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22.5話 決戦のあと《ルーナ・アルシノエ》

ここはシーティアの宿屋の一室。

リアム様は、昨日から寝続けて起きる気配がない。

私は額のタオルを取り替える。

少し心配ですが、どうやら熱は引いたみたいですね、良かった。


「早く良くなってくださいね、リアム様」


そう言いながら、私はリアム様の頬に手を添える。

いつもは、あんなにクールなのに寝顔はかわいいですね。


昨日レヴィアタンを倒してすぐ、王都のギルド長バルスさんがリアム様を担いできたときはびっくりしましたが、どうやら魔力を使いすぎたみたい。


あれだけの広範囲の魔法を連続で使ったんですから、いくらリアム様でもこうなりますよね。

私は遠くから見守るしかできませんでしたが、遠くから見ていても戦いの激しさは伝わってきました。

きっとリアム様でなければ、町を守ることはできなかったでしょう。


そういえば、あのときも私はただ見守るだけでしたね。


初めてリアム様と出会った日、お父様と喧嘩し、家を飛び出した私は奴隷商に捕まり、さらには魔物にも囲まれて、一度は死を覚悟しました。

そこにリアム様が颯爽と現れ、私を助け出してくれた。


そのあともリアム様は、私を奴隷としてではなく、対等な立場の女として接してくれた。

嬉しかった…助けてくれたのは、奴隷として引き取るためなのかと思ったけど、そうはならなかった。私はそんな優しいリアム様についていきたいと思った。


そのあとも、私のわがままを聞いてくれて、気がかりだったお父様とのお別れもできました。

本当にリアム様にはお世話になりっぱなしです。

私はリアム様のために、なにかできることはあるのでしょうか…。


「ルーナちゃん、いるのかい?入るよ」


「はい、どうぞ」


扉を開けて入ってきたのは、この宿で店主をしているマリームさん。


「まだ目は覚めないのかい?ルーナちゃんも少し外の空気でも吸ってきたらどうだい?」


マリームさんはリアム様を一目見るとため息交じりにそう言った。


「いえ、私はリアム様のおそばにいます。目が覚めたとき、誰もいなかったら寂しいでしょうから」


「おやおや、英雄様はモテモテだねぇ。ほれ、早く目を覚ましな、こんなかわいい恋人に心配かけんじゃないよ!」


マリームさんは寝ているリアム様に向かって、顔を近づけ呼びかける。

しかし、リアム様に反応はなかった。

せっかく寝ているのに起こさなくてもと、私は慌ててマリームさんを静止した。


「い、いいんですよ、マリームさん。リアム様はずっとひとりで戦っておられました。少しゆっくり休んだほうがいいんです。それに私は恋人では…」


顔が熱い…顔が真っ赤になっていそう、恥ずかしい。


「その様子だと、まだまだ先は長そうだねぇ。ひとつアドバイスをしてあげるよ。男ってのはね、鈍感で本能には逆らえない生き物なんだ。その気にさせたきゃ、乳のひとつも揉ませて既成事実ってやつを作っちまいな」


