12話 VS、百面策士のザナール
「賊だー!」
「ルーナ、いくぞ!」
俺はルーナを置いて、マルーン氏の部屋へ向かう。
慌てて追いついてきたルーナはというと、なにかが不満なのだろう、実の父親の危機だというのにムスッとしたままだ。
それにしても気になるのは、ルーナが敵の策に利用されたこと。
封魔の指輪を身に着けているルーナに魅惑系統の魔法をかけるなど、相当の魔力の持ち主でなければ不可能なはず。
やはり、ザナールという男…。
俺は瞬時に今までの情報を整理し、正解を導き出そうとしたが、その前にマルーン氏の部屋に到着してしまった。
「マルーンさん、大丈夫ですか?」
部屋の中は荒らされた形跡も争った形跡もない。
肝心のマルーン氏は窓際の椅子に腰かけたまま。
しかし、その奥の窓ガラスはやぶられ、風でカーテンがなびいている。
「おお、リアム君。私は無事だ、賊は窓から外に逃げたんだ、早く追いかけてくれ!」
「……」
「どうした、リアム君。早く追わなければ賊に逃げられるぞ!?」
「そうだな…」
キンッ、シュバッ
俺は、剣を抜くとそのままマルーン氏に切りかかる。
「リアム様!?」
驚くルーナをよそにマルーン氏…いや、マルーン氏に変装した何者かは、俺の剣をひらりとかわす。
やはり、ルーナに魔法をかけたことといい、今の不意打ちをかわしたことといい、相当の実力者に間違いない。
「よく気づきましたねぇ、どこか違和感がありましたかねぇ?」
「本物のマルーン氏は腕に魔力を帯びた腕輪をしていた、今のお前にはないものだ。お前は何者だ?」
俺は、目の前のマルーン氏を装った何者かに剣を向ける。
「おやおや、よく観察してますねぇ。ただの荷物持ちだと思って油断しましたよ、リアム」
マルーン氏の変装を解いた瞬間、ルーナが驚きの声をあげた。
「ザナール!?」
やはり、賊の正体はザナールだったか。
しかも、こいつは、百面策士のザナール。
変装が得意で、さまざまな策略を駆使し、高難度のクエストをクリアしていくことから、その名がついていた。
勇者パーティー時代に何度かクエストに行った仲だ。
「やはり、ザナールというのはお前のことだったか。目的はなんだ、金か?」
「それもありますが、一番は権力ですかねぇ。キーウッドを手中に収め、なに不自由なく気ままに暮らしたいのですよ。そのためにはマルーン町長は邪魔でしてねぇ、ちょうどお嬢さんも留守なもので、遺産ごといただいてしまうことにしたんですよ」
「そうか、だが残念ながらそれはできない、町長を護衛することが俺の任務だ」
俺は剣を向けたまま、ザナールと睨みあう。
殺気を放つ俺とは対照的に、ザナールは薄笑いを浮かべリラックスしている様子。
「できますかねぇ、荷物持ちのリアムに」
「昔のままだと思うなよ!…ルーナ、マルーン氏を頼む、きっと浴場にいるはずだ。こいつは俺がかたづける!」
剣を手にザナールとの距離を詰めると、ザナールは窓から外に飛び降りる。
好都合だ、部屋の中では戦闘による被害が大きい。このまま外で仕留める。
「空間魔法展開、ダイヤモンドダスト!」
氷の結晶がザナールを襲う。
しかし、ザナールは魔力を体外に放出することで俺の魔法をかき消す。
「昔より成長しているのは認めますが、この程度、私が全力で魔力を開放すれば簡単に防げるんですよ」
「空間魔法展開、アースクエイク!トールハンマー!」
俺の魔法で地面が隆起し、地面ごとザナールを天高く運んでいく。
同時に上空から巨大な雷の鉄槌が、ザナールをはさみうちにする。
「があああ!この程度、どうということはないんですよぉ!!!」
「ああ、お前は昔から魔法耐性が高かったからな。これくらいの魔法は防がれるとは思っていた」
ドスッ
俺の剣がザナールを背中から心臓を貫いた。
「あの魔法のあいだに背後に回り込んでいましたか…どうやらあなたは、私の知っているリアムではないらしいですねぇ。お見事…で、す」
そういうと、ザナールは息絶えた。
これで、マルーン氏の身の安全は確保できたはずだ。
あとは、無事に王都まで送り届けるだけか。
浴場に拘束されていたマルーン氏は、ルーナに救出され無事だった。
賊の正体がザナールだったと知ったときは、落胆していたが、しかたのないことだ。
こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかない。
翌日、村を出発し王都の目の前まで来た。
つい先日、この地でジルガにパーティーを追放されたのが遠い記憶のように感じる。
俺とルルーシュことルーナは馬を降り、執事に馬を預け、マルーン氏と向き合っていた。
「護衛ご苦労だった、ここまでで構わんよ。報酬はギルドに戻ったら受け取ってくれ。それとリアム君、わしの娘、ルーナ・アルシノエのことだが、きみと同じくらいの美しい女性だ、見かけたことはないかな?」
内心驚いたが、表に出すことなく冷静に答える。
「いや、見かけていません。もし、見かけたなら父上が心配していたと伝えておきますよ」
俺の返答にマルーン氏は目を閉じ、小さく首を振った。
「その必要はない、ルーナはいい相手を見つけたようだ。わしは安心している。リアム君、ルーナは思い込みが激しく、わがままなところもあるが、根はいい娘なのだ。よろしく頼むぞ」
「いや…なんのことだか」
「うむ、わしの独り言だ、気にせんでくれ」
マルーン氏は優しい笑顔でそう答えた。
その表情は、どこか少し寂しさを感じさせる笑顔だった。
いくら喧嘩別れとはいえ、俺とともに冒険者として旅をすれば、今後マルーン氏と会えなくなるかもしれない。
ルーナは本当にこのままでいいのか?
