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26話 別れ

俺が魔物に向かっていくのを確認し、アイラは逆に魔物と距離を取る。

俺に近接戦を任せるためだ。


「主よ、われとの特訓を思い出せ!」


アイラとの剣術の特訓…そうだ!考えるよりも先に動くんだ!相手の動きを見て、半歩先へ。

俺は剣を構えたまま突っ込んでいく。

来る、前足の攻撃!

俺は速度を殺すことなく、攻撃をかわしつつ魔物の身体の下へ滑り込む。

そこからの斬撃、しかし堅い体表に阻まれダメージを与えられない。


魔物は飛び退きながら、炎と毒液を吐いてくる。

退くな、距離をとられれば、やつの波状攻撃の餌食になる。

俺は、炎と毒液をかいくぐり、魔物との距離を詰める。


すると魔物は、不意に身体の向きを変える。

糸の攻撃が来る、回避するんだ!

瞬時に回避行動を取るが、間に合わず身体を糸に絡めとられる。

しかし、繭にされる前にアイラによってクモの糸は切断され助けられる。


アイラの援護は完璧だ、俺を攻めの中心に置きながらも、周囲の状況を把握し最適な行動を選択している。

俺も近接戦をマスターするなら、アイラの動きは参考になる。

だが、アイラの動きだけを見ている場合ではない。

敵の動きも速い、集中するんだ、半歩先に動くことだけを意識しろ!


しかし、アイラほどのスピードがない俺には、敵の動きを予測し、半歩先に動くだけでは、全ての攻撃を避けることができない。

そのたび、アイラが援護してくれてはいるが、このままではアイラの負担が大きい。

どうすればいい…。


「主よ、剣術だけにこだわるな!己の武器を活かせ!」


見かねたアイラが助言を飛ばす。

己の武器…俺だけができること…。

考えていると先ほどのアイラの言葉が頭の中で反響した。

剣術にこだわるな…これだ!


「アイラ、時間稼ぎを頼む!」


俺の強みは魔法と剣術の融合。

ただ、魔法を乱発しているだけでは剣術と融合した戦闘スタイルにはほど遠い。

剣術を活かすための魔法を使うんだ、どうすればいいか考えろ。

もしアイラのように高速戦闘が可能になれば……試してみる価値はある。


俺は空間魔法で、自分の周囲の限られた範囲の重力を軽くする。

さらに風魔法で気流を発生させ、気流の通り道を操作。

その気流に乗ることで、速度を飛躍的に向上させる。


「いくぞ、アイラ!空間魔法展開、エアーロード!」


俺は気流に乗り、アイラと同等のスピードで魔物に接近。

魔物の攻撃を紙一重でかわし、同時に気流の流れを操作し、まるで鳥が高速で飛び回るように縦横無尽に移動する。

さらにすれ違いざまに斬撃を加える。

俺とアイラの高速連携に魔物の堅い体表も削れ始める。


相手の動きがわかる、反応できる。

加えて斬撃の威力も上がっている。

特訓の成果が出ているんだ。

徐々にではあるが確実に魔物は弱っていく。


「アイラ、終わらせるぞ!」


俺は気流を操り、魔物の後ろから3つ同時に首をはねる。

アイラは魔物の身体の下に潜り込み、そこから渾身の突きを見舞った。


ズズゥゥゥン

魔物は力なく倒れた。


俺は正直、手ごたえを感じていた。

同時に、ものすごい疲労感に襲われる。

これなら魔法を活かした剣術での戦い方ができる。

アイラには感謝しかない、剣術の特訓といい、今の戦闘といい、アイラがいてくれたからこそ、この戦い方を見つけることができたんだ。


でも、思った以上に魔力の消費が激しいな。

重力操作と気流の操作は、常に魔力を消費し続けるから、魔力自動回復量を超えてしまうらしい。

今後はもっと改良が必要だな。

それまでは、これは切り札として、あまり乱発しないようにしよう。

ひとまず、この魔物の正体を考えなければ。


「やったな、主よ」


魔物の前で考え込んでいる俺に、アイラは歩み寄ってくる。


やった…たしかに俺が主体の近接戦で魔物を討伐したし、新たな戦闘スタイルも見つけることができた。

だが、これはリスクが大きい。

長時間の戦闘では、俺の魔力が枯渇する恐れもある。

今もまだ魔力が回復しきれていない。


「ああ、アイラの援護のおかげだ。特訓の成果も感じることができた、改めて礼を言うよ」


アイラは照れくさそうに鼻をかきながら、しかし少し得意げである。


「ふむ、これではわれも早々に主に剣術で勝てなくなるやもしれんな」


「いや、俺のは魔法を併用している。やはり、剣術のみではアイラには勝てないだろう。それにしても、戦闘中から気になっていたが呼び方を変えたのか?」


アイラは大きくうなずいた。


「戦闘中からとはずいぶん余裕じゃのぅ。そうじゃ、われらはパーティーを組んだことで、主従関係ではなく、対等なメンバーになった。さらには、ともに鍛錬に励み、互いに研鑽する仲になった。ゆえに呼び方を変えたのじゃ」


