範囲、射出速度などを魔力で調節することで発動します。あなたの場合は、もしかしたら対象を物ではなく、対象を含む空間そのもので考えると良いかもしれません。そのほうが、細かな魔力のコントロールがなく、使いやすいはずです」
考え込んでいる俺に、ソフィリアは優しく語りかける。
なにやら魔導士の中には、対象範囲を狭めることが苦手な者もいるらしい。
支援魔法の際は、道具自体を対象にできるのだが、攻撃魔法は対象を物ではなく、対象を含む空間を意識すればいいということか?
地面から雷が立ち上るイメージ、対象は大岩があるあの周辺、よし!
「ライトニングバースト!」
その瞬間、地面から雷が立ち上り、見事大岩を粉砕した。
なるほど、こういうことか。俺は自分で自分の限界を決めつけていたのか。
これなら、俺ひとりでも、魔物の殲滅くらい簡単にできる。魔王の討伐も夢じゃない。
「ありがとう、ソフィリア。俺はまだまだ強くなる、言い伝えにあるような最強の賢者になれるように頑張るよ」
「私は何もしていません、すべてはあなたの実力です。あなたはすでに世界を救うための道を歩み始めているのです。ああ、あなたは私の運命の人、やっと…やっと会えた」
自分の力を確認し気が抜けたのか、俺は激痛と疲労感に襲われた。
ひとりで帰ることができずにソフィリアの肩を借りて家に帰ることにした。
途中、ソフィリアになるべく魔法は名称だけでも声に出すように教わった。
緊急時は無言で問題ないが、名称を口に出すことで、少なからず魔法自体に良い影響があるそうだ。
ソフィリアはやはり頼りになる。
綺麗でスタイルも良く頼れる女性、非の打ち所がないとはこのことなのだろう。
そんなことを考えていると、ふわりとソフィリアの髪が俺の顔をなでる。
少し、くすぐったいと同時にソフィリアの匂いが俺を包み込んだ。
その瞬間、くすぐったいのは我慢しよう、俺はそう心に決めた。
「ソフィリア、俺と魔王を討伐するための旅に出ないか?」
家に帰るなり、俺はソフィリアに問いかけた。
「嬉しいお誘いですが、それはできません。先ほども言いましたが、私は囚われの身、旅に出ることは叶わないのです」
そう言うと、ソフィリアは視線を下げ、少し悲しげな表情を浮かべた。
あまり詮索するべきではないか、そう思いつつも質問を続けた。
「さっきも言っていたが、囚われの身とは?」
「先ほどの言い伝えは覚えていますよね、賢者に力を授ける宿命だと。しかし、それは選ばれたハイエルフただ1人だけ、そのときに最も魔力が高い者が選ばれるのです」
「まあ、妥当だろうな。魔力が少なければ力を授けても、あまり意味をなさないからな」
俺はうなづきながら答えた。
「はい、そこで選ばれたのが私です。私の魔力は他の者とは比較になりません。しかし、それを快く思わない者もいたのです。私の瞳と髪の色は一族の中でも異端の存在でしたから」
「綺麗な瞳と髪の色をしていると思うんだがな」
俺の口から思わず、本音がこぼれ出る。
しかし、高貴な種族ほど見た目に対する偏見や差別的な考えは顕著だ。
ハイエルフならば、なお一層といったところなのかもしれない。
こればかりは、種族全体の問題だから簡単にどうこうすることはできないのだ。
「ふふふ、あなたは本当に私を喜ばせるのが上手ですね。あっ、いえ、続けます」
ソフィリアは自分の顔が赤くなっていることを隠すかのように視線を窓の外に移す。
「ともかく、私が異端の存在であることと賢者への宿命を背負うことを理由に、私は故郷を追い出されました。その直後です、私たちの存在に脅威を感じた魔王が私の故郷を滅ぼしたのは。魔王の名はザウスガート、強大な魔力と強力な魔眼で魔物を統率していると言われています」
また、どこか悲しげで寂しそうな表情を浮かべる。
