22.5話➁ 決戦のあと《ガルム改めアイラ》
「小娘、われは散歩に出る。丘の上におるゆえ、主さまが目覚めたら声をかけてくれ」
レヴィアタンを倒してから、1日が経とうとしているというに主さまは眠ったまま。
よほど無理をしたとみえる。
しかし、それも仕方なかろう。
相手は、クラーケンにヒュドラ、レヴィアタンじゃからのう。
カルキノスは、われが相手をしたとしても、そもそもの戦力差は歴然。
あのレベルの高範囲魔法を連続で使用すれば、いくら主さまとて無事ではすまんということか。
「ここにいたか」
突然、野太い声がした。あれはたしか…。
「バルス…じゃったか?」
「そうだ、王都でギルド長をしている」
声の主は己の武器である戦斧を背負い、仁王立ちしていた。
「そのギルド長さまが、なんの用じゃ?」
「俺たちは、一足先に王都へ帰還する。リアムはまだ目覚めん様子だから伝言を頼みたい。あの時はすまなかった、この町を救ってくれて感謝すると伝えてくれ」
そういうとバルスは頭を下げる。
「伝えてはおいてやる」
「感謝する。リアムの目が覚めたら、王都へ帰還してくれ。今のところ急ぎの用はないから、ゆっくり身体を癒してからでかまわん」
われは横目でバルスを見ながらうなずいた。
「ふむ」
「それとひとつ聞きたい」
この男、長々と話しおって。
これでは、わざわざ1人で散歩に出た意味がないではないか。
「先の戦いでお前の姿を見たが、お前はウルフドッグ。中でも気性が荒く凶暴だと言われるガルムだな?」
「だとしたらどうする?われを捕まえ処刑するか?」
バルスは一瞬、眉をひそめたが、すぐに話を続けた。
「いや、そんなことはしないさ。お前もこの町を救ってくれたリアムのパーティーメンバーだからな。俺が聞きたいのは、なぜリアムと行動を共にしているかということだ。俺の知っているガルムという種族は、絶対に人に懐くような種族ではなかったはずだ」
「なるほどのう。答えは単純じゃ、われは主さまとの戦いに敗れた。われは主さまの強さに感服している、ゆえに忠誠を誓ったのじゃ。それと…」
しまった、ついうっかり口が滑ったわい。
本当のことを言って、こやつがわれの障害にならん保証はないというに。
聞き逃しておればよいが。
男は首をかしげ、不思議そうに聞き返す。
「それと…なんだ?」
しかし、期待とは裏腹にバルスは聞き逃してはいなかった。
聞き逃さんか…仕方がないのう。
「われはもともと、王都の北に位置する森におった。そこに主さまが探索に来たわけじゃが、その前にも何者かが森に侵入しているのだ」
「それは騎士団の者たちだろう、王都から派遣したが帰還していないのは、お前の仕業だったか!」
男は語気を強め、言い寄ってくる。
「まあ待て、たしかに、われのかわいい子分たちがやったことかもしれんが、わしは無関係じゃ。それに、その者は、王都の者ではないと主さまが言っておったしのう。」
男はまだ興奮冷めやらぬ様子だが、無視して話を続けよう。
「その者は、われの子分たちを倒すでもなく連れ去ったのじゃ。倒すならまだしも連れ去り、なんらかに利用しているとなれば、これほどの屈辱はない。われはその者を討ち、子分たちを解放してやると決めておる」
「そのことをリアムは?」
「伝えてはおらん。主さまは周りに無関心なように見えて、実はおせっかい者じゃ。われがこのことを話せば、例え自分が王都から追われる身になろうとも、われの復讐に協力するやもしれん。われはそれを良しとはしておらん。この旅で、情報を集め、相手が何者か分かれば、われは主さまのもとを離れるつもりじゃ。この件はわが種族の問題、他の者に報告することも邪魔をすることも許さん」
男は少し考えてから、ゆっくり口を開いた。
「悪いが、罪深き森での魔物の乱獲があった件は、国王様へ報告させてもらう。仮に復讐を終えることができたとして、乱獲された魔物を野に放つことは、われらとしては迷惑この上ない」
「きさま、われの話を聞いておらなんだか?報告することは許さぬ!どうしてもというなら、その小さき命、わが牙で嚙み砕いてくれる!」
男は、自分の背負っている戦斧に手をかけ、表情をこわばらせた。
「もし、それが原因で国に危機が訪れたならば、どうするつもりだ?ことが起こってからでは、手遅れになるかもしれんのだぞ?」
「そうならんように、われが始末をつけると約束しよう。それに、そちら側には主さまがおる。ことが起こってからでも、なんとかするかもしれんぞ?」
男はしばらく考えてから戦斧を握る手を離した、表情のこわばりも消えている。
「そうか、たしかにリアムならばあるいは…。特に魔物を乱獲したとしても特別問題が起こっているわけでもない。森の安全を守るための措置というならばないこともないが…仕方ない今回だけは不問とする…俺もこの町を救ってくれた英雄たちを尊重したい気持ちはあるからな。もし、俺にできることがあれば、いつでも相談してくれ」
「ふむ、なにかの際にはそうするとしよう」
男は頭を下げ、去っていった。
さてどうするかの。われは少し考える。
はたして相手が分かったとして主さまから離れることができるものなのか。
主さまは頭もキレる。主さまに悟られんように慎重に行動するしかないのう。
ぼんやり考え事をしていると、小娘が慌ただしく現れた。まったく、われには昼寝をする時間もないというか。
「アイラちゃん、私も戦いの場で役に立てることはないかな?」
どうやら小娘は、今回の戦いで自分の中でなにかが芽生えたように見える。
たしかに惚れた男の役に立ちたい気持ちはわかるが、この小娘、戦闘はおろか、戦場で自分の身を守ることもできそうにない。
しかし、それを言って納得しそうもないしのう。
「後衛で補助や救助をするならばあるいは、小娘でも役に立てるやもしれんぞ」
「ありがとう、アイラちゃん」
ふむ、この娘、ただ惚れただけというわけではなかったか。われも見習わねばならんか。
子分たちを乱獲されながら、この容姿ゆえ、外界へ出ることを諦めていたところに主さまは現れた。
そんな主さまと正々堂々と勝負し、われは負けた。
自分に言い訳をして、子分たちの無念を晴らそうとしないわれを、叱ってくれたような気分じゃった。
その後も、小娘同様に接してくれておるし、戦場では信頼もされておる。そういう意味では、われも主さまに感謝しておる。
一度は諦めた復讐じゃ、気長に情報を集めればよい。
それまでは、われもこやつらとの旅を楽しもうではないか。
「主さまを譲る気はないがな」
ルーナは顔を赤くして口をとがらせている。
こやつをからかうのも、旅のひとつの楽しみとするか。
「もう!私だって負けないんだから!」
「あっはっはっは」
さて、少し昼寝をしたら鍛錬でもしようかの。
今回の戦い、われにもっと力があれば、そもそも主様はレヴィアタンのみに集中できておったはず。
ふむ、われもまだまだというわけか…。




