最終話 戦いの終わり
「おや、かかってこないのですか?
おかしいですね、以前のあなたなら、迷わず斬りかかり、私に返り討ちにされていたでしょうに」
俺が冷静さを取り戻したのを見て、ザイドリッツは首をかしげた。
どうやら、やつの狙いは俺への挑発。そこから、俺を個別撃破しようと考えていたようだ。
「まあ、いいでしょう。どのみち私の勝利は揺るぎない。
魔神となった私の力、存分に味わい、恐怖し、そして死ね!」
ザイドリッツはそう言うと、両手を突き出し、手のひらの先に魔力を集中させる。
今までにない魔力量、たしかにあの一撃は、俺たちでも耐えられる保証はない。
「いいか、打合せ通りに動け。仲間を信じろ」
竜王アレウスが小声で俺に指示を飛ばす。
あと数秒もすればザイドリッツの魔力は完全な形で、俺たちに放たれるだろう。
本当にこの作戦は大丈夫なんだろうな。
……いや、そうだな、あいつらなら大丈夫だ。俺は仲間を信じる。
俺も静かに両手に魔力を集中させる。
「おや、ここにきて、まだ何か企んでいるのですか?
いいでしょう、諦めの悪さだけは認めてあげますよ。
ですが、この攻撃は、あなたたちにはどうすることもできませんよ!」
ザイドリッツの魔力が増大し、完全なる形を形成した瞬間、竜王アレウスが声をあげる。
「今だ!」
アレウスの声と同時に、ザイドリッツの頭上に2つの煌めきが見えた。
その光は、一瞬で天と地を結び、ザイドリッツの両腕を切断した。
フィアーネとアルクの瞬息の太刀。
さらに後方から、透き通るような澄んだ2つの声色の詠唱が聞こえてくる。
「「清廉なる神々よ、わが魔力を糧に聖なる光で、この地を照らさん。
聖なる光で周囲を浄化し、罪深きかの者を光の牢獄に閉じ込めよ。ホーリージェイル!!」」
光の奔流がザイドリッツの周囲を取り囲み、動きを封じる。
「鬼の咆哮」
「銀狼の咆哮」
強力な2つの魔力波が竜王アレウスに襲い掛かる。
「竜洞」
アレウスが声を上げたと同時に、彼の横に空間の歪みが生じる。
放たれた2つの魔力波は、その歪みに吸い込まれていく。
俺も魔力を全開で放出する。
それは形状や性質を変化させた魔法ではなく、ただ魔力を放出しただけの魔力波。
しかし、今現在、持てるすべての魔力を放出するつもりで押し出す。
さらに、腕を斬り飛ばされ、行き場を失ったザイドリッツの魔力弾も空間の歪みに吸い込まれていく。
竜洞、あの空間の歪みは、魔力を使用した攻撃を吸収するもの。
そして、その魔力エネルギーに竜王アレウス本人の魔力を上乗せして相手に返す技。
威力は絶大だが、時間がかかる。大きな魔力エネルギーは吸収するだけでも時間がかかるのだ。
俺、アイラ、サーシャの魔力波は吸収された。残るはザイドリッツの魔力弾のみ。
あと少し、あと少しで吸収し終わるというところで、ザイドリッツが声をあげる。
「こんな脆弱な檻で、私を縛り付けられると思うなよ!虫けらどもが!!!」
まずい!竜洞の干渉を受け、ルーナたちの張った光の結界が弱まっている。
今、ザイドリッツに動かれてしまえば、こちらの攻撃は間に合わない。
何か手はないか。
「まあ、そう言わずにもう少しゆっくりしていったらどうだ?」
ザイドリッツを後方から羽交い絞めにする筋骨隆々の男、拳王ウーズ。
「そうだぜぇ、せっかくここまでお膳立てしてやってんだ、あれを受けねえで逃げられるわけはねえだろうがぁ。食らえ、蛇縛陣!」
蛇王ナーガラスの声とともにザイドリッツの足元に魔法陣が浮かび上がり、そこから出てきた無数の蛇が身体に巻き付き、ザイドリッツは再度動きを封じられる。
「なんだと!?バカな!生きていたのか蛇王ナーガラス!!