「そんな魔王が私を見つけるのに時間はかかりませんでした。私はなんとかこの地に逃げ延び周囲に結界を張ったのです、魔物と魔王が侵入できないように。しかし、魔王は私に呪いをかけました。この結界の外での魔力の開放を封じる呪いと、魔力の上昇を無限化する呪いです。この呪いのせいで、私は結界の外では魔力を使用することができず、自らの魔力によって身を亡ぼすでしょう」
「その呪い、俺には解けないだろうか」
俺はソフィリアの呪いを解除できないかと試みたが、どうやら俺の魔法は生きているものを対象にはできないようだった。
ソフィリアも顔を伏せがっかりした様子。
「じゃあ、魔王を倒せばソフィリアは自由に外の世界を生きていけるんだな?」
ソフィリアは、ハッと驚いた表情で顔をあげ、俺のほうを見る。
「それなら任せろ、もとより俺は魔王討伐の旅に出るつもりだったんだ。俺は必ず魔王を討伐して、ここに戻ってくる」
ソフィリアはゆっくりと頭を下げた、その頬に一滴の涙が見えた気がした。
翌朝、ソフィリアに連れられ、洞窟に来ていた。
中は神秘的な輝きを放ち、しばらくすると開けた場所に出た。
天井から一筋の陽光が差し、そこに立つソフィリアを神々しく照らしていた。
どうやらここで儀式を行うらしい。
「今からあなたにわが力を授けます、目を閉じてください」
俺は言われるままに目を閉じる。すると間もなく呪文のようなものが聞こえてきた。
心地よい声色だ、体から疲れや緊張が溶け出していくような、そんな気分だ。
ほどなくして、呪文のようなものが終わりを告げる。
ソフィリアは、俺の顔を両手で優しく包み込み、そっと口づけをしてきた。
「ん!?」
「まだですよ、目を閉じていてください」
ソフィリアはそう言うと、再び口づけをしてきた。
優しく俺の口の中にソフィリアの舌が入ってくる、そのまま何度も丁寧に互いの舌を絡め合わせた。
不思議な感覚だ、ふわふわする。今までのどの感覚とも違う、俺の気が高揚しているのがわかる。
「目を開けていいですよ、これで儀式は終わりです。あなたの魔力は今までとは比べ物にならないほどの量と力を備えたことでしょう」
そういうと彼女は口元を手で隠しながら、俺から視線を外した。それから、少し恥ずかしそうに
「最後のは、その、おまけというか…私の気持ちです」
そう言うと彼女は両手で顔をおおい、洞窟の外へと走っていった。
旅の準備はこれで良し。
俺はソフィリアの家に戻り、旅の準備を整えた。
もともとソフィリアが用意していた、武器と防具、防寒着を譲ってもらった。
といっても、鉄製の剣と皮の鎧、獣のコート程度しかなかったが。
「行かれるのですね」
「ああ、そろそろ行くとするよ」
「それではこれもお持ちください」
ソフィリアはそう言うと、俺になにかを差し出した。
「これは、ペンダントか。きれいな緑色だな」
俺はペンダントを受け取ると、光にあてて、その輝きを眺めた。
「はい、洞窟内の鉱石です。あなたの身を守るようお祈りしてあります」
「ありがたくもらっていく、必ず魔王を倒し、きみを自由の身にしてみせる。そのときまで待っていてくれ」
「はい、お気持ちだけでも十分嬉しいです。ですが、もし本当に助けてくれるというなら、早く戻ってきて、じゃないといくらエルフ族でも老婆になってしまいますから」
彼女はそう言いながら、俺にやさしく微笑みかける。
同時に両の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
そんな顔をしないでくれ、必ず助け出してやる。
俺はソフィリアに助けられ、彼女の笑顔に癒された。
だから、ソフィリアにはいつだって笑っていてほしい。
ソフィリアの笑顔を守るんだ、俺は強く心に誓った。
俺はソフィリアのもとをあとにし、新たな力とソフィリアからもらったペンダントとともに旅に出るのだった。