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15話 冥界の番犬ガルム

「その小さき命、われの牙で食いちぎってくれる」


圧倒的な存在感が近づいてくるのが分かる、ゆっくりと確実に。

今から逃げても結果は変わらないだろう、待っているのは絶対的な死のみ。

以前の俺なら恐怖でパニックになっていてもおかしくない。だが今は違う。

こんなに落ち着いていられるのも、やはりソフィリアのおかげだな。


「ルーナ、大丈夫か?」


横にいるルーナに視線を送る。


「ええ、なんとか。リアム様がそばにいてくれれば…ですけど」


ルーナですら、顔が引きつり緊張感が伝わってくる。

声の主は森の奥からゆっくりと姿を現した。俺の倍くらいの体高をしたウルフドックだった。

銀色の体毛におおわれた体、胸元の毛は獲物の血で赤く染まり、長く伸びた鋭い牙、その風貌から凶暴性が容易に想像できる。


「まさか、そんな…あれはガルム…」


「ほう、小娘のわりには博識じゃのう。では、わしから生きて逃れることができんこともわかるな?」


ルーナは座り込み、そのまま立ち上がることができないでいる。

そこまでの強敵なのか?身にまとう闘気から、かなりの強さであるのはわかるが、ガルムとはなんだ、聞いたこともないぞ。


「ルーナ、ガルムとは?」


「その昔、冥界の番犬と言われていた魔獣。生者・死者を問わず、ガルムに狙われたものは存在の痕跡すら残らないと恐れられていたと古い書物に書いてありました。ただの伝承のひとつにすぎないと思っていたのに…」


ルーナの顔は青ざめていた。


「そうか、相手にとって不足はないな。今の俺の全力を試せる、うってつけの相手というわけか」


俺はかつてないほど高揚していた。

自分の力が覚醒してからというもの、自分の全力が試せたことはない。

しかし、今、目の前にいる強大な敵には全力が出せると確信できる。

この高揚感は、その喜びの表れだろう。


「そうか、小僧。きさまはわれを知らなんだか。無知というのは罪よのう。われの力、その命をもって味わうがよい!」


俺が全力で魔法を使えば、ルーナを巻き込んでしまう。

しかし、場所を変えるにしても、やつがそう簡単には許してはくれそうにない。

ここは上級の防御魔法で…。


「空間魔法展開、トライアングルウォール!」


ルーナの周りに複数属性の防御壁が張られた。これで、しばらくはなんとかなる。

俺は、緊張を緩めることなく、全神経を集中し、目の前の敵に注意を向ける。


次の瞬間、ガルムは俺に襲いかかる。

速い!後ろに回りこまれ…。


「遅いのう、こっちじゃ」


後ろを振り返った俺の、さらに後ろからの強烈な攻撃、かろうじて身をかわし服のすそが切り裂かれた程度で済んだ。


スピードが桁違いだな、一瞬で二度も背後に回りこまれるとは。

ならば、今度はこちらから攻める。


「空間魔法展開、アースクエイク!」


俺の魔法が地面を隆起させ、ガルムを天高く運んでいく。

しかし、ガルムは軽々と地面を飛び、反撃の体勢を整えている。

俺はすかさず、風属性と氷属性の混合魔法フローズンサイクロンを放つ。

たちまちガルムの体が氷漬けになっていく。


「人間の分際で混合魔法を操れるとは面白い小僧よ、だが、われはその程度では討てんぞ」


ガルムは瞬時に体の氷を振り払う。どうやら、魔法耐性は高いらしい。

加えてあの分厚い毛皮、ほとんどの魔法が防がれるかもしれない。

面白い、ならば広範囲・高威力魔法で…。


「空間魔法展開、フルチャージ・ライトニングバースト!」


地面から数えきれないほどの雷が立ち上る。

ガルムも身をかわすが、さすがに空中では全てを避けることができず後ろ足に被弾する。

ダメージは…あったようだ。

後ろ足が焼け焦げている、しかし、意に返さずそのまま襲いかかる。


「こざかしいぞ、小僧!!」


俺の剣とガルムの爪がぶつかり合う。

衝撃波で周囲の木々が揺れるほどの威力。

踏ん張る足元の地面がえぐれる。

まさに死闘。


「あれが、リアム様の全力…まるで天変地異でも起きているかのような…」


度重なる攻防、いったい何時間が経過した?

1時間、2時間、いやもっとか?

