19話 シーティア防衛戦《決戦》
「おい、悪いことは言わねえ、引き返せ!お前にどうにかできる相手じゃねえぞ!?」
バルスは、今まさに死地に飛び込もうとしている俺を呼び止める。
自分も迫りくる魔物を撃退しているため、俺を止めようにも止められないらしい。
俺が追放された現場に居合わせただけだというのに、なかなか義理堅いところがあるじゃないか。
「まあ、見てろ。たいまつ君も、案外強いかもしれないぞ?」
俺も迫りくる魔物を自身の剣で撃退しながら、皮肉交じりにそんなことを口にし、笑顔で振り返る。
バルスは信じられないといった様子で俺を見つめていた。
まあ、最近は嫉妬深い美女と古風な話し方をする美少女に見つめられることに慣れていたため、むさくるしいおっさんの熱い視線は遠慮したいところだが。
さて、バルスの指示は正しい。
中央のカルキノスはアイラだけでも十分相手にできるだろう。
問題は両翼のクラーケンとヒュドラ、特にヒュドラは厄介だ。
強力な毒の攻撃を仕掛けてくることに加え、頭を切り落とせば増えて再生するおまけつき。
倒せないことはないが、現有戦力でそれが可能なのは俺だけだろう。それなら…。
「アイラ、俺の魔法で敵全体の足を止める。今だ、跳べ!」
俺の言葉を受け、アイラは振り返ることなく天高く跳びあがる。
「空間魔法展開、フローズンエラ!」
俺の氷魔法は海面全体を凍りつかせ、魔物の動きを止める。
もちろんそれは、沖にいるクラーケンや浅瀬にいるヒュドラなどの大型の魔物も例外ではない。
「クラーケンは身動きが取れない!触手の攻撃に気をつければ問題ないはずだ、一斉にたたけ!」
左翼の冒険者たちは、俺の言葉で一斉にクラーケンに襲い掛かる。
「アイラ、カルキノスは任せた!全力でいけ!」
「うむ、食い散らしてくれる!」
アイラは空中で人化の術を解除、本来の姿に戻りカルキノスに強力な一撃を与えた。
「残りはヒュドラだけだな」
つぶやきながらヒュドラのほうへ視線を移すと、体の自由は奪われながらも周囲に毒をまき散らし、味方に被害が出続けていた。
「空間魔法展開、エアースラッシュ!」
大気の刃がヒュドラの9つの首を同時にはねる。
「バカ!ヒュドラの首は切るなと…」
叫ぶバルスを無視し、続けざまに魔法を放つ。
「空間魔法展開、ファイアメテオストライク!」
ヒュドラの首が再生を始めたと同時に、ヒュドラの頭上から燃えさかる小石ほどの大きさの小隕石が降り注ぐ。
首の断面は焼け焦げ再生できず、切り取られた首も焼失。
ヒュドラは首が再生できず、力なく隕石によって溶かされた海へ沈んでいく。
上級の広範囲魔法を連発したせいか魔力減少と疲労感を感じる。
しかし、今はそれどころではない。
あたりを見まわせば、冒険者たちは、なんとかクラーケンを討伐していた。
アイラはというと、本来の姿のままカルキノスの殻を破り、中の身の部分を幸せそうに頬ばっている。
その姿は狩りを終え、餌にありつく肉食獣そのものだった。
ルーナや騎士団の者たちも、負傷者の救助を終えようとしていた。
これで、戦いは終結した。
大勢の犠牲は出てしまったが、なんとか絶望的な状況を打破したのだ。
「お前…本当にリアム・ロックハートなのか?あの勇者パーティーを追放された、たいまつ君だっていうのか?」
バルスがフラフラになりながら、いまだに信じられないといった様子で問いかける。
俺もバルスのほうへ視線を移す。
「間違いない、たいまつ君とバカにされ、王都を追放されたリアム・ロックハート本人だ」
「そんな…だったらなぜ、こんな力を?…いや、そもそもパーティーを追放した勇者たちは、なぜお前を追放した?現役でない俺でもわかる、お前のこの力は…」
バルスが言葉を失う。目線は俺の後ろ、はるか上空。
気づけば、水しぶきが飛び散り、大量の水が流れ落ちる音とともに黒い影が広がっていく。
周囲の者たちも一様に空を見上げ、影の発生源を静かに見つめていた。
そして、水の流れ落ちる音は消えた。
「そんな…」
「勝ったと思ったのに…」
「もうダメだ、エレーナすまない」
絶望感が周囲全体に広がる。
武器を落とし呆然と立ち尽くす者、絶望感で膝から崩れ落ちる者、敵に背を向け必死に海面付近から逃げる者。
それほど、俺の後ろにいる相手は強大な敵なのか?