俺は少し嬉しかった。

呼び方が変わったこと自体が嬉しかったわけではない。

アイラに認めてもらえた気がしたのだ。


「さて、この魔物じゃが…」


俺とアイラは目の前で力尽きている新種の魔物を前に考えていた。

今まで、魔物が融合しているのは見たことがない。

ただ、魔物の異常性については以前にも見たことがある。

あれは、たしかルーナと探索に出たとき。

コカトリスが同種である別のコカトリスを捕食し、巨大化と再生能力を見せた。


あの時も目を疑ったが、今回はさらに異常事態ともいえる。

魔物の融合、こんなことは自然発生的にはあり得ない。


「主よ、どう見る?魔物の混合種というものを、われは見たことないのじゃが…」


どうやらアイラも同じことを考えているようだ。

ふたりとも答えを出せずにいると、辺りが静かになったことに気づいたルーナが駆け寄ってきた。

そのとき、急に頭の中に誰のものかわからない声が流れ込んできた。


「きさまら、自分たちが何をしたかわかっておるか?その代償、高くつくぞ。我がもとに来い!でなければ、こちらから出向いて皆殺しにしてやろう」


声とともに広間の奥の壁が、ガラガラと音を立て崩れ始める。

見ると、下に続く階段がある。


俺たち3人は、階段の入り口の前で立ち止まる。

その先から漂う、ただならぬ気配。

これだ!俺が感じた気配、俺はこの気配を知っている。

しかし、まさかこんなところで遭遇するとはな。

思わず口角が上がる。そしておもむろに階段に足を踏み入れる。


その瞬間、俺は違和感を感じて振り返る。

アイラとルーナは不思議そうな表情で俺のことを見つめていた。

俺は階段の入り口に背を向け、ふたりを少し下がらせる。


「この先へは俺ひとりで行く。アイラ、ルーナを頼む」


ルーナは目を丸くしているが、アイラの表情は険しくなる。

アイラは、もとは魔獣だ。敵の気配や強さを察知する能力に長けている。

この先の敵に対してのアイラの警戒度が表情からうかがえる。


「主よ、この先の敵の強さ尋常ではないぞ。われら全員でかかっても倒せるかどうか…」


「ああ、そうだな。だが、このまま逃げたとしても皆殺しにされるかもしれない。だから、お前たちだけでも先に逃げるんだ。俺はこの敵を知っている。この気配、以前感じたことがあるんだ。だから、俺に任せてほしい」


アイラは力強いまなざしで俺を直視する。

しばらくそのまま沈黙の時間が経過し、ふぅ、とため息をひとつ。

どうやらアイラは理解してくれたようだ。


「この戦い、主にとって大事なものなのじゃな。よかろう、口を出すまい。いくぞ、ルーナよ」


ルーナは目を丸くしたまま状況をのみ込めていない様子だが、アイラに手を引かれ、広間の出口へと歩き始めた。

俺は、ふと自分のペンダントが気になった。

そして、思い立ったようにルーナを追いかける。


「ルーナ、これを持っていてくれ。命より大切なものなんだ、なくさないでほしい」


そう言いながら、俺はルーナの首にソフィリアからもらったペンダントをかけた。

同時に階段のほうへと歩きだす。


「待って!待ってください、リアム様!」


振り返ると、ルーナが俺のもとに駆け寄ろうとするのをアイラが必死に止めていた。


「なんじゃ!?ルーナよ、どうしたというのじゃ!?落ち着け!」


アイラもルーナの豹変に驚きを隠せないまま、ルーナを羽交い絞めにしていた。

そうでもしなければ、きっとルーナを抑えきれないだろう。

それほどまでにルーナは取り乱し暴れていた。


「放して!放してよ、アイラちゃん!なんで止めるの!?このままじゃリアム様が!!」


俺にはルーナが取り乱している理由がわかっていた。

ルーナは鑑定眼が使える、きっとペンダントがどういうものであるかは理解しているんだ。


「…空間魔法展開、オクテットウォール…」


俺は階段を数段下り、階段の入り口を取り囲むように何重にも重ねた魔法防御壁を展開する。

俺の使用できる最上級の防御壁だ。


防御壁を張り終えたところで、状況を理解したルーナは力なく膝から崩れ落ちた。


「だって…このペンダントがないと……リアム様の魔力回復量はそこまで多くない…もう…上級魔法を何度も使えないほど……消耗してるのに…」


ルーナは両手で顔をおおってはいるが、その隙間から涙があふれ出ていた。

ルーナの言葉を聞いた瞬間、アイラが恐ろしい形相で飛びかかってくる、が、防御壁に阻まれ俺には届かなかった。


「きさま!勝手なことをしおって!われらはパーティーではないのか!!戻れ!!!」


俺はルーナが涙している理由も、アイラが激怒している理由も理解している。

だが、俺としてもふたりを巻き込むわけにはいかない。

この旅は俺が魔王を倒すために始めた旅。

ふたりには魔王を倒さなければならない直接の理由はない。


この先にいるのはおそらく魔王。

2年前、故郷で感じた邪悪な気配と、まったく同じ気配を感じる。

同時に相手の強さも直感的に伝わってきた。

今の俺たちで勝てるかもわからない、むしろ勝てる可能性のほうが低い。

それならば、俺ひとりでいい。ふたりが王都へ戻り報告すれば、急ぎ討伐軍が編成されるだろう。


俺の役割は、それまでの時間稼ぎか、一矢報いる程度。

魔王を倒すなど甘かった、まさかここまで力の差があるとは。

ただ、魔力の温存を考えずに全開で戦えば、もしかしたらという思いもあった。

だが、そうすると周囲のものを巻き込んでしまう可能性もある。


だから、お別れだ。

俺はルーナとアイラに笑顔で別れを告げる。


「今まで楽しかった、俺たちはここでお別れだ、これからは自分のために生きてくれ」


俺はひとり、暗い階段を下りていく。ルーナの悲痛な叫びをその背に受けながら。

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