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16話 冥界の番犬から忠犬へ

「よし、これで傷の手当ても済んだ。王都へ帰還しよう」


俺たちは激闘の末、冥界の番犬と恐れられているガルムに見事に勝利、さらにはガルムが仲間になるということで傷を治療し、王都へ向け出発した。


「ふむ、回復薬はたいしたものじゃ。こんな短時間にほぼ完治させるとは」


この古風な話し方をしている美少女こそが、今回の敵であり仲間になったガルム本人だ。


「なかなかに高価なアイテムだからな。エリクサーほどではないが、あの程度なら完治も可能だろう。まあ、回復が早いということはお前自身の回復能力によるものだと思うぞ」


「しかし、折られた牙が治っとらんが?」


「ああ、それはそのほうが人型になったときに違和感がないからいいんじゃないか。片方から見える八重歯はチャームポイントになるが、両方八重歯では獣感が強いからな。そもそも、ハイポーションでは折れた牙は治らない」


「なるほど、ところでリアム…とやら、ぬしは、なぜこの森に?」


「ああ、自己紹介がまだだったな、俺はリアム・ロックハート、こっちがルーナ・アルシノエだ。俺は王国指名冒険者として、この森の探索を依頼された。今まで王都からの騎士団が何度か来ていただろう?」


俺の問いかけにガルムは記憶にない様子で首をかしげた。


「はて?どうじゃったかのう。少なくとも、われのところにたどり着いたのは、ぬしらだけじゃ。それに、ぬしらのほうこそ、われのかわいい子分たちを捕まえていっておろう?」


まあ、ウルフオーガを倒そうとすれば、相当の戦力が必要だろうな。

それこそ、探索目的の騎士団では歯が立たない。

森の序盤で全滅していたのだろう。


だが、おかしい…魔物の捕獲に成功しているという情報はなかった。

とすれば、別の何者かが?

俺が考えこんでいると、おかまいなしにガルムが問いかけてくる。


「ぬしは、なんのために旅をしておる?」


「俺は魔王を倒すために旅をしている。一応確認しておくが、危険と隣り合わせの旅だ、引き返すなら今だぞ?」


「われは誇り高き一族の末裔じゃ、魔王など恐れるに足らん!」


俺の言葉にガルムは顔を赤くしながら言い放つ、どうやら俺の杞憂に終わったようだ。


「それに…われに勝ったぬしに興味がわいた。だから末永くよろしく頼むぞ、主さま」


先ほどよりも顔を赤く染めている気もする。

しかし、末永くとは?しかも、主さま??


「ちょっとガルムちゃん、末永くとはどういうことですか?」


やはり、ルーナが黙ってない。

表面上はニコニコと笑ってはいるが、目の奥は笑っていない、もはや殺気をおびた笑顔といってもいい。


「なんじゃ、小娘。われは生涯を主さまと添い遂げると決めたのじゃ。邪魔するでない」


ガルムはルーナを小バカにするような笑顔で見ていた。からかっているつもりなのだろう。

しかし、からかわれたルーナの顔から笑顔が消える。

同時に、今まで秘められていた殺気が表面化してくる。


マズイ、このままではルーナを止められなくなる、そう考えた俺は必死に別の話題を模索する。


「ま、まあ、落ち着け。ルーナ、ガルムにあだ名をつけてくれないか?ガルムのままでは人前で呼びにくい」


ルーナはそっぽを向きながら、しばらく腕組みをしながら考える。


「別に呼んであげる必要もないですが、リアム様の頼みとあれば考えるしかないですね。そうですね…では、アイラちゃんというのはどうでしょうか?」


「ふむ、良い名前だ、気に入ったぞ、小娘」


ガルム…いや、アイラも満足したようだ。

少し照れくさそうだが、まんざらでもなさそうだ。


「ところで主さま、主さまの師匠はどんな人間なのじゃ?剣術も魔法もここまで強いとなると、よほど強い師匠がおるのじゃろ?」


「いや、俺に師匠はいないよ。剣術も魔法も独学で学んだんだ」


アイラは俺の答えに納得できない様子で目を丸くしている。


「いや、待て主さま、主さまの剣術はそこらの剣士よりもはるかに強く、魔法の威力も桁違いじゃ。ましてや杖を使わずに詠唱もなく魔法を連発しておるしの。それを教わることなく独力で身に着けたというのか?」


剣術は見取り稽古とでもいうのだろうか。

ジルガの動きをずっと見ていたためか、その動きを再現しているにすぎない。

俺の剣術が強いというなら、やはりジルガは剣術だけは一流だったということだろう。


魔法については、詠唱をすることで本来の威力を発揮する。

しかし、緊急時に詠唱していては魔法が発動するまでに時間がかかるため、今では杖からの魔力供給によって、詠唱しなくても本来の威力に近い威力で魔法を使えるようにしている。


そのため、魔導士が持つ杖には魔石が埋め込まれているか、もしくは魔力を蓄えた木材を使用し作られているものがほとんどだ。


その理屈は知っていたが、リリアは俺に詳しく説明してくれなかった。

それに俺は、道具に魔法をかけることが多かったため、杖を使わずに無詠唱で魔法を使えるように特訓したのだ。


だから、本当に師匠はいないのだ。

見取り稽古という意味では、ジルガとリリアが師匠ということになるのかもしれないが…。


「ああ、ジルガ…俺を追放したパーティーのリーダーで勇者なんだが、ジルガは俺に剣術を教えてはくれなかったし、リリアも魔法の使い方はおろか、俺を荷物持ち程度にしか思ってなかったはずだ」


「リ…リ…ア…?」


マズイ、ルーナの地雷を踏んだか?

