17話 西の都襲撃
俺たちは王宮へたどり着いた。
ルーナとアイラが俺の両腕にしがみついていたせいで、周囲からの視線が痛かったが、どうやら異変はそれだけではないようだ。
王宮内の騎士団や下級の兵士ですら慌ただしく動き回っている。そこに同じように慌ただしく国王が現れた。
「おお、リアム戻ったか。おぬしが戻ってきたということは、森の探索のほうは問題なかったのだろう。さっそくで悪いが、もうひとつ頼まれてくれるか?」
国王は珍しく立ったまま、俺たちと向き合っている。
俺とルーナは、片手を胸に当て、一度だけ頭を下げた。
アイラもぎこちなく、見よう見まねでそれに続いた。
そして、頭を上げ事情を聴いてみる。
「兵たちが慌ただしくしていることと関係が?」
「察しが良いな。そうだ、実は西の都の海上に突如、魔巣が出現したのだ、魔巣のレベルは《堕落》の上のレベル2《叫喚》クラス。Bランク以上の冒険者でなければ歯が立たないだろう。急ぎ行ってくれるか?」
魔巣…ボスとなる魔物の魔力をもとに、魔物が発生し続ける突然に出現する森。
魔巣は規模によりレベルがあり、レベル1堕落、レベル2叫喚、レベル3虚無と呼ばれている。
レベル3ともなると、大型の魔物も多く出現し、AランクからSランク冒険者でなければ、相手にならないレベルだと言われている。
レベル2叫喚クラスであれば、Bランク以上の冒険者が集まればなんとかできるレベルだ。
俺は、再び片手を胸に当て、頭を下げた。
「ええ、もちろん。準備ができ次第すぐに向かいます」
「よろしく頼む」
俺たちは王宮をあとにし、町で装備を整える。
ルーナもドレスのような服から、魔導士風のローブへ衣装チェンジしていた。
「あとはアイラの装備だけだ。アイラは戦闘には参加できるな?」
「もちろんじゃ!ただ、元の姿でとなると周囲の者に気を遣うでな、人型の状態で参加させてもらおう」
アイラは小さな手で、自分の小さな胸をトンと叩いた。
「それなら、武器は短剣…いや、ダガー2本使いが、爪での戦闘と感覚が近いか」
アイラも、それにうなずいた。
「そうじゃな、鎧などは重くて動きが鈍るゆえ不要じゃ。ときに主さま、主さまはそんな軽装で行く気か?剣と革の鎧、獣のコートで…」
「ああ、これはソフィリアからのもらいもので大切なものなんだ。この装備が一番力が出せる気がする」
「ソ…フィリ…ア…」
「まあ、主さまが易々とケガをするとも思えんでな。その装備でも問題なかろう」
危なかった、瞬間、背中に戦慄を覚えたが、アイラに救われる。
いまだに背後から鋭い視線を感じるが、あえて振り向かないようにしよう。
「それもあるが、最近では常時装備には支援魔法を使用するようにしているからな。見た目は革の鎧だが、騎士団の鎧ぐらいの硬度はあるだろう。それに剣も…」
言いかけてから話すのをやめた。
ルーナの殺気を感じたからだけではない、目の前に人だかりができている。
周囲の人々も慌てている様子だ、ただ事ではない。
俺たちも現場に駆けつける、血まみれの人が倒れている。鎧は砕かれ、兜は割れ、息も絶え絶えといった様子。もしかしなくても騎士団の者だろう。
「国王様に応援要請を…シーティアの海上に出現した魔巣は急激に成長……派遣中の騎士団では…抑えきれません…」
そういうと騎士は気を失った、あるいは息絶えたのかもしれないが、今は周囲の人に任せよう。
事態は俺の想像以上に深刻になっているかもしれない。
急がないとマズいな。
「アイラ、頼めるか?」
俺はアイラに視線を向けた。アイラは少し誇らしげに胸を張っている。
「お安い御用じゃが、良いのか?ここでは、人目についてしまうが」
「そんなことを言ってられないほど、マズい状況かもしれない。頼む」
「ふむ、人化の術・解!」
ボシュウゥゥゥ
