22話 その頃、ジルガ勇者御一行様はというと…その➄
「た、助けてくれー!」
レイクレットはシャドーウルフに足を攻撃され、自力で逃げることができずにジャバウォックの足元でもがいていた。
もはやそこには、騎士を目指していた若者の気高さは微塵も感じられなかった。
どうする?どうすればいい!?
くそっ、このまま全滅なんてあり得ねえ!
せめてシャドーウルフさえなんとかなりゃあ帰還できるってのに……そうか!
俺さまはひらめいた。シャドーウルフは影に潜む魔物だ、その弱点は聖なる光。
仮にあのジャバウォックとかいうやつもゾンビ化しているとすれば、聖なる光が弱点になるはずじゃねえか。
試してみる価値はある!さすが俺さま、天才的な頭脳だぜ!
と、内心で自画自賛する。そして、自信満々で指示をする。
「リリア!ハティ!やつらは聖なる光が弱点だ!お前たちの魔法をお見舞いしてやれ!」
リリアとハティは、ハッとした様子で顔をあげた。その表情からは恐怖よりも自信がみなぎっていることがうかがえた。
「そうだね、ハティいくよ!」
「はいっ!」
「清廉なる神々よ、わが魔力を糧に聖なる光で、この地を照らさん…ホーリーシャイン!」
リリアとハティの魔法で、俺さまたちの周囲が聖なる光で包まれる。
同時にシャドーウルフは消滅した。
よし、シャドーウルフには効果ありだ!
ジャバウォックは…
「フォアァァァーー!!!」
効果ありだ!
ジャバウォックは後ずさりし、森の中の暗闇に身を潜め、聖なる光を露骨に嫌がっているように見える。
しかし、リリアとハティの魔法の範囲はそこまで広くねえ、ジャバウォックを撃退できるほどじゃねえか。
なら、とりあえずレイクレットを救助して、いったん退いて態勢を立て直す。
「イゴール!ダスティン!レイクレットを助けろ!いったん退いて態勢を立て直すぞ!」
俺さまの指示でイゴールとダスティンがレイクレットを救助する。
レイクレットは足を怪我しており、自力で歩くことはできるが走ることはできない状態。
この状態でどこまでやつと距離をとれる?
とりあえず、ハティの魔法で回復できるところまで回復させて走ったほうが……
しかし、ジャバウォックも俺さまの考えがまとまるまで待っちゃくれなかった。
「フォアァァァーー!」
雄たけびとともに大きく息を吸い込む。その吸引力はすさまじく、周囲の木々が揺れるほど。
その様子を見ていた者全員が目を疑った。
ジャバウォックの吸引により、揺れていた周囲の木々が枯れていく。
さらに吸引し続け、とうとう枯れ木すらも消滅してしまう。
マズイ、あれは生気を吸い取る。でも待てよ、ジャバウォックにそんな能力があんのか?
こんなん誰が勝てるっていうんだ!?
俺さまの頭脳は再びパニックを起こした。その状態で必死に逃げようとするが、足がすくんでうまく逃げられない。
リリアとハティの魔法も効果の持続時間が切れてきたのか、範囲が徐々に狭まっていく。
悠然とジャバウォックが獲物との距離を詰める。
あと少しで、先ほどの吸引による攻撃の範囲に入る。
マズイ、マズイ、マズイ!そうだ、帰還玉!帰還玉ならこんな森、一瞬でおさらばできる!
クエスト失敗にはなるが、前回だってペナルティは甘かったし、俺さまたちなら、どうとでも挽回できるんだ!
「ダスティン、帰還玉だ!早くしろ!」
ダスティンは俺さまの言葉に反応し、道具袋をあさり始めた。
見つからないのか、すぐには出てこない。
俺さまは、それを見て、居ても立ってもいられず、ダスティンから道具袋を奪おうとする。
「なにしてる、このグズが!さっさとよこせ!」
「あっ、そんなに強く引っ張ったら…」
ビリビリビリ
イヤな音が響いた。俺さまの手元には薄汚い布切れが握られているだけ。
そう、使い古されたボロい道具袋は、俺さまとダスティンの力により簡単に引き裂かれてしまった。中身はというと、引き裂かれた衝撃で周囲に散乱してしまっていた。
帰還玉…帰還玉はどこだ!?
……あった、レイクレットの足元だ!肝心のレイクレットは気づいてねえ!
「レイクレット……」
レイクレットに叫ぼうとした瞬間、ジャバウォックが、もうすぐそこまで来ていたことに気づいた。
まるで迫りくる死が具現化されたような恐怖、俺さまは助かりたい一心だった。
その一心で、レイクレットの足元の帰還玉を拾い上げると同時に、レイクレットの腕をつかみ、肩を貸すかたちで無理やり立たせた。
「いくぞみんな、帰還玉が使える距離まで退避だ!レイクレットは足をやられて満足に走れねえ、俺さまが肩を貸してやるよ!行け!」
俺さまの掛け声に全員がジャバウォックと反対方向に走り出す。
誰も振り返らない、当然だ。誰だって命は惜しいからな、だが、そりゃ俺だって同じなんだよ!
