121話 それぞれの戦い 剣王ギルトール 対 剣聖フィアーネ・無名剣士アルク
「さて、始める前に場所を変えるとするか……」
そう言うと剣王ギルトールは、2本の剣でフィアーネとアルクに斬りかかる。
2人とも即座に反応し、その剣を受け止め、鍔迫り合いの形となった。
鍔迫り合いとはいえ、剣王はそれぞれ片手、フィアーネとアルクは両手で剣を持っているところを見れば、力の差は歴然と言えるだろう。
「剣王様……剣王様ともあろう御人が魔神などに操られているのですか?」
「さあ、どうだろう……な!!」
鍔迫り合いの状態から、強引に剣を振り抜き、フィアーネとアルクは後方にはじかれる。
間髪入れずに剣王ギルトールは襲い掛かり、2人を圧倒しながら、徐々にその場を離れていく。
「ルーナ、2人の援護に向かってくれ。こっちは俺たちでなんとかする!
ソフィリアはアイラたちを頼む!」
その言葉にルーナは剣王たちの方へ走り出す。
***
「この辺りでいいか、さあ、リアム・ロックハートを助けに行きたけりゃあ、俺さまを殺していけ!」
剣王ギルトールは、両手に剣を持ったまま、余裕の笑みを浮かべてそう言った。
駆けつけたルーナが目にしたのは、余裕の笑みを浮かべて立っている剣王ギルトールと、地面に膝をつき、うなだれている剣聖フィアーネとアルクの姿だった。
剣王はたたみかけるように2人に牙をむく。
鎖でつながれた剣で斬りかかり、投擲し、時には鎖を利用し剣を振り回す。
予測不能な、およそ剣士とは呼べないような攻撃を矢継ぎ早に繰り出している。
その変則的な攻撃に、フィアーネとアルクは劣勢を強いられている。
先ほどから全く攻撃することができていない。
しかし、しばらくしてルーナは違和感を覚えた。
確かに2人は劣勢であり、攻撃に転じることはできていないが、剣王の攻撃も当たってはいないのだ。
それはつまり、見た目以上に力の差があるわけではないのではないか?
わざと劣勢を演出しているだけなのではないかとルーナは考えた。
「どうすんの、フィアーネ?これ、いつまでも避け続けるの大変なんだけど」
「もう少し、もう少しだけ待って」
急かすような口調のアルクに、フィアーネは落ち着いて答える。
彼女が見ているのは、剣王ギルトールの動きのみ。
噂には聞いていた。剣王は5本の剣を同時に使いこなし戦うと。
その嵐のような苛烈な攻撃は、相手に反撃の隙すら与えないのだと、そう聞いていた。
フィアーネもその話を聞いて、なにも疑うことはなかった。
剣王ギルトールは、剣術においては最強だ、それは揺るぎない事実だから。
しかし、実際はどうだ。
確かに苛烈な攻撃ではあるが、自分たちには当たらない。
それどころか、舞刃流に適正のある自分なら、切り返し反撃ができるのではないかとすら思う。
とすると、やはり、彼は操られている。
その呪縛を解く方法はきっとあるとフィアーネは考えていたのだ。
すると突然、剣王ギルトールは、その動きを止めた。
剣を持つ手を下ろし、無防備な姿勢でフィアーネを見た。
「お前、何考えてやがる?まさか、俺さま相手に余裕を見せてるつもりか?」
静かな口調だが、どこか怒りをおびたような、そんな声色だった。
「そんなつもりはありません。ただ、剣王様が操られているのなら、その術を解き、解放する方法があるのではないかと思案しておりました」
その答えに剣王ギルトールは、一瞬だけ目を丸くしていたが、すぐにため息をひとつ。
「ふう、なるほど。つまりは、俺さまの攻撃に対処しつつ、術から解放する術を模索していたというわけか……」
そう言って顔を上げた剣王ギルトールの表情は怒りに染まっていた。
「それが舐めてるってんだ!俺さま相手に考え事だと!?ずいぶん偉くなったもんだな、フィアーネ!
いいだろう、教えてやるよ。俺さまは魔神なんて野郎には操られちゃいねえ!
