31話 パーティー離散
魔王を倒してから1年が経過していた。
俺とルーナ、アイラ、ソフィリアはパーティーを組み、冒険者ギルドでクエストを受けながら、気ままに大陸を移動し旅をしている。
現在はシーティアより東へ船に乗り、アールステラトーン大陸の北西部にあるレイニア王国にいる。
アールステラトーン大陸はL字のような形をしており、北西部・中部・南東部の3つに大きく分けられている。
俺たちのいる北西部は、遺跡や大森林、砂漠といった様々な環境が点在する地域となっている。
そのため、レイニア王国では冒険者が多く、冒険者の持ち帰る魔石や魔物の素材を他国と取引することで発展した国だ。
俺たちも現在、ギルドで受けたクエストで遺跡の調査をしている。
古くからある遺跡で、遺跡攻略の難易度としてはそこまで高くないものの、行方不明者が多数出ているということでAランククエストに指定されている。
クエスト内容は、女冒険者の捜索だ。
今のところ、なんの問題もなく遺跡の中を進んでいた。
俺たちはパーティーを組む際に、簡単な役割分担を決めた。
まず、探索時に先頭を歩くのはアイラ、嗅覚を活かした索敵とアタッカーを兼任している。
そのほか、日常生活では食材調達の役割を担っている。
「アイラ、なにか違和感はないか?」
俺の問いにアイラは周囲を警戒しながら、振り向かずに答える。
「うむ、今のところ魔物の気配もない。本当に行方不明事件が多発している遺跡とは思えんな」
アイラは頭をぽりぽりとかきながら、首をかしげた。
アイラが不思議に思うのも無理はない。
なんせ遺跡の中で魔物に遭遇していないのだ。
たしかにダンジョンのような邪悪な雰囲気ではないが、そのことには違和感を感じた。
俺は周囲を確認しようと振り返り、バランスを崩した。
「大丈夫ですか、リアム様。気を付けてください」
「ああ、すまない。助かるよ、ルーナ」
バランスを崩したところに手を差し伸べてくれたのはルーナだ。
先頭のアイラに続き、その後ろを俺が歩き、左側にはルーナが付き従っている。
俺は魔王に左腕を肩から切り落とされている。
慣れてきてはいるが、やはり左手を無意識に使おうとしたり、左側への注意が薄れることがあるため、ルーナが補助的に支援してくれている。
戦闘時は最後衛にまわり回復役に徹する。
しかし、単純な回復魔法ならソフィリアのほうが力が上だったため、ルーナの役割は俺の補助をすることがほとんどになっている。
俺としては、こんな美人に至れり尽くせりしてもらえるのだから気分が悪いはずがない。
最後尾を歩くのはソフィリアだ。
ソフィリアの魔導士としての戦闘力には正直驚かされるものがあった。
ハイエルフで魔力量が多いこともあり、俺の魔法による援護をまるで必要としない。
日常生活ではルーナとともに俺の補助と家事全般をこなしている。
その仕事ぶりは完璧の一言だった。
俺はこのパーティーは完璧な布陣ではないかとすら思っていた。
今までのクエストもほぼ無傷でクリアできている。
日常生活でも美女に囲まれながらの生活…悪くない。
しかし、そのことで油断が生まれ、この後にあんな大惨事になるとは俺はまだ知らなかった。
その後も、なんの異変もなく遺跡を進み、とうとう最深部までたどり着いた。
俺は後ろを振り返り、ソフィリアに問いかける。
「どう思う、ソフィリア。いくらダンジョンではないとはいえ、魔物が全くいないということはあるのか?」
ソフィリアもあごに指を当て、少し考える。
なんとも知的に見える。
ソフィリアはハイエルフだから寿命は長い。
俺たちではわからないことでもソフィリアなら知っているかもしれない。
「そうですね、この遺跡が聖なる力で守られていればあるいは。それとも、冒険者が訪れすぎて魔物が生息できないとかくらいしか、考えられませんが…」