俺さまは落ちていたポーションを拾い上げ、それを手渡すと同時に、レイクレットをジャバウォックのいるほうへ突き飛ばす。
ジルガ、なにを??
とレイクレットが問いかけたように感じたが、無視だ!今はそれどころじゃねえ!俺さまが…この国の大事な勇者様が助からなければならない緊急事態なんだよ!
俺さまは振り返ることなく走り出す。
途中、悲鳴のような叫び声が聞こえたが、しばらくすると静かになった。
「ジルガ、レイクレットは?」
合流した俺さまにイゴールが問いかけてきた。
全員の視線が俺さまに集まった。
「自分がおとりなるから逃げてくれってよ、せめて俺さまたちだけでも逃げ延びろって、あいつ…」
俺さまはそう言いながら、うつむく。
われながら完ぺきな演技だ。
チラッと、ほかのやつらを確認すると、全員目に涙なんか浮かべてやがる。
バカが!今はそんなことよりも、早くあんな化け物から逃げるんだよ!
「さ、さあなにしてる!レイクレットが必死に作ってくれた時間だろ、その気持ちを無駄にしないためにも、帰還して再起を図るんだ!」
「で…でも…」
ボシュウゥゥゥ
ハティがなにか言いかけていたが、それを無視して俺さまたちは帰還玉を使用し、森を脱出。
そのままの足で王都のギルドへ向かった。
前回の失敗のときもペナルティはあったが軽かったこともあり、俺さまたちはハティを除く全員が今回のペナルティも軽いものだとタカをくくっていた。
王国には俺さまたち勇者様が必要だからな、失敗のひとつやふたつは目をつぶってくれるはずだ。
しかし現実は、そこまで甘くはなかった。
ギルドでクエストの報告をした翌日、俺さまたちは前回のクエスト失敗時と同様に王宮に呼び出された。
なぜか、招集命令の通達にはハティの名前がねえが、あいつはパーティーに加入して日が浅い、正式な勇者メンバーと認められてねえのかもしれねえ。
それでも普通は招集されるだろうが、なんだってんだ?
その答えは、王宮の広間で明らかとなった。
俺さまたちを見下ろす国王の横にハティの姿があったからだ。
呆気に取られていた俺さまたちに、国王はかまわず話し始めた。
「今回のクエスト失敗についての処分を言い渡す!」
おい、待てよ!まだ、ハティがそっちにいる理由がわからねえじゃねえか!
俺さまは、まだ頭が混乱していたが、国王はかまわず続けた。
「勇者、ジルガ・トランジェッタ、お前の勇者の称号をはく奪!加えて、冒険者ランクをAランクからFランクに降格とする!パーティーメンバー他3名についても同様だ。パーティーランクもFランクへ降格だ!」
「はっ?」
俺さまを含め、リリアもイゴールも国王の言葉の意味を瞬時に理解できなかった。
そんな中、なんとか混乱する頭で国王の言葉を理解した俺さまは国王に異議を申し立てた。
「ちょっと待ってくれ!なんで称号のはく奪とランクの降格なんだ?しかも、Fランクだと!?その処分は、いくらなんでも重すぎるだろ!!」
興奮していた俺さまは、国王に対し、礼儀を欠いた言葉を使っていた。
それに対し、国王も眉をひそめ、口調も荒くなる。
「黙れ!きさま、仲間を見捨ててきたそうだな!勇者ともあろうものが、なんだそのザマは!そんなやつが勇者を名乗るなど片腹痛いわ!きさまは王都を追放する!一から出直せ!」
仲間を見捨ててきた!?レイクレットのことか?
だが、そんなこと報告してねえ!レイクレットは魔物に襲われて死んだと報告したはずだ…まさか!?
「ハティー!てめえか!!!」
「レイクレットさんは、心優しい方でした。そんな彼を見捨てておいて、偉そうにしないでください。レイクレットさんは助かったはずなのに、自分の命惜しさにあなたが見殺しにしたんです。私はあなたを許さない。」
ハティは静かに力強く答えた。
あれがあのハティだってのか?自己主張のほとんどしなかった地味っ子のはずだ。
くそ!だが、今はそれどころじゃねえ!どうやら、ハティが国王にいらねえ報告をしたらしい。
このままでは俺さまの輝かしい未来が…。
「待ってくれ、国王!誤解だ、話を聞いてくれ!」
俺さまを無視するように国王とハティは広間をあとにした。
俺さまの叫びだけが広間にむなしく響き渡る。
呆然と立ち尽くす俺さまたちは、王宮内の衛兵につまみ出され、とうとう王都を追放されてしまった。