拳王ウーズ!!!何をしている、私を助けろ!!!!」
大声を上げ、もがくように暴れるザイドリッツ。
しかし、拳王ウーズは放さない。蛇王ナーガラスも魔力の供給を止めない。
ルーナとソフィリアも懸命に結界を張り続けている。
「よくやった、お前たち。さらばだ、ザイドリッツ。竜砲、滅魔神龍波!」
新たに生じた空間の歪みから吸収した魔力エネルギーに、竜王アレウスの魔力を上乗せした魔力波が放出される。
その膨大な魔力エネルギーは、黄金の光輝く竜の形を成し、ザイドリッツに向かっていく。
周囲の者たちはあまりの威力に距離を取る。
蛇王ナーガラス、アルク、フィアーネ、近くにいた者は瞬時にその場をあとにした。
ただ1人、その場に残ったのは拳王ウーズだけだった。
彼は最後のその瞬間までザイドリッツを放すまいと、その場にとどまったのだ。
竜を形成した魔力波がザイドリッツに迫る。
その瞬間、拳王ウーズは笑っていた。何かを成し遂げたかのような満足そうな笑みを浮かべている。
アイラが叫びながら近づこうとするのをサーシャが必死に制止しようとしている。
そして、光り輝く黄金の竜はその大きな顎でザイドリッツと拳王ウーズを飲みこんだ。
魔王の玉座、その場所は崩壊し、跡形もなく吹き飛んでいる。
そこに横たわる1人の人物、ザイドリッツだった。
やつは生きていた、竜王アレウスの技を受け、それでも原形をとどめていた。
拳王ウーズの姿はない、どうやら魔力波の直撃に肉体が耐えられなかったようだ。
「ガ……ガハッ、ゴホッ……ハーハー、ゴブッ……」
息も絶え絶えになりながら、なんとか起き上がろうとするザイドリッツ。
それを見た瞬間、俺は駆け出していた。
天脚を使用し、瞬息の太刀を放った……つもりだった。
しかし、その移動は人並みで、剣撃も一般剣士のそれと変わらない。
唯一違うのは、使用している剣。
使用者の魔力を受け、その力を宿す刀身、法剣・風流。
俺は無意識に残ったわずかな魔力を使い、光属性の魔法をその刀身に流し込んでいた。
そして、一突き。起き上がろうとしていたザイドリッツの胸を貫く。
「なぜ……だ…………なぜ、お前は……私の……ガハッ、邪魔を……する……」
今にも死にそうな声でザイドリッツが問いかけてくる。
なぜ……か。
俺は今までの旅を思い出していた。
故郷を失い、仲間とともに冒険者になり、裏切られ、ソフィリアに出会い、ルーナを助け、アイラを仲間にし、町を救い、魔王を倒した。
懐かしい記憶だ。
ソフィリアを助け出し、仲間がバラバラになり、アルクと出会い、アイラと別れ、エルジェイドに救われ、ルーナに治療してもらった。
まさか、本当に亡くした腕が再生するなんて思っていなかったな。
ソフィリアを助け、アルクを失い、エルジェイドに救われ、サーシャと出会い、フィアーネと出会い、竜王アレウスと戦い、今こうして魔神ザイドリッツを倒そうとしている。
いろいろあった。失ったものも多かったが、何より多くの仲間に恵まれた。
挫折もしたが、ここまでの旅は、決してツライものではなかった。
俺は、この仲間たちを大切にしたい。世界の平和よりも俺はこの仲間たちが無事でいてくれたならそれでいいとさえ思える。
「お前は、俺の仲間に手を出したんだ。俺の何よりも大切な、かけがえのないものを奪おうとした。だから、こうしてお前に剣を突き立てている」
「ガッ……ゴホッ、ゲホッ……」
「だが、1つだけ、礼を言わせてくれ。その大切な仲間と巡り会えたのはお前のおかげでもあるんだ。そこは素直に礼を言いたい」
「それ……なら、どうか……私を……助け…………助けて……」
「それはできない、お前を生かしておけば、また同じことを繰り返す。
また俺ではない誰かの仲間が危機に陥ることになるだろう。
そしてまた憎しみが生まれ、争いを繰り返す。その負の連鎖に終止符を打つ」
「しかし……私は、魔神…………肉体は……全て魔力で…………構成されている、ゲホッ。
だから……そう簡単に……は、死なない…………のですよ」
「それを聞いて安心した、俺の秘術は魔力で構成されたものであれば全てを飲みこむ」
いつの間にか近くに来ていた竜王アレウスは、そう言うと片手をザイドリッツの方へ向けた。
ザイドリッツの表情が歪む、その目には恐怖の色が色濃く映し出されている。
「どうか……助け…………」
「……竜洞」
***
数年後。
「お父様、見てください。こんなに大きな水弾を作り出せるようになりました」
薄水色の髪をした少女が、そう言いながら俺のもとに駆け寄ってくる。
年齢は8歳くらいだが、理知的で真面目な少女だ。
「ズルいよ、ソリア姉!パパは今日、私と魔法の練習をするんだから!」
金髪で、まだまだ幼いが将来を期待させる顔だちをした5歳の可愛らしい少女が、先ほどの少女ソリアに文句を言っている。
「父上、僕も剣術の稽古をつけてもらえと、母上に言いつけられました」
この堅苦しいのは、母親の影響だろう。まだ6歳だというのに礼儀作法を完璧に身に着けているところを見ると、母親の教育熱心ぶりが目に浮かぶというものだ。
いずれは剣王になるのではないかと予感させる、精悍な顔立ちの少年。
「パーパ、パー。パーパ、こっ!こっ!」
兄や姉たちにつられてヨタヨタと歩いてきた、まだ2歳にも満たない赤毛の少年。
俺の足にしがみつき、両手を広げて、何かを催促している。
そうだ、この子が「こっ」と言うときは抱っこをせがんでいる時のものなのだ。
俺はそんな赤毛の子を抱き上げて言う。
「ロック、ママはどうした?また、森に行ってしまったのかい?」
俺の問いかけに赤毛の少年ロックはニコニコしながら首をかしげた。
「サーシャさんなら、夕飯前に狩りに行くと言っていましたよ」
代わりに答えてくれたのはソフィリアだった。
彼女の姿を見て、ソリアは母様も見てと言いながら駆け寄る。
水弾を褒めてもらいたいのだろう、可愛いやつだ。
「ソリア、スゴイじゃないか。ママと一緒に別の魔法も練習してきなさい。
頼むな、ソフィリア」
ソフィリアは、はいと微笑みながらにうなずいて、ソリアとともに家の方へ向かっていった。
さて次は、フィアルだな。
俺は、木剣を持ったまま姿勢正しく待っている少年のもとへ歩み寄る。
「フィアル、今日はリナと魔法の練習をする約束をしていたんだ。
フィアーネには俺から伝えとくから、剣術の練習は、そのあとでもいいか?」
「はい、わかりました。では、自己鍛錬として素振りをすることにします」
そう言って、フィアルはその場をあとにした。
本当にこの子は聞き分けが良すぎて怖いくらいだ。
フィアーネはどんな教育をしているんだ、もっと子供らしくワガママを言ってもいいと思うんだが。
そういえば、フィアーネはアルクと一緒に剣術道場で弟子たちに稽古をつけてくると言っていたか。
どうせなら、フィアルも一緒に連れて行ってやればいいのにとは思う。
「よし、リナ、今日は何の魔法の練習をしようか?