ソフィリアもこの状況に少しの違和感は感じているようだ。
俺も違和感は感じているが、しかし、そこまで重要なこととは考えていなかった。
このパーティーなら、何も問題はないはずだ。
そう、問題ないはずだった。
しばらくすると、広い部屋が見えてきた。
どうやら終点らしい。
部屋に入ると、だだっ広い部屋の奥にもうひとつの小部屋がある。
その小部屋まで行くと小部屋の隅にポツンと魔導士風の冒険者が、杖を握り締め膝を抱えていた。
俺たちが彼女のもとへ駆け寄ると、彼女はうつろな目でこちらを眺めていた。
ケガはない、しかし、どうにも反応が鈍い。
よほど衝撃的なことが、目の前で起こったのだろうか。
部屋中を見回すが、特に魔物の姿はない。
しかし、だだっ広い広間の奥に、ここまで真っ暗な小部屋があるとは。
この小部屋は、何を意味しているのか俺にはわからなかった。
俺はひとまず彼女にケガがないか、ルーナとソフィリアに確認するよう指示を出し、もう一度周囲を見回す。
アイラも鼻をヒクつかせ、周囲を警戒していた。
回復魔法を使えない彼女は、こういう場面では、ほとんどやることがないため、周囲の警戒をしていることがほとんどだ。
今日も手持無沙汰だと言わんばかりに不満げな表情をしている。
「アイラ、このだだっ広い部屋の調査を頼む」
そんなアイラを見かねて声をかける。
「お、おう。任せるのじゃ、隅から隅まで調べつくしてやろうぞ」
仕事を与えられ、目を輝かせながらアイラは元気よくうなずいた。
最近、アイラの仕草が急に可愛く見えてきた。
思えば、魔王を倒したくらいからアイラの様子が変わったように思う。
そんなことを考えながら、元気よく走り出すアイラを見守っていると、背後から突然大声がした。
「そっちはダメ!」
振り返ると、うつろな目をした彼女が暗い小部屋から外に出てきており、アイラに向かい叫んでいる。
そっちはだめ、俺はその言葉を頭の中で反芻した。
そして意味を理解し、もう一度アイラのほうを振り返ったが、もう遅かった。
ガコン……キーン………
アイラが部屋の床を踏み抜いたところで、装置が起動するような音と耳鳴りがし始めた。
すると部屋の中心から、青白い光が部屋中に広がり始めた。
マズイ!俺は直感的にそう感じた。
「アイラ!」
叫びながら、アイラに駆け寄ろうとしたが、アイラはすでに光に飲みこまれていた。
徐々に光は広がり、すぐそこまで迫っている。
俺は振り返り、ルーナたちのもとへ向かう。
ダメだ、間に合わない。
そう思った瞬間、ソフィリアは助けたばかりの彼女を俺に向かい、突き飛ばした。
かろうじて右手で彼女を抱きとめる。
そして、左手をルーナとソフィリアに伸ばす……。
伸ばしたはずの手がない。忘れていた、そうだった、俺は左腕がない。
もうすぐそこ、腕を伸ばせば届くかもしれない距離にいる二人に手が届かない。
そうしているうちにも光が迫る。
俺は懸命に手を伸ばした、あるはずの腕を。しかし失った腕を。
光に飲みこまれる寸前、ルーナが俺の足元になにかを投げているのが見えた。
しかし、俺たちは光に飲みこまれてしまった。
俺は気が付くと遺跡の入り口にいた。
右手には助け出した女冒険者。
しかし、アイラ、ルーナ、ソフィリアの姿はない。
俺は記憶をたどった。
昔、ジルガたちに言われたことがある。
古い遺跡や高難度のダンジョンには、転移トラップが存在すると。
転移トラップに巻き込まれたら、パーティー全員が死ぬから絶対にトラップを踏むなと。
そのトラップを踏んだのだ。みんな転移トラップにかかったのだ。
俺の油断が招いたことだ。
順調にクエストをクリアしていく中で、慢心していた。
アイラも、ルーナも、ソフィリアも、もうここにはいない。
俺は絶望感で目の前が真っ暗になっていくのを感じた。