そう思えるほどの緊張感のある数分間。互いに一歩も譲らない攻防。

しかし、決着は突然だった。


ガルムの渾身の一撃をかわし横なぎに放った剣の一撃が、ガルムの牙を折り、体に深手を負わせた。ガルムは攻撃の勢いそのままに地面に倒れこむ。


「ふっふっふ、はっはっは。これは愉快、よもや、われを倒すことのできる人間が現れようとは。長生きはしてみるものよ」


「俺も驚いているよ、まさか自分にこれほどの力があったとは。それをお前が確かめさせてくれたんだ、礼を言う」


自分でも信じられない。

今までの道具に魔法を流し込むだけの俺なら、最初の一撃で死んでいた。

今までの戦闘経験は俺の中にも蓄積されていたのだ。ただ、それを活かしきれていなかっただけ。

きっかけは、やはりソフィリアがくれた力だった。


「わが一族は誇りたかき一族だ、そのわれにぬしは勝った。……殺せ」


「断る」


俺の返事にガルムは目を見開き、こちらを見た。


「はっ?…きさま、何を言っておる?今われを討たねば、次はわれに殺されるやもしれんぞ?」


「そうかもしれないが、その時は、また正々堂々勝負してやるさ。俺たちの目的は、この森の探索と騎士団の捜索。お前の討伐ではない。それにさっきも言ったが、俺はお前に感謝している」


それにウルフオーガがいたということは、騎士団がガルムまで到達できていないことはわかっている。

こいつが直接騎士団を殺したわけでもないしな。

まあ、森から出ないようにだけは、くぎを刺しとくか。

俺が口を開くよりも先にガルムから思いもよらぬ言葉が発せられた。


「では、われはぬしに忠誠を誓い、ぬしの旅に同行するとしよう。ちょうど人間の生活に興味があったところじゃ」


今度は俺が目を見開き、ガルムを見た。


「いや、それは困る。こんな大きな狂犬を連れていたら目立ちすぎる」


「その心配はいらん、われは人化の術を会得しておる。人型になり、旅についていくことを約束しよう」


「それなら、まあ…」


俺は腕組みをしながら、ゆっくりうなずいた。

しかし、すかさずルーナが割り込んでくる。


「待ってください、リアム様。私からひとつ確認したいのですが、ガルムさんは男性ということでよろしいですか?」


ガルムはルーナの質問に眉をひそめたが、すぐに答えた。


「いや、われはメス…人間でいうところの女子というやつじゃ。自分で言うのもなんじゃが、なかなかに美しいと思うぞ?」


「リアム様、私は旅に同行させるのは反対です!断固拒否します!!」


答えを聞いたルーナの反応は早かった、鬼気迫る表情で、強い意志を感じた。


「なんじゃ、小娘。われが同行するのが、それほどまでにイヤか?」


「イヤです!リアム様の隣は私だけの…いえ、リアム様が変な気を起こさないように、私以外の女性の同行は認めません!!」


ん?ちょっと待て、変な気とはなんだ?

そもそもルーナとは、そういう関係性では…。

しかし、俺の考えを無視し話は進んでいく。


「なるほどのう、きさまはこやつに惚れておるのか。しかし、相手を誰にするかは、こやつの自由じゃ。せめてわれの人化の術を見てからでも判断は遅くないと思うぞ」


そういうとガルムはなにか呪文のようなものを唱え始めた。


「あっ、ダメです、勝手に…」


ボシュウゥゥゥ


あたりに白い煙がたちこめる、どうやら人化の術というのが発動したようだ。

白い煙が晴れていく。


俺は息をのんだ。

銀髪で毛先は赤く染まった短めの髪、宝石を思わせるようなきれいな瞳。

細く引き締まった身体、それでいて今後の成長を期待させる控えめな胸のふくらみ。

しなやかに長く伸びた手足、ぴょこぴょこと動くかわいらしい獣耳としっぽ。

歳は俺よりも幼く見えるが今後の成長を考えると、末恐ろしいほどのポテンシャルを秘めた美少女が目の前に現れた。


「ずいぶんと若い見た目なんだな、話し方からするとだいぶ年上なのかと思っていたが」


俺の言葉にガルムは小さく鼻を鳴らし胸を張った。

その慎ましやかな胸をだ。


「ふむ、人間でいえば、ぬしらの倍以上は生きておろうな。じゃが、わが一族でいえば、まだまだこの程度ということなのじゃろう。どうじゃ、ともに旅をしたくなったか?」


「俺はかまわないが、ルーナのやつがなんて言うか…」


さっきもムキになって反対していたからな、こんな見た目の美少女だとわかれば、なおさら強く反対するに違いない。

俺はおそるおそるルーナに視線を移した。

しかし、俺の予想に反してルーナは目を輝かせながら、ガルムを見つめていた。


「か…かわいい!このしっぽなんて、ふさふさで…触ってもいいですか?リアム様、一緒に連れていきましょうよ。こんなお子ちゃまなら、リアム様が変な気を起こす心配もないですし」


どうやら、ルーナの好みに見事ハマったようだ。

まさか、これもガルムの作戦では…いや、今は余計なことを考えるのはよそう。

こうして、冥界の番犬として恐れられたガルムの美少女が、新たに仲間に加わったのだった。

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