っと、その前にロックを預けてこないとな」
俺は、ロックを抱いたまま、リナと手をつないで歩きだした。
「あら、リアムどうしたの?」
ふと気づくと、目の前からルーナが歩いてきていた。
ママっと言いながら飛びつくリナの頭を優しくなでながら、ルーナは笑顔でこちらを見ている。
「ああ、リナと魔法の練習をしようと思ってな。サーシャがいないみたいだから、ロックを預かっててもらえないか?」
そう言いながら、抱いていた赤毛の少年をルーナに託す。
「それはいいけど、アイラちゃんが来てたよ。
なんか怒ってるみたいだったけど、なにかしたの?」
アイラが?いや、なにも心当たりはないぞ。
しいて言えば、数年前の魔神との戦いで、勝手に景品にされたのをいまだに逃げ回っているくらいなものだが。
まさか、何年も前のことだし、今さらだな。
「心当たりはないんだが、とりあえず行ってみるよ。
リナ、ママと少し待っていてくれるか」
頬を膨れさせてむくれるリナを見ながら、俺はアイラを探した。
「主さまよ、やっと見つけたぞ!」
突然背後から怒気のこもったアイラの声。
恐る恐る振り向くと、綺麗な銀髪の少女……いや、成長して少し大きくなった少女というか女性というかが立っている。
「ど、どうしたんだ、アイラ。ルーナから怒っていると聞いたんだが……」
その瞬間、アイラの鋭い視線が俺を射抜いた。
「そうじゃな、我は怒っておるぞ。
我が修行して大変だったときに、4人の女を抱いたことは、この際、大目に見てやろう。
じゃがな、なぜ、我にはいっこうに手を出してこんのだ!
我の身体には魅力がないとでもいうのか!答えろ!!!」
「あ、いや、そういうわけではなくてだな……。
なんというか、お前も今や狼王であり拳王として、弟子を導いていく身だろう。
そんなやつを妊娠させるわけには……」
「ほう、つまり主さまは、我に魅力を感じないのではなく、我の立場を気にしているということなのだな。
わかった、では、今この瞬間より、我アイラは、狼王でもなければ拳王でもない!
だから、心置きなく我を抱くのだ!!!」
「そういう問題ではないだろうが!!!」
「待て、主さまよ!逃げるなー!」
数年前、俺がまだジルガたちと冒険をしていたときには考えられなかった平穏で幸せな日々が、ここにはある。
願わくば、この幸せな日々がいつまでも続いてほしい、この青空のように……。
数ある作品の中から、この作品を読んでいただきありがとうございます。
初めましての方、ブクマをしてくださった方、評価をしてくださった方、初回からここまで読み続けてくれた方、本当にありがとうございます。
この話をもって、この作品は完結となります。
長い間、お付き合いいただき、感謝の言葉しかありません。
現在、新たな作品を連載中です。
もしよろしければ、そちらも覗きに来ていただけたら幸いです。
以下、新連載作品の一部抜粋です。
「俺はきみに一目惚れをしたみたいだ、俺と一緒に生きてくれないか?」
「は……はあ!?あんた、バカ!?私は魔人で、あんたは人間、一緒になんて……なれるわけがないでしょ!!!」
「我が娘が欲しいというのなら、条件がある。その条件は、きさまが魔王となることだ」
***
妖狐「何か勘違いをされていませんか?私たちは、あなた方に守ってほしいなどとは思ってはおりません」
戦闘鬼「……それで?俺たちにお前の配下になれとでもいうつもりか?俺たちがそれを受け入れるとでも?」
ソドム「これからレオン・バークスは反逆罪で指名手配とする!」
作品タイトル「恋した相手は魔王の娘!?それなら俺は、英雄ではなく魔王を目指す!」




