110話 最強の男の実力
「声?前に会った時も言っていたが、声とはなんのことだ?
確かに以前、頭の中に声が流れ込んできたことがあったが、今は聞こえな……」
そこまで言った瞬間、目の前の男から、今まで感じたことがないほどの殺気を感じた。
これはマズイ!
瞬間的にそう判断した俺は、距離を取ろうとした。
しかし、次の瞬間、俺の目に映ったのは高速で流れていく周囲の景色。
そして、胸部の激痛と呼吸困難が同時に襲い掛かってきた。
その時、初めて俺は竜王からの攻撃を受けたのだと認識した。
後方に吹き飛ばされること数秒、俺は地面に叩きつけられ、ようやくその動きを止めた。
いったいどれくらいの距離を吹き飛ばされたのかは、わからない。
しかし、周囲に草原が広がっているところを見ると、相当な距離を飛ばされたに違いない。
無理矢理、肺に酸素を送り込み、なんとか呼吸をすることに成功。
息苦しさを覚えながらも、ゆっくりと立ち上がる。
ギャリン、ガラン。
立ち上がった衝撃で、俺の服の下から粉々に砕かれた鋼鉄製の板が地面に落ちる。
助かった……もしものことを考えて、服の下に魔法で高度を上げた鋼鉄製の板を忍ばせていたおかげで、致命傷を避けることができた。
しかし、魔法で高度を極限まで上げていた鋼鉄がこうも簡単に粉々にされるとは……。
戦慄を覚えつつ、視線を前に向けた。
先ほどまで自分がいた海岸が、あんなに遠くに。
驚いたのもつかの間、すでに竜王はこちらに向かってきているのが見える。
なぜいきなり攻撃された!?やはり、やつが黒幕なのか?
いや、落ち着け。今はやつを止めることが先決だ。この距離なら俺の、魔導師の間合いだ。
早鐘を打つ心臓の音を聞きながら、落ち着かせるように自分に言い聞かせ、手に魔力を込める。
同時にもう片方の手で、法剣・風流を抜いた。
「空間魔法展開、ライトニングバースト!」
竜王に向けて放たれた雷、地面から天高く立ち上る雷は竜王を射抜くことができなかった。
やつもエルジェイドと同様に魔力の流れが見えるのか……。
それなら……。
「空間魔法展開、ファイアメテオストライク!」
「ウォータースプラッシュ」
竜王に向けて降り注ぐ無数の炎の隕石は、竜王から放たれる水塊と衝突。
小さな水蒸気爆発を起こしつつ、無効化される。
「空間魔法展開、アースクエイク、トールハンマー」
「アースゲイザー」
隆起する地面と雷の鉄槌の挟み撃ちも、竜王の土柱により無効化。
そのまま何事もなかったかのように俺との距離を詰めてくる。
俺はここまで魔法に長けた相手と戦うのは初めてだった。
放つ魔法全てに対応される、複数の魔法に対しても冷静に。
先ほどまで、あれだけあった距離が、今ではほとんどない。
使えるとしたら、あと魔法一発が限界か。
ならば、複合魔法で……。
「大火力・ファイアボール、高水圧・ウォーターボール」
「……竜洞」
竜王がつぶやくと、彼の周囲に黒い渦が出現し、俺の魔法はその渦に飲み込まれた。
またしても俺の魔法は無力化されたのか?
「竜砲」
竜王の声に反応し、今度は白い渦が出現し、魔力の塊が放出される。
高威力の魔力の弾丸。
なんとか回避するが、俺のいた場所の地面は大きくえぐれ、その威力がうかがえる。
「ほう、初級魔法でこの威力とは。
さすがは魔王を倒しただけのことはある」
何を言っているんだ、まさか今の魔力の塊は俺の放った魔法を魔力へ変換したものだというのか。
もしそうだとしたら、俺の魔法はやつに魔力へ変換され跳ね返される。
つまり、やつに魔法はほとんど無意味ということになる。
「くっ」
俺は覚悟を決め、剣を構えた。
「面白い剣だな、それは剣王の秘蔵の剣の一振りか?」
俺の斬撃を軽々と素手で受け流しながら、竜王は問いかけてきた。
正直、こちらに悠長に会話をしている余裕はない。
やはり、このままでは力の差は大きいようだ。
「今使っているのは、仲間の形見だ。だが、こっちはあんたの言う通り剣王から貰った剣だ……よ!」
片手でもう片方の剣、黒狼を抜いた。
ザシュッ
手に手ごたえを感じた。
見ると、竜王の手から鮮血が舞っている。
その様子を竜王は興味深く眺めている。
「ほう、俺の闘気を無視できるとは……いい剣だ。
その赤黒い刀身、獣王の使っていた剣と似ているな」
竜王は自分が斬られたことよりも、俺の剣に興味を示していた。
先ほどから、こいつは俺の力を見定めようとしているのか。
その気になれば殺せるはずだが、手を抜かれているように感じる。
「あんたがジルガを操り、魔人復活を企んでいるわけではないというなら、俺に戦う理由はない。退け!」
「お前に理由はなくとも俺にはあるのだ。
きさまは声が聞こえたと言った、それは魔王の力の残滓を宿す者の証だ。
殺しておかなければ、のちの災いとなる」
「何を言って……」
ドクン!
急に心臓を強く締め付けられるような痛みを感じて、俺はうずくまった。
胸が熱い、息が苦しい……。呼吸……あれ、息が吸えない。
なんだこれ、竜王に何かされたのか?
「あ、あがっ……あぐ……」
なんとか声を出そうとしても声が出ない。
目の前が涙でにじむ、身体全体が熱い、俺……死ぬのか。
「始まったな」
始まった?何言ってんだこいつ、お前が何かしたんじゃないのか?
「ロックハート!あんたねえ、もう許さないんだから!」
かすむ視界の先で、サーシャが竜王の前に躍り出たのが見えた。
やめろ……お前には、勝てない……。
「ほう、憑き子の力を完全にコントロールできているのか……面白い。
お前の力見せてみろ」
「言われなくてもやってやるわよ!鬼の咆哮!」
サーシャから特大の魔力波が放たれ、竜王を包み込んだ。
地面をえぐり、突風を起こし、大地を震わすほどの威力。
しかし、竜王は何食わぬ顔で立っていた。
「素晴らしい威力だ」
次の瞬間、サーシャは俺の視界の外に吹き飛ばされた。
「ふん、お前に手柄をやろう。今のうちにこいつの心臓をえぐれ。
そうすれば、魔神の復活は止まる」
なんだと!?どういうことだ、俺を殺せば魔神の復活は止まるだと?
朦朧とする頭で、なんとか考えをめぐらせている俺に剣が突きつけられた。
フィアーネまで、いったい何を?
『あの憑き子の娘、助けたいか?それとも自分が生き永らえたいか?』
その瞬間、どこからともなく声が聞こえた気がした。
助けたい、俺はサーシャを助けたい、俺自身も俺の仲間も死なせたくない!
『ならばお前に力をやろう、殺せ、邪魔するやつを殺すんだ。さもなくば、きさまもろとも、仲間も皆殺しにされるぞ。殺せ、殺せ!コロセ!』
その声が消えるとともに、心臓の痛みも息苦しさも、身体の焼けるような熱さも消えていた。
そして、俺の意識も深い闇の底へと堕ちていくような、そんな気がした。