しかし、アイラが話を続けてくれたおかげでルーナの地雷は爆発せずに済んだ。


「はっ!?追放された?主さまがか?そのジルガという勇者は、それほどまでに強いのか?それともただのバカなだけか?主さまの強さは、もはや魔王と同等かもしれんというのに」


「どうかな、まあ、いずれ見返してやるつもりだが」


ガルムはいぶかしげな表情のまま話を続けた。


「では、魔法の詠唱省略も独学というのか?詠唱を省略した魔法であの威力であれば、詠唱を乗せることで威力は数倍にも跳ね上がるぞ?ただの人間が、それほどまでの力を持っているとは考えにくいが」


「魔法に関してはソフィリアのおかげ…いや、なんでもない。そもそも俺は詠唱自体を知らないんだ。文献で見たことがある魔法を使っているだけで」


「ソフィ…リア…?」


視線が痛い、殺気が背中越しに伝わってくる。ルーナをこれ以上刺激するのは危険だ。

なんとか話題を変える方法は…。

いや待て、そもそもなんで俺なんだ?

俺は勇者パーティーを追放された、普通そんなやつに好意を寄せるものなのか?


「まあ、なんにせよ、わが主さまは、剣術・魔術ともに天賦の才を持っている英雄というわけじゃな。さすが、わが主さまじゃ。われと添い遂げるにはそれくらいでないと」


「アイラちゃん!さっきからなんですか?リアム様と結ばれるのは私です!あとから出てきて、横取りしないでください!」


ルーナは両手を強く握りしめ、顔を赤くしていた。

いつになく強い口調だった。


「じゃが、小娘、ぬしは主さまに相手にもされておらんようじゃな。われなら、主さまに忠誠を誓っておる、主さまのために生涯尽くすと約束しよう。主さまもこんな小娘より、われのように尽くしてくれるタイプのほうが良いじゃろ?」


「私だってリアム様が望むなら、なんだってできますよ!」


ルーナとアイラの視線が交錯する。


「アイラ、そんなにルーナをからかうな。それと前から気になっていたんだが、なんで俺なんだ?俺は勇者パーティーを追放された落ちこぼれ冒険者だったはずだが…」


俺の発言にルーナもアイラも目を丸くして俺の顔を見た。


俺としては率直な疑問だったんだが、そんなにおかしいことを聞いたのか?

いや、そんなはずはないと思う。普通、落ちこぼれよりエリートにいくよな?

俺とジルガが並んだら勇者であるジルガにいくよな、それはそれで悔しいけど。


「主さまは、なんというか戦闘に関してはこの上ない強さを誇るというのに、乙女心にはうといのう。まあ、自信過剰になられるよりは良いがの」


アイラは仕切りなおすかのように、ひとつ咳払いをしてから話し始める。


「コホン、良いか?まず先ほども言ったが、主さまは追放されるような冒険者ではない。むしろ英雄と称えられても良いほどじゃと思っておる。直接戦ったわれが言うのだ、信じてくれてよい。そのような強き者に惹かれないメスはおらんじゃろうが」


アイラはやれやれと言わんばかりに、両の手のひらを上に向け、首を横に振る。

アイラの話に続き、今度は自分の番だといわんばかりにルーナが前のめりになって話しだす。


「強さだけではありません。リアム様は奴隷としてとらわれていた私を助け、ずっと対等な立場で接してくれています。そのような優しさも魅力のひとつですよ。それに助けてくれたときのリアム様は、誰よりもかっこよかった…。まあ、アイラちゃんのようなワンちゃんには、強さでしかリアム様を理解できないでしょうけど」


ルーナはどうだ!と言わんばかりにアイラを横目で見る。

アイラはというと気にもとめない様子で視線を合わせない。


「われは、主さまと出会って時が浅い。これから、主さまの魅力をゆっくり見つけていくとしよう。これは忠誠の証じゃ、よろしくのう、主さま」


そういうとアイラは俺の頬にキスをしてきた。そして俺の腕にヒシとしがみつく。


ルーナは顔を赤く染めて怒り心頭といった様子。髪を逆立て、殺気を放っている。

その姿はまるで美人のオーガのように。それはそれで可愛いのだが。

しかし、俺は今のルーナを直視できない。どんな強力な魔法もはね返されるのではないかとすら思う。

しかし、そんな俺の心配をよそにルーナは微笑む。そして俺の腕にしがみつく。


アイラの控えめな胸、ルーナのほどよい大きさの胸のふたつの違う感触に挟まれながら、俺は王都へ入っていくのだった。

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