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33話 絶望と希望

俺は遺跡の入り口の前にいた。

俺とルーナ、アイラ、ソフィリアのパーティーで、女性冒険者の捜索のために遺跡に入ったのが数時間前。

現在、俺の横には、女性冒険者がひとりだけ。


ルーナも、アイラも、ソフィリアも、みんな転移トラップに巻き込まれた。

俺だけはルーナに帰還玉で助けられた。

本来なら、俺が犠牲になってでもみんなを助けなければならないのに、俺だけ助けられた。


なぜこうなった?

転移トラップを踏みぬいたのはアイラだ。

しかし、アイラに調査を頼んだのは…俺だ。

俺のせいだ、俺がみんなを…。


そんな俺を見かねたのか、女性冒険者は俺を強く抱きしめた。

そこでようやく、俺がこの遺跡に来た目的を思い出した。

そうだ、この冒険者を無事に送り届けなければ。

俺と女性冒険者は、立ち上がり、力なく帰還するのだった。


帰りの道中は静かなものだった。

元気よく先頭を歩く美少女もいなければ、横で世話を焼いてくれる美女も、ふたりを優しく見守る美女の姿もない。

そこにいるのは、生気をなくした冒険者と、肉体的にも精神的にも疲弊した女性冒険者だけだった。


彼女は、自分が一人になった経緯や、小部屋に閉じこもっていた経緯を話してくれていたようだが、俺の頭には入ってこなかった。

俺にしてみれば、今知り合ったばかりの女性冒険者よりも、ともに旅をしてきた3人のほうが大事だった。

その3人を失った俺に、他人の話を聞く余裕はなかったのだ。



ギルドの受付。


「たしかに依頼にある人相に一致しています。捜索依頼完了です、お疲れさまでした」


ギルドの受付の女性はそう言うと報酬の入った巾着を俺に差し出した。


「……」


俺は黙って報酬を受け取ると、自分たちの宿へ向かった。

部屋に入り、ベッドに倒れ込む。

そのまま眠ろうとするが、目を閉じると光に飲み込まれる寸前の3人の顔が、脳裏に浮かんで離れなかった。


俺はゆっくり身体を起こし、部屋中を見回す。

壁にはルーナの着替えが掛けられ、ソファの上にはソフィリアの荷物が整頓され、出窓にはアイラの荷物が乱雑に置かれている。


いつもと何ら変わらない部屋の様子。

違っているのは、部屋にいるのが俺だけということ。

俺のせいで、そんなことばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した。

何も考えたくない、何もしたくない。

そんなことを考えながら、数日が経過した。


数日間、部屋に閉じこもっていたせいで、宿屋の店主が様子を見に来た。

宿を借りに来たときの面影がない俺に驚いている様子で、外出を促してきた。

気が進まなかったが、断れば追い出されそうな剣幕だったこともあり、俺は数日ぶりに町に繰り出した。

といっても、特に目的もなく自然と酒場に足が向いていた。


なにも考えたくなかった、酒でも飲んで気を紛らわせる以外のことが思い浮かばなかった。

酒場は、俺の気持ちとは反対に賑やかなものだった。

俺はひとり、角のテーブルに案内され、しずかに杯を傾けていた。

杯の中を覗き込むと、酒に自分の顔が映った。


酷い顔だ。

髪は乱れ、目の下にはくっきりとクマが浮き出ており、頬は痩せこけていた。

これが先日まで大賢者と、もてはやされていた男の顔だというのか。

情けない、自分の油断が取り返しのつかないことになってしまった。


ぼんやりとそんなことを考えていると、ひとりの男が隣に腰かけた。


「あなたは、もしかしてリアム・ロックハートさんですか?そうですよね?隻腕の大賢者として有名な」


やけに明るいその男に視線を向ける。

キレイな金髪ショートカットの軽薄そうな男が、満面の笑みでこちらを見ていた。


「……」


俺が黙っていると金髪の青年は眉をひそめ怪訝な顔をしている。


「あの、よかったら話、聞かせてもらえないですか?俺、こう見えても天才若手冒険者って言われてるんですよ」


「……」


「えっと……なんか元気ないみたいですね。そういえばパーティーの人たちはいないんですか?3人も美女を連れているって有名だから、一目見たかったのに」


「……死んだよ…」


俺の言葉に青年は目を丸くしていた。


「えっ!?」


「前回の依頼で遺跡内の転移トラップを踏んだんだ。俺以外は全員巻き込まれた」


そこまで言うと、青年は再び怪訝な顔で首をかしげた。


「それで、転移先で死体は見つけたんですか?転移トラップに巻き込まれたからといって、必ず死ぬとは限らないでしょう?」


俺はうつむいたまま目を見開いた。

そして、青年の言葉を脳内で反芻する。

転移トラップに巻き込まれても死なない?

でもジルガは死ぬからと…いや待て、まさか、パーティーがバラバラになったら生存率が落ちるから、あえて俺には死ぬと言ったのか。


俺は青年の肩を掴み、問いかけた。


「転移トラップに巻き込まれても、死ぬわけじゃないんだな?」


青年は驚いていたが、しずかに、だがはっきりと答えた。


「ええ、転移先で死ぬことはあっても、転移自体で死ぬことはないはずですよ」


俺はその答えを聞き、大きく息を吐いた。

良かった、まだ誰一人見つかってはいないが必ず死ぬわけではない。

その事実だけあれば十分だ。

必ず、全員見つけ出す。


「何かほかに転移トラップについて知っていることはないか?何としても仲間を見つけ出したい、知っていることがあれば教えてほしい」


青年ははじめこそ戸惑っていたが、俺の顔をまっすぐに見て答えた。


「僕が知っているのはこれだけです。でも、ここから南、この大陸の中央にアンフィオーレという魔法研究の進んでいる国があります。そこに行けば、あるいは転移トラップについてわかるかもしれません」


俺はその青年の言葉に一縷の望みを抱いた。

同時に、遺跡から帰って今までの時間を後悔した。

しかし、後悔していても仕方がない。

みんなが生きていれば、生きてさえいてくれれば必ず見つけ出す。

もう一度、みんなの笑顔が見たい、ただその一心だった。


「すまない、恩に着る」


俺は青年にそれだけ伝えると、酒場を飛び出した。

目的地はここより南、アンフィオーレ王国。

待っててくれ、ルーナ、アイラ、ソフィリア、必ず助けに行く!

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