120話 先制攻撃
「私が行く!ロックハート、合わせて!」
真っ先に飛び出したのはサーシャだった。
彼女は、玉座に座る男を視界にとらえた瞬間、誰よりも早く行動した。
魔力を集中し、憑き子としての力を解放していく。
「仕方ないのう。ルーナ、ソフィリア、主さまの魔法に合わせるんじゃ!」
続いて、アイラも飛び出した。
いきなりのことで状況を把握しきれていない俺に背後から声がした。
「リアム、今だよ!」
ルーナに言われるがまま、俺は魔力を集中する。
同時に背後から、詠唱が聞こえる。
「「清廉なる神々よ、わが魔力を糧に聖なる光で、この地を照らさん。
聖なる光で周囲を照らし、邪悪なるものを焼き払え。ホーリーフレア!!」」
「空間魔法展開、トールハンマー!」
天より雷の鉄槌が降り注ぎ、聖なる炎がザイドリッツの周囲を包み込む。
「鬼の咆哮!」
「銀狼の咆哮!」
さらに、サーシャとアイラが魔力波で追撃する。
見事な連携攻撃、普通の魔物であれば肉の一片すらも残らないだろう。
「あっ、やっぱりフィアーネじゃん!
昔、何回かだけ通った道場で、一生懸命に木剣振ってたよね。
木剣の重さに耐えられなくて、よく転んで半ベソかいてたのを覚えているよ。
そうだそうだ、丘の上の木の下で、稽古の後に一緒に瞬息の太刀の練習をしたの覚えてる?
何度も失敗して、その都度、半ベソかいててさ……懐かしいなあ」
「う、うるさいわね!みんなの前で昔のことは言わないでよ!
今はもう剣聖なんだから!あんたなんかより強くなったわ!
そんなことはいいから、煙が晴れたら一気にいくわよ!」
後ろで仲良く言い合う声が聞こえてくる。
そういえば、2人は幼馴染という話だったか。
ん、ということはフィアーネと致したことは、アルクに報告しなければならないということか……。
それはなんというか、気まずいんだが。
「ん?でもちょっと待って。なんでフィアーネとリアムさんが一緒にいるの?
まさかとは思うけど、もしかして2人は……」
「ええ、そうね。私はリアム・ロックハートのものよ。生涯彼に付き従うと決めたの」
とっさに振り返るとアルクは、ガーン、という効果音がしそうなほどの驚愕の表情を浮かべていた。
アルクの抗議するような視線を受け、俺もバツが悪い顔をしていたと思う。
いや、その、すまんな、アルク。あれは、なんというか、事故みたいなもんなんだ。
そんなことを考えていると、次第に目の前の土煙が晴れていき、視界がクリアになる。
「行くわよ、アルク!足を引っ張らないようになさい!」
「はあ……リアムさん、あとで話は聞かせてもらいますからね!」
そう言うと、2人は腰の剣に手をかけ同時に走り出した。
目にもとまらぬ速さでザイドリッツのいた玉座へ肉薄する。
あの2人、いつの間に天脚を使いこなせるようになったんだ……。
玉座の左右で同時に剣が煌めいた。
次の瞬間、玉座に座っていたものは玉座ごとバラバラになり宙を舞う。
2人の瞬息の連撃が、魔神をバラバラに切り裂いたのだ。
さすが幼馴染とでも言うべきか、息の合った連携だ。
いや、見とれている場合ではない。
やつにダメージを与えられるだけ与えるんだ、そのチャンスは今しかない。
あの空間ごと、魔神を消滅してやる。
「アルク、フィアーネ、退け!空間魔法展開、ホーリーノヴァ!」
その瞬間、音もない真っ白な世界が広がる。
数秒、いや数分ほどだろうか。しばらくして、白い世界は色を取り戻していく。
目の前には、広大な荒れ果てた台地が広がるのみ。
玉座ごと魔神ザイドリッツを消滅させることができたのだろうか。
ぼんやりと目の前の光景を眺めていた俺は、ふと違和感を感じた。
いや、待て。俺は魔王と戦った時に苦戦した。その結果、片腕まで失った。
なぜそこまで苦戦した?
やつには再生能力があった、だから再生する隙を与えないように攻撃を繰り出した。
そこまではいい。もう1つ、やつには別の能力があったはずだ。
思い出せ、何か大事なことを忘れている気がする。
そうだ!再生能力以上に俺が苦戦した理由があった!
俺との相性が最悪な理由……。
「まだだ!」
俺が叫んだ瞬間、サーシャとアイラが弾かれるように宙を舞った。
そして、近くにいたアルクとフィアーネも同様に吹き飛ばされる。
風魔法、いや衝撃波か。
「ふむふむ、素晴らしい攻撃でしたよ。まさか、これほどダメージを受けるとは。
しかし、私には意味がない。私は魔神ザイドリッツ。全ての魔を統べるものだ」
そう言いながら男は邪悪な笑みを浮かべ、上空からゆっくりと降りてくる。
ザイドリッツが地面に降り立ったと同時に、先ほど吹き飛ばされたアルクとフィアーネ、サーシャとアイラが後方に立つ。
これで、ザイドリッツは完全に包囲した形となる。
「あー、ふむ。あなたたちは邪魔ですね。相手をしてあげなさい」
ザイドリッツがそうつぶやいた瞬間、上空から何者かが降ってきた。
その男は土埃を巻き上げながら、サーシャとアイラの前に立ちふさがる。
アイラが目を丸くして、その男を眺めている。無理もない。
磨き上げられたその頭は、先ほどまで敵を食い止めてくれていたであろう人物だからだ。
「何をしておる、この変態が!そこをどけ!自分が何をしているか分かっておるのか!?」
アイラの怒声に男は動じない。まるでいつものことだとでも言いたげな調子で返事をする。
「何をと言われても、俺が我が嫁であるお前の相手をするのは、何も不自然ではなかろう。
ついでにその憑き子の女子も、我が嫁に迎えてやろう」
拳王ウーズはザイドリッツの背後を守るかのようにサーシャとアイラと対峙している。
まさか、七大強王の中に裏切者がいたとは……いや、操られているのか。
しかし、いくら七大強王と言えど、憑き子であるサーシャと狼王となったアイラ、剣聖フィアーネ、剣術の天才アルクを相手に勝てるはずがない。
全員で叩けば、何も問題ない相手だ。
「お前らの相手は俺さまだ!」
その言葉と同時に横を何者かが走り抜けた。
ギギィィィィンと、剣同士がぶつかる音とともにアルクとフィアーネは何者かに弾き飛ばされる。
両手に2本の剣を持ち、両手の剣とそれぞれ鎖でつながれた2本の剣を腰に携え、背中に1本の剣を持っている剣士。
顔は見えないが、きっとその顔には数多くの修羅場をくぐり抜けてきたであろう勲章が刻まれているはずだ。
「剣王様、なにを……」
フィアーネの力ない声、その声に剣王ギルトールは鼻で笑いながら答えた。
「さて……お前らの力を見てやるよ、死にたくなけりゃあ全力でかかってこい!」
拳王ウーズに続き、剣王ギルトールまでも魔神ザイドリッツを守るように立ちふさがっている。
七大強王が2人も敵に回ってしまった。
俺の背中を冷たい汗が流れ落ちる。
静かな時間が流れる中、1人の男の言葉が開戦の合図となった。
「さあ、せいぜい私にあらがって見せなさい。竜王アレウス、魔王殺しリアム・ロックハート!!」