白い煙の奥から、アイラがガルムとしての本来の姿を現す。
周囲の人々は、その姿に驚き、後ずさりしているが、今は説明している時間がない。
俺とルーナは、本来の姿に戻ったアイラの背中に飛び乗る。
同時にアイラは全速力で走りだす。この速度なら、西の都シーティアまでは1時間ほどで到着できるはずだ。
しばらくして、大きな町が見えてきた。あれが西の都シーティアだ。
漁業の盛んな水の都だ、本来ならその美しい街並みに感動を覚えたかもしれない、そう本来なら。
しかし、俺の目に飛び込んできたのは、美しい街並みではなく地獄のような戦場と化した港だった。
俺たちはアイラの背中から降り、小高い丘から戦場を見渡した。
「これは…ひどいですね」
ルーナが思わずつぶやく。
当然だ、戦力の差は歴然。
騎士団と冒険者と思われる味方陣営が約200人、対して敵は500体を超えている。
しかも敵は魔巣を破壊しない限り、増え続けていくオマケつき。
見たところゴブリンやオークがほとんどだ、魔物自体の戦闘力が低いのが救いなのだろう。
しかし、それでも、なんとか港の入り口で食い止めるのが精一杯のようだ。
俺は魔巣の場所を探る…あった。
港からに少し離れたところに孤島があり邪気を放っている、あれが魔巣に違いない。
魔巣のある島から港まで橋が伸びているが、その橋は魔物が占拠している。
「急ごう、このままでは魔物の進軍を止めるどころか、手遅れになる」
俺たちは再びアイラの背に乗り、戦場へと向かった。
現場では騎士団長のジェイドが指揮をとっていた。
「王国指名冒険者リアム・ロックハートだ、状況を説明してくれ」
「うおっ、ガルム!?」
ジェイドはアイラの姿に驚いていたが、あいにく説明している時間はない。
アイラは驚くジェイドを無視し、人化の術で人の姿になる。
ジェイドは、その様子を目を丸くして眺めていたが、すぐに俺に気づき我に返る。
「あ、あなたはリアム殿、よく来てくれた。戦況は見ての通り絶望的だ、きみが来てくれたということは、王都からの増援も来てくれるのだろう?」
俺は首を横に振った。それを見てジェイドは落胆した様子で顔を伏せた。
「王都からの増援は来るかもしれないが、まだしばらくは期待できないだろう。アイラのスピードは普通の馬の3倍以上だ、増援が来る頃には町は壊滅しているだろう」
「そんな…」
ジェイドは膝から崩れ落ちた。
きっと彼がこの絶望的な状況で指揮をとり続けられたのは、増援が来ることに希望を抱いていたからだ。
しかし、その希望の光は消えてしまった。
文字通り目の前が真っ暗になってしまったのだろう。
だが、それでも前線で戦っている部下のために指揮をとり続けなければならない。
俺はジェイドの鎧の首元を掴み、無理やり立たせながら言った。
「おい、気をしっかり持て!前線で戦っている部下たちより先にお前が諦めたら、部下の死が無駄になるだろ!」
ジェイドはうつろな目で俺を見上げている。
ジェイドだけではダメだ、みんなの士気を高めなければ、この町は終わる。
「希望を捨てるな、お前たちの守りたいものはなんだ?お前たちが諦めるということは、守りたいものを奪われるということだ。家族や恋人が魔物に蹂躙される姿を、指をくわえて見ているつもりか。戦え、それが騎士団・冒険者のあるべき姿だろう!」
「おい、なんだよこの声は!?どこから聞こえるんだ?」
「でもよ、たしかに俺たちが諦めちまったら、町のみんなはどうなる」
「そうだ、俺は弱いものを守りたくて騎士になったんだ!今がそのときじゃないか!」
「おぉぉぉーーーーーーー!!!」
俺は空間魔法で全騎士団・冒険者へと檄を飛ばす。
どこからともなく聞こえてくる声に、みな驚きはしたが、俺の檄に応えるように鬨の声をあげる。
今このときから、シーティア防衛戦が始まる。




