34話 魔法大国アンフィオーレへ
俺は宿に戻り、荷物をまとめた。
3人分の荷物だ、さすがにひとりで運ぶとなると量が多い。
しかし、みんなの思い出の詰まった物たちだ、置いていくわけにもいかないだろう。
宿屋の店主は、帰るなり慌ただしくしている俺に目を丸くしていた。
それでも、なにかを悟ったのか、宿を出るときには見送りに出てきてくれた。
思えば、店主に勧められていなければ酒場に行くこともなく、みんなの生存の可能性にも気づくことができなかっただろう。
店主に礼を言い、俺は酒場で聞いたアンフィオーレに向かい歩き出した。
歩き始めてから、しばらくして慌ただしく追いかけてくる、ひとりの青年。
キレイな金髪をなびかせ、先ほどは持っていなかった旅の荷物や剣などを持っている。
青年は、俺に追いつくとハアハアと息を切らせながら言った。
「ハア、僕も、ハアハア、一緒に連れて、ハアハア、いってください、ハアハア」
青年はなんとかそれだけ伝えると、膝に両手をついて呼吸を整えようとしている。
俺は彼のおかげで、再び希望を持つことができた。
だから、彼の申し出を断る理由はない。
ただ、理由が分からない。
彼の素性もなにもかもわからない状態で旅を共にするのは危険に思えた。
「きみは酒場のときの…。急にどうしたんだ。俺はきみのことはなにも知らないんだが…」
俺の言葉に青年は顔を上げたが、片手で俺を静止した。
それからしばらく、ようやく彼の呼吸は整ったようだ。
身体を起こし、胸を張りながら彼は言った。
「僕はアルク、アルク・レインジーク。こう見えても、Bランク冒険者だ。剣の腕には自信がある。旅の邪魔にはならないつもりさ」
「アルクか、剣の腕があるのはいい。ただ、俺についてきたい理由を知りたいんだ」
アルクは鼻をかき、視線をそらした。
そして恥ずかしそうに言った。
「僕は魔法が使えない。だから、魔導士の人には少し憧れがあるんだ。特にあなたは大賢者だし、剣術と魔法を使えて魔王を倒して…そんな人と一緒に旅をしたいと思うことは不思議なことかな?」
青年の目は真剣だった、どうやら嘘ではなさそうだ。
急ぐ旅ではあるが、危険地帯の探索でもないし、彼はBランク冒険者…それならば、特に問題はないか。
「わかった、一緒に行こう。アルクはここら辺の土地に詳しいのか?アンフィオーレまで最短で行きたいんだ」
俺の言葉を聞いてアルクは飛び跳ねるように喜び、そして胸を張った。
「任せてください、アンフィオーレまでの最短ルートを案内しますよ」
こうして、俺の旅にひとりの仲間ができた。
アルクと俺は、順調にアンフィオーレに向かって歩みを進めていた。
実際、アルクのルートガイドは完璧だった。
魔物が少なく、かつ、なるべく整備されたルートを選択していた。
アールステラトーン大陸には森、山、砂漠、沼地などが点在しているためか、この土地の魔物は中央大陸では見かけない魔物が多い。
この大陸にはゴブリンやオークなどの低ランクの魔物はいないのだ。
そのため、戦闘となると、それなりに消耗する。だから、できるだけ不必要な戦闘は避けるにこしたことはない。
そう考えると、アルクのガイドはとても助かるものだった。
道中、アルクは俺の今までの旅についての話を聞きたがった。
魔法についての話、港町を救った話、魔王を倒したときの話など、俺の話を目を輝かせて聞いていた。
その様子だけ見ていると、今にも弟子にしてくれと言わんばかりだ。
あいにく俺は弟子を取る気はないし、人に教えられることなど何もない。
きっと、アルクの期待には答えられないだろうと思っていた時に、アルクは突然、俺の前に立ちはだかり頭を下げながら言った。
「リアムさん、お願いがあります。僕に稽古をつけてください」
俺は歩みを止め、この青年を見下ろした。
正直、早くアンフィオーレに向かいたい気持ちだ、稽古をつけるんてことはしたくない。
しかし、俺がもう一度、前を向けたのは、この青年のおかげだ。
稽古なんて大それたものではないが、一度刃を交えるくらいは良いのかもしれない。
一緒に旅をするなら、互いの実力を知っていて困ることはないしな。
「よし、やってみるか」
俺の言葉にアルクはバッと顔を上げ、キラキラした目でこちらを見ていた。
ルールは3つ。
致命傷は避けること、持ち得るすべての技を駆使して戦うこと、禍根は残さないこと。
俺たちは互いに距離をとった。
距離にして十数歩、この間合いは完全に魔法剣士である俺に分がある。
しかし、アルクはリラックスした姿勢のまま目を閉じた。
ゆっくり息を吐き、やや前傾姿勢になる。
その瞬間、アルクの身体が視界から消えた。
思わず、自分の剣で身体の前面をガードした。
剣を握る手に衝撃が走る。
ガギィィィン
音が遅れて聞こえてくる。
それほどのスピード、今まで見たどんな剣技よりも速い。
もしかしたらアイラの最高速よりも上かもしれない。
しかし、その後が良くなかった。
攻守が入れ替わったとたんにアルクは目に見えて動きが鈍る。
明らかに守ることに重きを置いてない剣術のスタイル。
そこからは危なげなく俺がアルクを叩き伏せた。
実力でいえば、たしかに才能は感じさせるが、戦闘力はアイラ以下、洞察力はソフィリア以下、きっと知識もルーナ以下だ。
いかに俺のパーティーが完璧だったかを再認識させられた。
大の字に寝転がるアルクは負けたというのに、清々しい顔をしていた。
そして、予想していた一言。
「やっぱりリアムさんは強いですね。初撃で倒せなかったのは初めてだ。リアムさん、僕を弟子にしてください」
「断る」
即答した。
俺の言葉にアルクはわかりやすく落胆していた。
しかし、俺には俺の目的がある。
アルクを弟子にすることで目的が達成できなくなるわけではないが、ルーナたちを見つけ出すことと、アルクを弟子として鍛えること、この2つを両立しようとすれば、どちらかは疎かになる気がした。
だが、アルクに感謝している面もある。
だから、1つだけ提案することにした。
「弟子として鍛えることはできないが、初級魔法を教えよう。使えるようになるかはわからないが、それならば歩きながらでもできるし、旅の妨げにはならないだろう。どうかな?」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
この青年の笑顔は、自分のミスで仲間を失った俺には、まぶしすぎる笑顔だった。




