119話 新たなる魔神の誕生
「おやおや、そろそろ頃合いですかね」
男はそうつぶやき、薄ら笑みを浮かべた。
竜王アレウスと対峙しているこの男、魔王の腹心ザイドリッツだ。
彼は不思議な男だった。
七大強王の中でも別格の強さを誇る竜王アレウスを相手に互角に渡り合っている。
それどころか、周囲の戦況を見極める余裕さえあるのだ。
魔王の腹心であれば、そんなことが可能なのか?いや、不可能だ。
七大強王最強は、そんなに甘い相手ではないのだ。
ではなぜ、ザイドリッツは竜王アレウスと互角の勝負ができるのか。
それは直接対峙している竜王アレウスにも分からないことだった。
ただ、のらりくらりと攻撃をかわし、どこか時間稼ぎをするかのように振舞っているだけ。
そんな男が、発した一言。その言葉の意味を考えるよりも早く竜王アレウスは動いた。
一瞬にしてザイドリッツとの間合いを詰め、その心臓へ向けて貫手を放つ。
その貫手は、吸い込まれるようにザイドリッツの心臓付近を捉え、胴体を貫通した。
……はずであった。
貫手を放った竜王アレウスですら、そう錯覚するほどの手ごたえを感じていた。
しかし、彼の手には何もない。心臓を貫いた感覚だけを残し、そのほかは何も残っていないのだ。
一瞬、竜王アレウスも事態を把握できていなかっただろう。
周囲を見回し、はるか遠くにその姿を見つけた。
その一瞬の間、それが竜王アレウスと魔王の腹心ザイドリッツの勝敗を分けてしまった。
竜王の視線の先、ザイドリッツとリアムは対峙していた。
リアムとアルクは状況を把握できずに呆然と眺めていた。
目の前の光景が脳に伝わり、情報を整理し、事態を把握、両手に指示が伝達されるまでのコンマ数秒という短すぎる時間。
その時間でザイドリッツは目の前に現れ、氷漬けのジルガを担いで消えていった。
イヤな予感を感じたリアムは自分の仲間の方へ視線を移す。
アルクの言っていた、エルジェイドはルーナたちが結界に封じているという言葉を思い出したからだ。
しかし、視線の先にはエルジェイドも、ルーナたちの結界も存在していない。
そこにはただ呆然と立ち尽くす、美女たちの姿しかなかった。
その場で戦闘を行っていた全員が状況を把握できていない中、どこからともなく声が響き渡った。
それは聞き覚えのある胡散臭い声だったが、どうやらその声はその場にいる全員に聞こえていた。
「時は満ちた。これより魔神復活の儀を執り行います。
そして、私がその力を吸収し、私こそが新たなる魔神となるのです。
終わりですよ、竜王アレウス、魔王殺しリアム・ロックハート。
あなたたちには、味わったことのないほどの苦痛と絶望感を与えてから殺してやるとしましょう!覚悟なさい、フッフッフッフッ、アハハハハ、アーハッハッハッ!」
《リアムside》
それは一瞬だった。
突然目の前に、竜王アレウスと戦闘中のはずのザイドリッツが現れ、氷漬けのジルガを抱えて消えていった。
そして聞こえてきた謎の声、状況は理解できなかったが、言葉の意味は理解できた。
急ぎ、魔神復活の儀を止めなければ、取り返しのつかないことになる。
てっきり、ジルガの身体を依り代にし魔神を復活させるだけだと思っていた。
しかし、ザイドリッツの本当の目的は、自分が魔神になることだったのか。
先ほどの戦闘を見ても、ザイドリッツは竜王アレウスと互角の戦いをしていた。
いや、アレウスの攻撃を避けることに徹していただけかもしれないが、だとしても、世界最強相手に生き抜いた。
そんなやつが魔神の力を得たらどうなる?世界は完全にやつに支配されるだろう。
「アルク、急ぐぞ!魔神復活の儀を止める!」
「はい!」
俺とアルクは視線の先にある魔城を目指す。
きっとザイドリッツはあそこにいる、禍々しいオーラがこちらまで届いているから分かる。
しかし、気になるのはエルジェイドだ。
彼はルーナたちが結界に捕らえていたはず。いったいどうなっている。
「よかった、リアム、無事だったんだね」
「ロックハートは強いんだから、そう簡単にやられたりはしないわよ!」
「主さまも、いつの間にか強くなったもんじゃな」
魔城を目指す俺たちにルーナたちも合流する。
彼女たちも無事なようでよかった。
俺はルーナにエルジェイドについて聞こうとして、口をつぐんだ。
「ナーガラスはどうした?」
ルーナたちとは反対方向からの声、竜王アレウスも俺たちと合流する。
「蛇王ナーガラス様は、ジルガに敗北したようで、動く様子はなかったが」
「死んだのか?」
「いや、致命傷を受けたようには見えなかった」
「それならばいい、じきに合流するだろう」
身体的なダメージはなかったが、精神的なダメージは大きそうだった。
そう簡単に合流するとは思えないが、竜王アレウスがそう言うなら、ひとまず置いておこう。
そして俺は竜王アレウスから、ルーナに視線を移す。
「ルーナ、エルジェイドの様子はどうだった?」
「うーん、操られているのはそうだと思うんだけど、魔法で操られているような感じではなかったよ。なんて言うか、もっと強い力で操られているような……」
「私も初めは精神に作用する魔法や呪法のようなものだと考えましたが、どうもそうではないようです。もっと深い部分での、解除ができないような方法で……そんな方法があるとは思えないですが」
魔法や呪術以外で人を操る方法があるのか?そんな方法は聞いたことがないが。
しかし、ルーナとソフィリアの話が本当なら、もしかしたら、本当に解除できないのかもしれない。
そうなったら、俺はエルジェイドと戦うのか?彼を殺すのか?俺にそんなことができるのか?
「ここまででいい。リアム・ロックハート、お前の魔法でここからあの城を破壊しろ」
そう言われ、竜王アレウスの指さす先にある魔城を見る。
立派な外壁に守られた城、さすがに俺の魔法で破壊するのは難しいようにも思える。
あれを破壊できるなら、俺は魔法で1つの村を荒地にすることくらいはできそうだ。
「さすがにあの城を破壊するのは難しい……」
「心配するな、俺の魔力をお前に流し込んでやる。
お前は自分の得意な魔法を最高範囲、最大魔力で放てばいい」
俺は竜王アレウスに言われるがまま、全魔力を集中する。
彼の力を受け、城を包み込むほどの巨大な落雷が天と地を結ぶ。
目の前が真っ白い光に覆われ、その後に耳を押さえたくなるほどの轟音が鳴り響く、魔城があった場所には土煙が立ち込めている。
これで終わってくれれば苦労はないな。
そう思った時、土煙が晴れた。
破壊された魔城の中心、そこだけは結界にでも守られているかのように綺麗な状態で残っていた。王の玉座である。
荒れ果てた台地を見下ろすかのように存在する玉座。
その姿は、神々しさすら感じさせるほどであった。
その玉座の上、その男は静かに腰かけていた。
胡散臭い笑みを浮かべ、先ほどまでとは比べ物にならないほどの邪悪な気配を身にまとい、見下すような視線をこちらに向けている。
新たなる魔神、ザイドリッツ・グランツの誕生である。