両親を失った俺にはわからないが、もし俺だったら後悔するかもしれない。
「…いいのか、ルーナ、このまま正体を明かさず別れてしまって」
「ええ、構いません。さあ、いきましょう」
ルーナも無理をしているように見えるが、本人が言うのであれば部外者の俺が、でしゃばるわけにもいかない。
俺とルーナは、踵を返しサンレイクへ帰還するため歩き出す。
同時に背後から優しい声が聞こえてきた。
「気をつけるんだよ、ルーナ」
やはり、見透かされていたな。
実の父親だ無理もない。
俺は斜め後ろにいるはずのルーナに視線を移したが、そこにルーナの姿はなかった。
「お父様、いってまいります!」
ルーナは父親を強く抱きしめていた。
この場に俺は不要だ、そう感じ俺は歩き出す。
さわやかな風が吹き抜けていく。
「待ってください、リアム様!」
しばらくして、ルーナが駆け寄ってきた。
どうやら別れの挨拶は済んだようだ。
「父の公認を得ることができました、これで正式に生涯のパートナーに…」
そう言いながら、俺の腕に抱きつくルーナ。
彼女の笑顔は今まで見た中でも一番美しかった。
「…なってはいないからな」
こうして俺たちはサンレイクへ向け、歩き出すのだった。
護衛任務終了から2日。
帰りは徒歩ということもあり、意外と時間がかかってしまった。
そして今ここはサンレイクのギルドの受付。
相変わらず、受付嬢の女性は忙しそうにしている。
「冒険者リアム、IDはR9602だ、ギルド長のゼラードを頼む」
「かしこまりました、お待ちください」
俺たちはルーナの父親を王都まで護衛したのち、サンレイクに帰還していた。
「おお、戻ったか、リアム。王都から通達がきている、俺が読みあげても?」
「ああ、構わない。読みあげてくれ」
王都からの通達にはいい思い出がない。
今回もどうせ、ろくな内容ではないだろう。
「では…冒険者リアム!貴殿の功績をたたえ、冒険者ランクをFランクからAランクへ昇格とする!!さらに王国指名冒険者として大賢者の称号を与える!!!」
「へっ」
ギルド内の全員の時間が停止した。
まるでいっせいにキツネにつままれたように驚きで声も出ない。
とはいえ、それは俺も同じである。
つい先日、パーティーを追放され、王都を追い出され、見習い冒険者にまでされた俺が、いきなり大賢者とは。
開いた口もふさがらないとはこのことだ。
「うおぉぉ、すげーぞ、兄ちゃん!」
「FランクからAランクに昇格なんて聞いたことねえぞ!」
「俺も飛び級で昇格してやるぜ」「あんたには無理だよ、兄ちゃんが特別なんだよ」
「あんたは、俺たち底辺冒険者の希望だー!」
「大賢者さまー!」
どこからともなく、称賛の声があがる。
さすがに俺も驚いた、ランクの昇格はあると思っていたが、大賢者とは。
しかし、あまり目立つのも、かえって行動しづらくなる…どうしたものか。
俺はふとルーナのほうに目をやるとルーナは満面の笑みだった。
「おめでとうございます、リアム様。私は信じていましたよ、リアム様はスゴイ人だと」
ルーナの笑顔は俺の心配を吹き飛ばした。
そうだ、胸を張って王都に凱旋してやろう。
俺を笑ったギルドのやつらも、あのジルガでさえ、きっと驚くに違いないのだから。