がっはっは、と笑いながら、マリームさんは部屋を出ていった。

明るくて元気なおば様だこと。

でもね、マリームさん。リアム様には色仕掛けは通用しないんです、何度か試みたけどダメでした。だから困っているんですよ…。


そうだ、戦いの中でリアム様の役に立てることがないかアイラちゃんに相談してみよう。アイラちゃんなら、なにかいい考えがあるかもしれない。


私はアイラちゃんがいる丘の上に向かった。

アイラちゃんは…木の下で昼寝してる。

私の気配に気づいたアイラちゃんは、顔を上げることなく横目で私を確認した。


「なんじゃ、小娘。主さまは目が覚めたか?」


寝そべったまま聞いてきた。

思えば、アイラちゃんとはそこまで親しい仲ではない。

そもそも私に親切にする理由もないのだ。

私は急に緊張してきた、そういえば2人でちゃんと話すのも初めてだった。


「いえ、それはまだ。あの…アイラちゃん、聞いてもいいですか?」


「なんじゃ?われに質問とはめずらしいのう」


アイラは身体を起こし、首をかしげながら答える。


「私もアイラちゃんみたいに、戦いの中でリアム様の役に立てるでしょうか?」


私の質問にアイラちゃんは眉をひそめた。


「小娘、そんなことを聞いてどうする?」


「私はアイラちゃんと出会うずっと前から、リアム様にお世話になりっぱなしです。なにか役に立ちたい…リアム様が私に興味がないのか、私に魅力がないのか、相手にされていないこともわかっています。それなら、せめて戦いの場で役に立てることはないかと。アイラちゃんなら、戦いの経験も豊富だから、なにかわかるかなって」


アイラは腕を組み、考え込んだ。

しばしの沈黙が流れる。

そしてゆっくり話し始めた。


「そうか…おぬしの考えはわかった。では、はっきり言おう…おぬしに戦いの才能はない。最前線の戦闘では主さまの役に立つことはおろか、足手まといじゃ。最前線で主さまを支えることは諦めるんじゃな」


「そう…ですよね」


わかっていた、私に戦いの才能がないことは。

でも、アイラちゃんならあるいは、なにかいい方法を知っているかと期待したのに。


私にできることは鑑定眼で物を見ることだけ…。

でも、リアム様なら、いずれ私の鑑定眼も必要なくなるかもしれない。

そしたら、私が一緒に旅をする意味って…。


顔を伏せ、地面を眺めていた私にアイラちゃんはため息をひとつ。

そして、私の肩にポンと手を置いた。


「はぁ…まあ、待て。われの話をよく聞いておらなんだか?われは最前線では無理だといった。先の戦い、ぬしは主さまの足手まといになったか?」


「昨日の戦い…私は負傷者の救護を………!」


アイラちゃんの言葉に私はハッとした。

私は前回の戦いで役割を与えられていた。

それを思い出したのだ。


「気づいたか?それじゃよ。後衛で支援魔法を使うなり、負傷者の救護をするなり、戦いの場において戦闘自体が全てではない。主さまとて、おぬしが不慣れな戦闘で傷つくことは望んではおらんじゃろうて」


そうだ、アイラちゃんの言う通りだ。

私にも少ないけど魔力はあるし、回復魔法を使うことができれば、リアム様に広範囲化してもらって、リアム様の魔力を温存させることもできるかもしれない。


回復エリアを作るなんて普通の人には簡単にはできないんだ、魔力の消耗も激しいはず…それを私が代わってあげられれば、リアム様の役に立てる…私の存在意義ができるんだ!!!


「アイラちゃん、ありがとう」


私はアイラちゃんに深々と頭を下げた。

やっぱりアイラちゃんはよくわかっている。


リアム様のことだけでなく、全体のこともよく見ているんだ。

目の前のことでいっぱいいっぱいだった私とは大違いだ。

本当にスゴイな。


「あいにくと、われには回復魔法全般は使えぬ。あとは自分でなんとかするんじゃな、ルーナよ」


「えっ!?今、私の名前…」


「おぬしの本気がうかがえた。十分じゃ、われはおぬしを応援しよう」


アイラちゃんは優しく微笑んでくれた。

ありがとう、私、頑張ってリアム様を支えることができるようになる。


「まあ、主さまをおぬしに譲ってやる気はないがな」


そう言うとアイラちゃんは、またいたずらっ子のような笑顔を見せた。

この顔をするときは、だいたい私をからかっているときだ。

私にもわかってきた。でももし…その言葉が本気だったら…。

そう考えると急に不安になった。


「もう!私だって負けないから!」


「あっはっはっは」


私とアイラちゃんは、顔を見合わせて笑った。

アイラちゃんとの距離が少し縮まった気がする。

相談してよかった。

それから私は本屋に行って回復魔法の入門書を買った。

こっそり練習して、リアム様を驚かせるんだ。


「待っててくださいね、リアム様」


この日から私は、回復魔法の特訓を始めるのだった。

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