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27話 魔王ザウスガート

カツン、カツン、カツン。


長く暗い階段、そこを俺はひとり下りていく。


俺はふたりと別れるとき、うまく笑えていただろうか。

なるべく心配されないようにしたつもりだったが、うまく笑えていた自信がない。

ルーナの涙、アイラの激怒した表情が俺の脳裏に焼き付いて離れない。


ふたりには感謝してもしきれないほど、助けてもらった気がする。

そんなふたりにあんな顔をさせてしまった、申し訳ないという気持ちがあふれている。


そんなことを考えていると、アイラの牙をむき出しにした恐ろしい表情が目に浮かぶ。

ここで敵を倒して無事に生還したところで、アイラに殺されそうだな。

あんなに激怒したアイラは見たことがない。きっとルーナも黙ってはいまい。


いっそ、敵を倒したら国外逃亡でもするか。

いや、俺はふたりに感謝している。

この気持ちを伝えずに去ることはできないだろうし、してはいけない。

必ず帰って感謝の気持ちを伝えるんだ。


やはり俺の感じた違和感は間違いではなかった。

しかしこれは、想像とは少し違う。


最初は、魔力を吸収されているように感じてルーナにペンダントを託した。

だが、階段を下りていく途中ではっきりした、魔力が回復しない。

回復量が少なくて実感がないのではない、全く回復していない。


これが敵の能力かはわからないが、この状態では魔法は乱発できないし、ソフィリアにもらったペンダントの魔力回復量増加の効果も得られないだろう。


ソフィリアにもらった大切なペンダント、ルーナは大切にしてくれるだろうか。

ソフィリアからのもらい物だと言えばたたき割るかもしれないな。


「ふふふ」


思わず、笑みがこぼれる。


カツン、カツン、カツーン。


階段が終わる。

最下層についたのだ。

短い廊下を抜けると、広く薄暗い空間が広がっていた。

その中央に、幾重にも重なったガイコツの上に座っているものが見える。


「お前が魔王か?」


考えるより先に言葉が出た。


見た目はスケルトンのような全身ガイコツ、ボロボロの分厚いローブを身にまとい、大きく真っ赤な宝石の付いたペンダントと、両腕に派手な金のブレスレットをしている。

スケルトンの親玉といった容姿だが、身にまとう空気は明らかに強者のものだった。


そして、魔王と思われる敵はゆっくりと口を開いた。


「小僧、その若さでわれのことを知っておるのか。たしかに、われは魔王ザウスガート。全ての魔を統べるもの」


やはりそうか、俺は合点がいったと同時に頭の中で疑問が浮かび上がる。

その魔王が、なぜこんなところにいるのだと。

魔王は本来、魔族の王であり人間と長い間敵対している。

こんな場所に易々と現れるような存在ではないはずなのだ。


「やはりお前が魔王だったか。その魔王様が、なぜこんなところにいる?人間に戦争でも仕掛けるつもりか?」


魔王は鼻で笑いながら答える。


「ふん、いずれはな。混合種の魔物の完成形を作れたあかつきには、その魔物にきさまら人間を排除させよう」


なるほど。

さっきの魔物は、やはり自然発生ではなく魔王の仕業というわけか。

あんなものが大量に町に流れ込んだら、被害は計り知れない。

俺がここで止めるんだ、たとえ力が及ばなくても…。


だがそれよりもだ。


「なぜ、2年前、ラズエルの村を襲った?王都の東に位置するのどかな村だ、忘れたとは言わせない!」


「2年前…ふむ、覚えておらんな。ただの暇つぶしだろう。きさまはそこの生き残りか、やつら以外で殺し損ねた人間がいたとはな、ザイドリッツめ。まあいい、では、今度こそ跡形もなく葬ってくれる。ついでに、上に残っている小娘と獣も一緒にな!」


一瞬ドキッとした。

ルーナとアイラは、まだ帰還していないのか!?

だとすると、俺が簡単に負けるわけにもいかない。

なんとしても、こいつを止める!