「待て…お前たち、今逃げては町が……止まれ、戦うんだ…」
絶望感に支配されているのはバルスも同じだ。
ギルド長として周囲の者を鼓舞しているが、その声は力なく、目もうつろ。
今にも波音にかき消されそうなバルスの言葉は、もはや誰にも届いていなかった。
俺は後ろを振り返る。
デカい、見上げなければ先端にあるはずの顔を目視できないほどだ。
「まさかとは思ったが、こいつはレヴィアタンじゃな。どうする、主さま?こいつは、なかなかに手強いぞ」
いつの間にか、アイラは人化の術で人型になり、俺の隣にいた。
俺がアイラのほうへ視線を移すと、アイラも俺に微笑みかけている。
やはり、むさくるしいおっさんよりも美少女の笑顔のほうが良いと感じる。
しかし、レヴィアタンとはな。
噂には聞いたことがある。
巨大な海竜、海を操り大渦を起こし、やつの怒りに触れれば大津波が周囲一帯を飲みこむ。
地域によってはリヴァイアサンと呼ばれ海の神として崇め恐れられていると。
「まあ、主さまなら問題はないじゃろ。われは腹も満たされたゆえ、小娘のところに戻り昼寝でもするとしよう」
アイラは俺がなにか言おうとする前に、丘の上にあがっていく。
信頼されているのか、単に腹がいっぱいで戦闘に参加したくないだけなのか。
アイラを見送りながら、そんなことを考えていると周囲から悲鳴が上がる。
「終わりだ、なにもかも…波に飲まれて町は消える…ならば、せめて一太刀だけでも…」
力なくバルスがつぶやく。
レヴィアタンのほうへ視線を移すと、巨体をクネらせ海に潜っていく。
ザザザザザ、ザッバァァーーーン
レヴィアタンが海に姿を消したと同時に、遠くの海面が大きな音を立て盛り上がり始める。
これが怒りに触れたものの末路というわけだ。
徐々に近づく津波は、どんどん高くなり、町に到着する頃には、ゆうに小高い山を超える高さになっているだろう、津波の範囲も町の大きさよりはるかに大きかった。
なるほど、これが噂に聞くレヴィアタンの力か。
ほかの魔物とは比べ物にならないな、百戦錬磨の騎士団や冒険者が死を覚悟するほどのことはある。
「お…おい、たいまつ君…お前の魔法で、俺をレヴィアタンのところまで運べるか?」
俺の肩に手を置きながらバルスが問いかける。
絶望感から解放されたわけではない、目はうつろで力はないが、どこか覚悟のようなものも感じられる。
「できるが、どうするつもりだ?」
この質問の答えは予想できた、ただ聞いてみたかった。
「どうせ、このままじゃ町ごと津波に飲みこまれて死んじまうんだ。だったら、せめて一太刀だけでも叩きこんで、俺たちの…人間の意地ってやつを思い知らせてやるんだ」
肩に置かれた手に力が入る。
きっとバルスは、人間の一撃程度ではレヴィアタンになんの意味もなさないことは理解しているのだろう。
圧倒的絶望感の中、バルスを突き動かしているものは、天性の負けん気か、ギルド長としての意地か、それともその両方か。
いずれにしてもひとつのギルドをまとめる者としては十分すぎるほどの覚悟だ。
「ギルド長バルス、この町を守りたいか?」
「当たり前だろ!この町を守れるならなんだってするさ!」
俺の質問に一瞬の戸惑いを見せたが、バルスは力強く答えた。
「よし、その依頼、俺が引き受けよう」