俺さまは自分の意志でここにいる、わかったら全力で殺しに来い!」
そう言うと剣王ギルトールは再び剣を構えた。
彼の話を聞いたフィアーネは戸惑いの表情を浮かべていたが、その顔はすぐに悲しげなものへと変化した。
「アルク、どうやらこれ以上は無意味なようです。彼をこの呪縛から解放してあげましょう。」
「解放って、いったいどうやって……」
彼女を見るアルクの目に映ったのは、覚悟を決めた表情で剣を構えるフィアーネの姿。
その瞬間、アルクも理解し、瞬時に自分も剣を構えた。
「斬ります」
彼女の言葉にアルクは動いた。
高速を越えた神速の剣撃を剣王ギルトールは手に持つ2本の剣で受けた。
いや、受けようとした。
しかし、アルクの剣は剣王ギルトールの剣を折った。
折れた剣を投げ捨て、標的をフィアーネに移し、残った剣で剣王ギルトールが迫る。
対して、フィアーネは冷静に目の前を見据え、剣を握る。
一瞬だった。剣王が斬りかかり、フィアーネが迎撃する。
すれ違いざまの一瞬でフィアーネの舞刃流奥義、舞踏剣界により、剣王ギルトールの2本の剣は折られたのだ。
振り返ることもなく、折られた剣を見つめる剣王ギルトール。
しばらくして、彼は振り返り、うっすらと笑みを浮かべて言った。
「強くなったな、フィアーネ……いや、俺さまが弱くなっただけか。
そういやよ、お前が出てった後にエイルのやつに負けたんだよ。
この俺さまがだぜ、信じられるか?」
嘲笑混じりに彼は続けた。
「いくら真剣じゃなかったとはいえ、俺さまの技を使いこなし、全力の俺さまに勝ったんだ。初めての経験だったぜ、完敗だった。
だが、お前に俺さまは超えられねえ。それを今ここで証明し、俺さまの手でアレウスの野郎をぶった斬る!」
ゆっくりと背中の剣を抜き放ち、身構える剣王ギルトール。
背中の剣、彼が剣王と呼ばれる前から使用している愛刀、なんの変哲もない無名の剣。
しかし、その剣は決して折れず、なにものをも両断する名刀。
「これで、終わりだ」
剣王ギルトールの言葉は彼の放つ殺気により、説得力のあるものであった。
次が最後、そう感じフィアーネとアルクも剣を握る手に力を込めた。
3人が動いたのは、ほぼ同時だった。
そして、勝負は一瞬にして決まった。
アルクの剣により腕は斬り飛ばされ、フィアーネの剣が彼の身体を貫いた。
口から鮮血を吐きながら倒れる剣王ギルトール。
「なんで……」
フィアーネの口から出たのは、その一言だけだった。
彼女の目は捉えていた。
剣が交差する一瞬、剣王ギルトールが使ったのは瞬息の太刀ではなく、舞踏剣界だった。
剣客島にいる者ならば誰でも知っている。
剣王ギルトールの放つ瞬息の太刀は、この世のすべての剣技において最強だと。
彼はその剣技を好み、誰よりも修練を積んできた。
だからこそ彼は、最強の剣士の名を持っているのだと。
もし、彼が舞踏剣界ではなく、瞬息の太刀を使っていたならば、自分かアルクは確実に斬られていただろうとフィアーネは戦慄した。
「ゴボッ、なんで……か……」
口から大量の血を吐き出しながら、うつろな目をして剣王ギルトールは言う。
「なんでだろうな……ここ一番で……瞬息の太刀を、使えなかった。……俺は弱えな」
「あなたが、あそこで瞬息の太刀を使っていたならば、こうして見降ろされていたのは私でした……」
「ははっ、だが……結果はこの様だ。俺はな、誰かを守る剣より……自分のために振るう剣の方が、強いと……思っている」
「……」
「理由は簡単だ。今の俺が……昔の俺より、弱い……からだ。
ゴボッ、ガハッ、ゲホッ。
剣王は俺さま1人だが……流派は3つ、おかしいと思わなかったか?」
「それは、全て剣王様が、自ら編み出した流派だと……」
「ははっ、ちげえよ、バカ。俺が……2人の剣王を殺したんだ。
俺自身が最強であるためにな……だが、俺はエイルに負けた……だから……最強に返り咲くためにアレウスを斬ることにした」
そのためだけに自分たちを裏切り、魔神側についたのかと、フィアーネは少しの憤りを感じた。
同時に、彼がどうしてそこまで最強の剣士にこだわるのか、自分には理解できなかった。
フィアーネは自分が強くなり、最強になるよりも、大切な誰かを守るために強くなりたいと思っている。
いや、彼女自身も初めからそう思っていたわけではない。
彼女も最初は例外なく、最強の剣士を目指す1人の門下生にすぎなかった。
その頃の彼女ならあるいは、剣王ギルトールの気持ちを理解できたかもしれない。
彼女の考えが変化したのは、魔王殺しリアム・ロックハートの影響だろう。
彼は、常に誰かを守るために強くあろうとしていた。
自分の強さを誇示するためではなく、いつも誰かの前に立ち、その身を犠牲にしてきた。
そんな彼を見て、フィアーネは考え方を変えたのだ。
ふと、剣王ギルトールの目がフィアーネを捉えた。
その眼の光はかすみ、力なくこちらを見ている。
「お前は……俺のようになるな。……俺のように、弱くなる……なよ。
ああ、そうだ……金髪の小僧。お前が……今日から……剣王だ」
「えっ!?」
突然の指名に目を丸くし、硬直するアルク。
そんなアルクを無視するように剣王ギルトールは仰向けになりながら、空に向けて手を伸ばす。
「ああ、強く……なりてえなあ……クソッ……誰かを守るか……気づくのが…………遅いんだ……よ」
その言葉とともに剣王ギルトールの目から一筋の涙がこぼれ落ち、天へと伸ばしたその手は、力なく地に落ちた。




