122話 それぞれの戦い 拳王ウーズ 対 狼王アイラ・狂戦士サーシャ
ソフィリアは、その戦いを遠目で見ていることしかできなかった。
闘気をまとった拳王ウーズと狼王アイラ、潜在能力を解放したサーシャのスピードは、常人の数倍にも達する。
下手に手を出そうものなら、2人の邪魔をしかねない。
だから自分は、もしもの時のために備えているのだ。
彼女の目から見た戦況は互角。
いや、2対1で余裕を見せている拳王ウーズのほうが、やや優勢かもしれない。
「ふははは、どうした、その程度か?
そんな拳では、俺には効かんぞ!ほれ、もっと腰を入れろ!こうするんだ」
「触るな!この変態!」
サーシャの拳が虚しく空を切る。
間髪入れずに放たれるアイラの拳も拳王ウーズにさばかれ、彼女たちは揉み合うように倒される。
「ふむふむ、女子同士で仲良くしているのを見るのも悪くはないが、あいにくと俺には、ゆっくりと眺めている時間はない。
立て、立たないのなら無理矢理にでも立たせてやるぞ」
拳王ウーズの言葉に反応し、2人は起き上がる。
その姿を満足そうに眺める拳王ウーズ、その顔にはいつものいやらしい笑みが張り付いている。
その笑顔に嫌悪感を抱きつつ、アイラは考えた。
なぜ、この変態は魔神に手を貸しているのかと。
拳王ウーズ、自分がこの変態に鍛えてもらっている間、この変態の頭にあったのは、いかに自分を抱くかということだけ。
女を手に入れることしか考えてなかったこの男が、なぜ裏切ったのか理解できなかった。
「なぜ、魔神なんぞに加担する?おぬしの目的はなんだ?」
アイラの問いに拳王ウーズは、あごをさすりながら悠然と答えた。
「俺は、世界最強になりこの世のすべての女を手に入れるのだ、がっはっはっは」
アイラとサーシャ、それにソフィリアはその答えに絶句した。
呆れ、哀れみ、怒り等々の感情がわき上がり、3人は軽蔑の視線を拳王ウーズに向ける。
その視線を受けてなお、彼は胸を張って言い放つ。
「魔神がこの世の魔を全て支配し、剣王がこの世の剣技の全てを統べるなら、俺はこの世の女をすべて手に入れる、この力でな!わっはっはっは」
呆れてものも言えないとはこのことだろう。
3人は思考を停止し、ポカンと口を開け、目を丸くすることしかできなかった。
その中で、一番に思考が回復したのはソフィリアだった。
「なぜ、そこまで女性を我が物にすることにこだわるのですか?」
ソフィリアの問いに、拳王ウーズは腕を組み、うんうんと頷きながらに話し始める。
「俺はな、愛というものが分からんのだ」
彼の言葉に再び3人の思考は停止する。
何言ってんだこのハゲは、と言いたげな視線が拳王ウーズに集中する。
彼は、それをものともせずに話し続けた。
「俺は孤児院で育った。生まれてすぐに捨てられたのか、預けられたのか、自分の親の顔さえ思い出せん。
そして俺は孤児院で育てられ、ある程度、ものを考えられるようになった時、奴隷商に売られた」
拳王ウーズは懐かしそうに天を仰いだ。
「何も不思議なことではない、その孤児院も困窮していたのだ。
孤児を引き取り、育てるのにも金は必要だ、だが、その金はどこから出る?