「させるか!」


俺は剣を強く握りしめ、魔王に向かって走り出す。

絶対に魔王を止める、その目的を果たすため、俺は剣を振るった。




「どうした、もう終わりか?」


魔王はあざ笑うかのように俺に問いかける。


呼吸が苦しい、手の感覚もなくなってきた。

血も随分流れたのか、目の前が揺れている。

剣を支えに立っているのがやっとの状態。

自分の真下には、己の血で血だまりができている。

ははは、なんともひどいやられようだな。


しかし、なぜだ?攻撃が当たらない。

剣を避けられるのはわかる、軌道を読まれているのだろう。

だが、魔法は当たっているはずなんだ。

くそ、どうなってる!?


「空間…魔法展開、ヒートウェイブ!」


広間全体を炎の波が広がっていく。


「無駄だ、何度やっても同じこと」


魔王に当たる瞬間、その部分のみ炎の波がかき消される。

やはり、どんな魔法もやつにあたる瞬間、消滅してしまう。

さらに魔法を使えば魔力を消費し、時間経過でも魔力は回復しない。

まさにジリ貧だ。


ここまでの差か…これではアイラがいたとしても勝てたかどうか。

せめて、一太刀だけでも…。

俺は自分の魔力が限界にきていることは理解していた。

だが、出し惜しみはしない。

自分の周囲の重力を操作、気流の流れをイメージ…。


「空間魔法展開、エアーロード!」


さらに、気流の速度を上げ、流れも複雑に…。

俺は広間全体を縦横無尽に飛び回る。

今だ!

鳥が高速で飛行し、獲物を一瞬のうちに捕らえるように、俺は魔王の背後から、やつの首を狙い剣を振りぬいた。


手ごたえは…ない。かわされた。

同時に目の前に魔王が突如として姿を現し、俺の首を鷲掴みにした。


その瞬間、エアーロードは消滅。

俺はそのまま持ち上げられ、宙づりの状態となる。

たとえこの一撃で、やつを倒せなくても、手傷を負わせて退けることぐらいはできるかもしれない、そう思っていた。


しかし結果は、そうはならなかった。

背後からの…完全な死角からの攻撃だったはずだ、これがやつの魔眼の力ということなのか。


「残念だったな、われに死角はない」


魔王は俺をあざ笑った。

この状況、勝利を確信したのだろう。そこには油断があった。

まだだ!この距離なら軌道が読めてもかわせないだろう!


「ふん、その状態から剣を振るか。良いだろう、やって見せろ!」


先を読まれた!?

なぜだ、殺気は極限まで抑えたはずなのに。

だが、やれと言うならやってやるさ!


ズバン


俺は垂直に剣を振り上げた。ドサッという音とともに俺の身体が地面に落ちる。やつの手は、まだ俺の首をつかんでいるが、その腕は、やつの本体から切り離された。

血は飛んでいない。当然か、ガイコツだもんな。

だが、一矢報いた。このままたたみかけて……。


俺の思考は停止した。

切り落としたはずの腕が、俺を再び持ち上げたのだ。

そのまま、腕は元の状態へ戻る。


そんなまさか…再生能力だと…。

俺は絶望した。

この距離なら、油断しきった今なら…と、決死の思いで剣を振りぬき、腕を切り落としたのに無傷。


もうどうしようもない。

とうとう俺の心は折れた。

盛大な音を立てて、折れた。


そんな俺が考えていたことは、ふたつだった。

ルーナとアイラは、無事にダンジョンを脱出してくれただろうか。

ソフィリアは、今も俺の帰りを待っていてくれているだろうか。


ふと、ルーナとアイラ、ソフィリアの笑顔が目に浮かんだ。

それと同時に、諦めるな!と三人に背中を押された気がした。


そうだ、俺はこいつを止めるために戦っているんじゃない。倒すために戦っているんだ。

殺された故郷のみんなのため、ソフィリアのため、そしてルーナとアイラが逃げるためにも、俺はこいつを倒す!命に代えてもだ!!!


俺は魔力を集中させた。

自分ごと、この空間に魔法を放つ、こいつを道連れに。

魔王もそれを察知したようだが、油断しているのか、気にも留めていない。


「ここで魔法を使えば、きさまは死ぬぞ」


その言葉を鼻で笑いながら、構わず魔力を集中させる。


「どうせ、なにもしなくてもお前に殺されるからな。最後まであがいてやるさ。くらえ、空間魔法展開、スターダストレイ!」


聖なる星屑が降り注ぐ。俺と魔王は聖なる光に飲みこまれるのだった。

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