32話 その頃、ジルガ元勇者御一行様はというと…➅
俺さまたちは中央大陸東部にあるオルレンフィアのさらに東にある大森林にいる。
俺さまは勇者の称号をはく奪され、冒険者ランクもFランクへ降格、さらには王都までも追われた。
現在はFランク冒険者としてオルレンフィアの南の町で生活をはじめ、今ではCランク冒険者になっている。
もともと、腕に覚えがある。普通に冒険者をしたってここまで来るのは難しくなかった。
なにやら、最近、大賢者様が現れ、魔王を討伐したらしいが、勇者でなくなった俺さまには関係のない話だ。
パーティーは以前と変わらず、俺さまとイゴール、リリア、ダスティンだ。
こいつらも物好きなもんだ。
付き合いが長いってだけで、勇者ですらなくなった俺さまについてきてくれるんだからな。
特に変化が大きかったのがリリアだ。
落ち込む俺さまを慰めるかのように、優しく接してきた。
今までの高飛車な態度ではなく、優しく付き従うようになった。
そのリリアを抱いた時だけは、気が安らいだのを覚えている。
抱き慣れた身体ではあったが、逆にそれが良かったのかもしれない。
それにしても、あの男…ザイドリッツとか言ってやがったか。
あいつにそそのかされて、こんな森の中まで来てやったが、一体何があるってんだ。
特になんの異変もなくひたすら歩き続けて数時間。
そろそろ飽きてきた。
あのとき…。
………
数日前、町の路地裏に、そいつは現れた。
黒いローブに、フードをかぶり、いかにも怪しい雰囲気の男。
片手を胸に当て、軽く頭を下げながら、やつは言った。
「あなたが元勇者のジルガ・トランジェッタですね。私はザイドリッツ。あなたが失ってしまったものを取り戻すために助言をしにまいりました」
「……」
俺さまは最初、相手にしていなかった。
いかにも怪しげなこの男を、俺さまは信用できないと確信した。
しつこく付きまとえば切って捨てるつもりでもいた。
しかし、次のやつの言葉で、その考えは俺さまの頭の中から消えていった。
「あなたが全てを失うきっかけを作った男、リアム・ロックハートを倒す力を授ける。そう言っているのですよ?」
「なに!?リアムだと!きさま、何を知っていやがる!」
俺さまは声を荒げ、そいつの胸ぐらをつかんだ。
「知っているも何も、あなたがリアムという男をパーティーから外したころから、歯車が狂い始めた…ご自分でも自覚がおありでしょう?」
俺さまは過去の記憶を呼び起こした。
リアムの野郎を追放し、昇格クエストに失敗、特別クエストでは仲間を見捨て、勇者の称号をはく奪、見習い冒険者として王都も追放された。
それが、全部リアムを追放したからだとでもいうつもりか。
リアムがいたからこそ順調だったとでも?…冗談じゃねえ!
「冗談じゃねえぞ!まるで、リアムがいたから成功していたみてえな言い方しやがって!リアムの力じゃねえ、俺さまの力だ!」
「では、なぜ今あなたはそんなに落ちこぼれてしまったのでしょうね。今のあなたは勇者と呼ばれていた頃とは、まるで別人ですよ」
その言葉に俺さまは何も言い返せなかった。
ただただ奥歯を噛みしめることしかできなかった。
「そのリアムは、今や大賢者として魔王を倒して英雄に……」
「うるせえってんだよ!」
俺さまは言葉を遮るように、男の顔面を殴りつけた。
しかし、男は構わず続けた。
「私があなたに力を取り戻すための助言を授けましょう。それこそリアム・ロックハートなどにはたどり着けないほどの力を得られますよ。悪い話ではないでしょう」
そして俺さまは、その男の助言を聞くことにしたのだった。
………
しかし、男の助言の通り森を歩くが何もない。
諦めて帰ろうとしたときにダスティンが声を上げた。
「ジルガさん、あれ!」
ダスティンの指さすほうには、剣が一本、地面に突き刺さっていた。
全てが漆黒で、幅広の両刃の剣。
男の言ったとおりだった。
この剣こそが、俺さまに力を与える魔剣。
俺さまはその剣を引き抜いた。
引き抜いた瞬間、剣が黒く禍々しく光った気がした。
同時に力がみなぎる感覚があった。
強大な力と魔力を手に入れ、できないことは何もないと思えるほどの感覚だ。
気分がいい、なんでもできる気分だ。
早く何かを切って、試してやりたい。
心の中に、なにかざわつくような感覚がわき上がってくる。
周囲を見回す。
周りには心配そうに俺さまを見つめるイゴール、リリア、ダスティンの姿。
何を不安そうに見てやがる?
「どうした、お前たち。そんな目で俺さまを見て」
俺さまは問いかける。
口を開いたのはリリアだった。
「ジ…ジルガ。だ、大丈夫なの?なんか、黒いオーラ?みたいなのがジルガの周りに…」
リリアは両手を胸の前で組み、やや涙ぐんでいるように見える。
黒いオーラ?俺さまには感じないが。
そう思いながら、剣を握り締め、力をこめるように、ふうっと息を吐いた。
すると、心の中のざわつきが消えた。
バキバキ
突然、背後から物音。
木々が折れる音、なにか巨大なものが近づいてくる。
「シャアアア」
姿を見せたのは、ツインヘッドコブラだった。
ひとつの長い胴体にふたつの頭、頭はそれぞれ独立し襲ってくる。
牙には猛毒、また毒を吐き獲物を弱らせることもできる。
ほかにも長い胴体で絞め殺したり、尻尾をムチのように使用し攻撃するなど、戦闘力も高い。
一説には、成長するとヒュドラになるとも言われており、Bランクに指定されている。
イゴール、ダスティンが身構え、リリアが一歩後退する。
戦闘準備はできたというところか。
だが、せっかくの獲物だ。取られてたまるか。
「俺さまひとりでやる、邪魔するな」
また心がざわめきだす。
自然と笑みがこぼれる。
なにかを切れる喜び、それはもはや狂気といってもいい感覚。
先に行動を起こしたのは、コブラのほうだった。
長い胴体を素早く動かし、周囲の木ごとジルガを締め上げる。
あまりの力に巨木は力なく折れた。
そんな力でジルガを締め上げた。
その様子を見ていたリリアは杖を構えた。
しかし次の瞬間、コブラの長い胴体が切り刻まれ、宙を舞った。
コブラも一瞬何が起きたかわからない様子だったが、すぐさまジルガを飲みこもうと、ふたつの頭が襲い掛かる。
一瞬だった。
ふたつの頭は、細かく切り刻まれていた。
それを見たイゴール、リリア、ダスティンは言葉を失った。
死体の真ん中に立つジルガはコブラの返り血を全身に浴び、両手を広げ、天を仰いでいた。
そして、心強いと感じるとともに恐怖を覚えるような、そんななんとも表現しがたいほどの恍惚とした表情で、笑っていた。