俺の育った場所は貧しい村のような場所、国からの援助も期待できない。
ならば、孤児を育て、金になりそうな子供を奴隷として売るしか方法はないんだ」
理屈は間違っていない。
引き取った孤児を育て、社会性を身につけさせ、巣立たせる。それが孤児院の本来の役割。
しかし、孤児の数に対し資金が少なければどうしたって、そこまで手をかけられないのも事実なのだ。
「なぜ俺が真っ先に売られた?俺よりも年上の子もいた、俺よりも物事を考えられる子もいた。それなのに俺が一番に売られたんだ……なぜか?決まっている。
俺があの孤児院にとって邪魔だったからだ。俺はあの孤児院の誰からも愛されていなかったのだ。
そして奴隷商に売られ、奴隷として買われた先でも扱いは酷いものだった」
「……」
「ろくな飯ももらえず、昼夜を問わずの肉体労働。
休めば鞭で打たれ、倒れれば引きずり起こされ鞭で打たれた。
そして俺は気づいた、自分が弱者だから虐げられるのだと。
そこから俺の運命は変わった。身体を鍛え、強くなり、主人を殺し、俺は解放された。
それからも身体を鍛え、拳王と呼ばれるまでになった」
正直、その強さへの執念は素晴らしいの一言に尽きる。
そして、親からの愛情を得られず、孤児院の誰からも愛されていなかったというなら、愛が分からないというのも、なんとなくだが理解はできる。
だが、だからと言って、力で女を支配するのは間違っているだろうと彼女らは考えた。
「拳王になってからは、俺に言い寄る人間も増えた。
俺はその者たちを弟子として育て、分からないなりに精一杯の愛情と熱意を注ぎ込んだつもりだ。
しかし、やつらは俺を殺そうとする。俺を倒し、自分が拳王になるのだと言ってな。だから俺は弟子を取るのをやめた」
己が強くなり、強い者を倒し、己が一番になる。
それは強さを求める者なら誰もが行きつく考えだろう。
狙われるということは、いわば、強者の宿命ともいえる。
ここで、アイラは違和感を覚えた。
弟子は取らないとは言うが、彼には拳聖として弟子が5人いるはずだ。
しかも全員が女性、それについてはどうだというんだ。
と、ここまで考え、アイラは以前の拳王の発言を思い出した。
拳聖として力を与えた途端、いなくなったという拳王の言葉を。
「おぬしの言っていることは、全てがズレておる。
なにが愛が分からないじゃ、きさまが理解しようとしておらんだけだろう。
現に拳聖として、5人も付き従う者がいたではないか?」
「我が嫁たちは、俺が力を与え、拳聖の称号を授けると目の前からいなくなった。
彼女らも我を利用しただけなのだ、愛されてなどいない。
もう偽りの愛などいらん、女も名声も欲しいものはこの力で手に入れる!」
「そうか、仕方ない、決着をつけよう。
サーシャ、ソフィリア、手を出すな。このバカは、我が1人で倒す」
「ずいぶんと余裕だな、この俺の全力の拳魂心装闘気を貫いて、お前が俺にダメージを与えることができると思っているのか」
「昔のお主にであれば無理であったろうが、今のきさまにならできる。
一撃じゃ、この一撃ですべてを終わらせる」
「いいだろう、受けてやる、来い!
お前が正しいというならば、その拳で証明して見せろ!」
拳王ウーズは両手を広げ、アイラを挑発するような構えを見せた。
全身には力がみなぎり、筋肉が盛り上がっている。
彼も全力で迎え撃つつもりのようだ。
「いくぞ」
アイラは力のすべてを、己の右拳に集中させる。
ゆっくり、拳王ウーズに歩み寄り、そしてその渾身の拳を打ち込む。
ドゴンともボゴンとも言い難い鈍い音が周囲に響いた。
同時に、口から血を吹き、拳王ウーズは地面に膝をついた。
アイラの攻撃は彼の闘気を貫き、体内へ致命傷となるダメージを与えた。
それでも歯を食いしばり、立ち上がる拳王ウーズ。
放っておいても倒れるであろう彼にアイラは容赦なく拳を叩きこんだ。
仰向けに倒れ、遠のく意識の中、拳王ウーズは古い記憶を夢のような感覚で眺めていた。
自分は孤児院へ捨てられたわけではない。
俺の家族は盗賊に襲われた、両親は俺を命を張って守ってくれたんだ。
そして身寄りのない俺は孤児院で引き取られた。
孤児院を出るときも奴隷商が奪うように俺を孤児院から連れ出した、決して売られたわけではなかったんだ。
拳王になってからもそうか、弟子たちは俺に勝負を挑みはすれど、暗殺を企てることはなかった。
今になって思えば、より強くなろうとしていただけなんじゃないか。
拳聖たちも、なんだかんだ招集には応じてくれた。
身体を撫でまわす俺を彼女たちはイヤそうな目で見てはいたが、強く拒否されることもなかった。
そうか、俺は間違っていたんだな。
両親からも孤児院の人々からも、過去の弟子たちからも、拳聖である嫁たちからも、形は違えど愛情を受けていたのだ。




